第66話「さあー! 行きましょー!」
二死一二塁。
キャッチャー坂崎が手を振り、友樹たち外野は前に出た。
五番打者がぶんぶん素振りをしてから右打席に入った。
二死に追い込んでいるので、なんとしても守りきりたい。
高見が坂崎に頷く。高見は振りかぶり、一球目を投じた。まずは空振りだ。
「頑張れー!」
「高見ー!」
センターから山口がまっすぐな声で応援し、レフトから桜井がよく通る低い声で応援する。
「大丈夫でーす!」
友樹もライトから声を飛ばす。エースの力となれ。
ワンボールだが、ツーストライクに追い込んだ。
「いいぞ! 高見!」
足元の土をならしながら、新藤が叫ぶ。高見の背から安定を感じる。きっと、大丈夫だ。
カンッと鳴ったバットの音は決して力強いものではなかった。
しかし、サード岡野の、ちょうど頭上を越えてバウンドした。レフト桜井が慌てて捕球して、サードに投げようとしたが、二塁走者は既に三塁を陥れていた。
ピリ、と遠園の内野に走った緊張が、外野にも伝わる。
二死満塁。
「ツーアウトだぞ! びびるな!」
新藤が覇気のある声で叫ぶ。
六番打者が左打席に入る。
内野は中間守備だ。
内野の緊張が高まる。友樹たち外野は一発の長打を恐れて、やや後ろ気味に構えた。
高見の130キロの球威に押されて体勢を崩しながら六番が打った球は、三塁線のギリギリ内側に来た。岡野が反応する。
変な体勢から放たれた打球だからなのか、土に跳ねると同時に不規則な回転でボンッと跳ね上がった。
岡野のグラブが、弾いてしまった。
球が三塁線向こうのファールグラウンドに転がっていく。レフトの後方にいた桜井が慌てて走ってくるが、捕球から投げるまでの間にもたついてしまう。
桜井がやっとのことでバックホームしたが、2人の走者が還ってしまった。
広瀬シニア2点。
うーん、と友樹は渋い顔で唇をぎゅっと結んだ。
掲示板にはサードのエラーと出た。
左打席の七番打者の打球は、レフトフライになると思ったが。
風に押し戻されて落下点が変わり、桜井が落球した。
広瀬シニアに1点取られてしまった。
広瀬シニアのスタンドは大盛り上がりだ。
二死に追い込んでからが長い……!
広瀬シニアは追い込まれているのに、追い込まれているように振る舞わない。それこそが強さだ。きっとそれは、心からの応援をするスタンドのおかげでもある。
遠園シニアは、岡野と桜井のエラーに動揺していた。遠園シニアのスタンドの人数は広瀬シニアのスタンドの人数より少ないし、三年生が1人もいないためか、おとなしく感じる。
右打席の八番打者の速い打球がライトを襲う。
友樹のグラブの上を抜ける。
友樹は必死に走り、ボールを掴み捕ると、すぐさまセカンドに入った草薙へ投げた。草薙はしっかり捕ってくれたが、セーフ。二塁打となった。
友樹の守備で一塁走者まで還らせるのは防いだが、広瀬シニア4点目。
友樹は三塁側スタンドの遠園シニアを見る。
大志と目が合い、逸らされた。腹が立つ。
ここで、監督がタイムを取った。
内野陣がマウンドに集まる。
友樹と桜井はそれぞれ走って山口の元に来た。
「さっきのは、ごめん」
桜井が肩を落としている。
「プレッシャーのせいだろうな」
山口が真剣な声で言った。そして、
「俺たちは攻撃で取り返そうぜ」
と続けた。
「はい」
友樹は大きく頷いた。山口が友樹の帽子に手を置いた。
「期待してるぜ?」
「はい!」
試合に出ているのだから、学年は関係ない。三年生がミスをすることもあれば、一年生が活躍することもあるはずだ。
「しまって! いくぞおー!」
新藤が叫んだ。
「いくぞおー!」
外野3人も内野に、そしてエースに向かって叫んだ。
右の九番打者はピッチャーだ。
高見が力でねじ伏せて、三振を取った。
打者が一巡し、4点取られてしまった。
これは、この前の青森山桜戦と似たスタートだ。だからこそ、負けたくない。
ベンチに戻り、それぞれ水分補給をする。
「井原」
草薙がベンチの端に手招きしてきた。
友樹は草薙についていき、ベンチの端っこに来た。福山もいる。
「先輩がたは今日で引退するかもしれないっていう恐怖と戦ってる」
草薙は三年生に聞こえないように声を潜めて言った。
「二年生以下でスタメンなのは私たち3人だけだ」
友樹と福山は頷く。
「私たちには次がある。だからこそ、落ち着いてできることがあるはずだ。それを意識していこう」
「おう」
「分かりました」
友樹と福山はネクストバッターサークルに行く前の岡野に防具を渡しに行く。
エラーがこたえているのだろう、岡野の表情が固い。
「岡野さん」
福山は何も言わずに、岡野の背に触れた。そして急に、尻をバチッと叩いた。
「何すんだお前は!」
「新藤さんの真似ですよ」
福山はにやりと笑ってみせた。岡野は少しだけ唇を緩めた。
次がある友樹は、新藤たちと同じ緊張感を持つことができない。でも、だからこそ、できることがある。草薙の言葉で友樹は落ち着いてきた。
草薙も打席で落ち着いていた。
広瀬シニアの一番手のピッチャー東野は、頭の高さからすとんとストライクゾーン内に落ちてくるカーブを投げる。
だけど草薙は惑わされない。東野の制球がいいからこそ、コースを読むことができる。
フルカウントから四球を選び、草薙は出塁した。
「いいぞ!」
まず初めに叫んだのは新藤だ。
「ナイセン!」
友樹も叫ぶ。できることをするのだ。声出しだってプレーの1つだ。
「新藤さん、どうぞ!」
友樹は新藤にバッターの防具を渡した。
「ああ、行ってくる!」
新藤は元気にネクストバッターサークルへ。
二番岡野が落ち着いてしっかりと送りバントを決めた。
まずは1点を返していきたい。
友樹は桜井にバッター防具を渡しに行った。
桜井も岡野と同様に緊張した顔をしている。
「桜井さん、いつもみたいに打つのを見せてください」
普段あまり話さない桜井を励ますのは打席に立つのと同じくらいドキドキしたが、今しかないと、思いきった。
桜井の表情が少し柔らかくなる。ネクストバッターサークルに行った桜井の背を見て友樹はほっと胸を撫で下ろした。
三番新藤が果敢にカットして、フルカウントに持ち込んだ。
「新藤さーん!」
草薙の言葉に従って、福山もいつもよりたくさん声を出している。
新藤の空振り三振に、友樹は落胆の声をあげるのを必死でこらえた。決して落ち込んではいけないのだ。三年生たちのために、何ができるだろう。
四番桜井が思いきりのいいスイングをしたが、東野に打たされてしまった。センターフライだ。
一回終わって4対0。
友樹は必死に呼吸を整えて、
「さあー! 行きましょー!」
と、大きな声で明るく言った。友樹が必死に明るくしているとあっさり分かっているようだが、それでも山口は明るく、桜井は優しく微笑んでくれた。
「さあー! 行きましょー!」
山口がのってくれた。
「さあー! 行きましょー!」
桜井ものっかってくれた。
ライトの位置につくと、福山と草薙が友樹に振り返って親指を立ててくれた。友樹も2人に親指を立てた。
「ばっち! こーい!」
「こーーい!」
草薙と福山がいつも以上に声を出す。
このまま三年生を引退させてなるものか。
三年生をどう助けることができるか。下級生3人は気合いを入れ直した。