第65話 一緒に野球をすれば
午後の練習を始める前に、監督が皆を集めた。
「8月に神宮球場でリトルシニアの全国大会、『日本選手権』が行われる」
皆、姿勢を正した。
「6月の『日本選手権東北大会』のベスト4が日本選手権に行ける。準々決勝敗退4チームが『林和男旗杯』に行けるが、目指すのは日本選手権だ。俺たちはシードだから二回戦から始まる。どちらも勝ち進めば準決勝で青森山桜さんと当たる」
そうなれば、水上に勝ちに行ける。
「二回戦……俺らにとっての初戦の相手は『仙台広瀬シニア』だろう。仙台広瀬シニアが初戦を落とすのはほぼあり得ない。去年の日本選手権に出場したところだ」
いきなり相当な強敵と当たるということだ。
「この東北大会で準々決勝までいけなかったら、その場で三年生は引退だ。悔いのないようにな」
はい! と三年生たちの覇気のある返事が揃った。
三年生たちのいない遠園シニアを、友樹は想像できない。彼らがいなくなったグラウンドはきっと広すぎる。
「それと、ポジションについてだが」
緊張感が一気に高まって、友樹は手をぎゅっと握りしめた。
「固定はしない。学年関係なく出すからな。一戦一戦全力でいけ」
はい! と全員の声がグラウンドに響いた。
〇
『自信の無い子に、誰がショートを任せたい?』という草薙の言葉を胸に友樹は頑張った。
そして日曜日。
二回戦は仙台の球場で行われる。
二回戦を勝利すれば、次の土曜日に三回戦と準々決勝が行われ、日曜日に準決勝と決勝が行われる。
昨日の一回戦で仙台広瀬シニアはやはり勝利した。15対0というコールドゲームだった。
友樹は待ち合わせ場所のコンビニで憂鬱だった。今日は大志の父の車に乗る日なのだ。
「おはよう」
大志は当然のように挨拶を無視した。今までは友樹と一緒に後部座席に座った大志が、今朝は助手席に座っている。大志の父が気を遣って友樹に二言三言話しかけてくれたが、会話はそれだけだった。
遠園シニアのグラウンドに到着した。
皆で何台もの車で仙台のグラウンドへ向かう。一軍は早く着くように優先して車に乗せられる。
大志と離れてほっとしたが、やっぱり悲しい。
友樹は大荷物と一緒に浅見コーチの車に乗った。
「友樹、焦っちゃ駄目だよ」
「え?」
浅見コーチの突然の言葉の意味が分からなかった。
「早く解決するべきことばかりじゃないよ。時間がなんとかしてくれることもあるからさ」
浅見コーチは友樹と大志のことを言っているのかもしれない。
仙台に到着した。盛岡より少し暑いが、湿度は低い。球場は内野が土で外野が芝だ。
大志のことは気になる。
だけど今日の友樹は一軍として戦わなければならない。一軍は堂々としなければいけないと西川も言っていた。
友樹はまっすぐ前を見る。
試合前にグラウンドで練習をする時間だ。先攻である仙台広瀬シニアが先に練習する。
仙台広瀬シニアは三年生が主体だ。三年生が40人いるので、ベンチから漏れている三年生もいる。三年生がスタンドから声をかけている。試合に出ている人だけでなく、出られない人も引退なのだ。
次は遠園シニアが練習する番だ。新藤や岡野たちがいつもより大きく張り上げた声を出している。
新藤たちと少しでも長く一緒に野球をしたい。
小学生の頃にいいキャプテンになれなかった友樹にとって、新藤は生まれて初めて出会えたキャプテンらしいキャプテンだ。
遠園シニアは三塁側ベンチに集まった。
「オーダーを発表するぞ」
一番セカンド草薙。草薙は落ち着いて返事をした。
二番サード岡野。岡野はしっかりと返事をした。
三番ショート新藤。いつも通り、新藤は凛々しい。
四番レフト桜井。
五番キャッチャー坂崎。
六番センター山口。
山口は嬉しそうにした。山口はセンターも務められる草薙や、外野手である西川、ユーティリティープレイヤーである檜、そして友樹など一、二年生に押されがちだった。引退がかかる今日、グラウンドに立てる喜びを山口は噛みしめている。
七番ピッチャー高見。高見は打撃もいい。
八番ファースト福山。練習試合では他の人がファーストを務めた試合もあったが、やはり一番いいファーストは福山だ。
そして。
「九番、ライト井原」
「はい」
友樹の声は上擦ったり掠れたりせず、まっすぐに発せられた。
先攻広瀬。後攻遠園。
遠園シニアはベンチ前で円陣を組む。
新藤が息を大きく吸い込んだ。
「まだまだ引退する気はねえぞォ!」
「うす!」
「いくぞ!」
「うらあ!」
走って白線を跳び越えグラウンドに入り、広瀬シニアと対峙する。広瀬シニアのユニフォームは爽やかな白だ。
「お願いします!」
センターの山口、レフトの桜井と共に友樹は外野へ走った。
スパイクが芝を踏み、ザクザク音を立てる。芝の匂いが体に染み込んでくる。
からっとした空気の中、プレイボール。
広瀬の一番打者が左打席に入った。
高見は右投手だ。
内野手は落ち着いて構えているし、友樹たち外野手はほどよく肩の力が抜けている。
高見の130キロがストライクゾーンのコーナーに決まり、ストライク。次はスライダーでストライク。いいスタートだ。
広瀬の一番打者が三球目で高見の130キロをカットした。もう130キロに合わせたのかと、遠園シニアの皆は驚く。
投打の勝負の熱が外野にも伝わってくる。野球が始まったのだ。懸命なカットにグラウンドが目覚めていく。
カンッと、空に音が響く。ボールが弧を描き、セカンドを守る草薙の頭上を越えて落ち、とんっとバウンドしてこっちに来る。友樹も前に走ったが、センター山口が捕球した。
出塁されてしまった。
「どうってことねえだろー!」
ショートを守る新藤の声がグラウンドに響き渡る。遠園シニアを緊張から守る声だ。
高見が用心深くロジンを手に付けている。
友樹は高見がこんなに早く打たれたのを初めて見た。
広瀬シニアのスタンドの三年生が大きな声で喜んでいる。試合に出ていてもいなくても仲間なのだ。
友樹は三塁側スタンドの大志を見た。大志は友樹を見ていない。友樹はため息をつくことすらせず、野球に意識を戻した。
広瀬の二番打者も左打席だった。粘りに粘り、思いきり引っ張った打球がファースト福山の後ろでボンッと跳ねて、加速して友樹に迫って来る。
無死一二塁。
左打席の三番打者が10球も粘っている。130キロにすぐに勝てなくても、すぐには負けないという意地を見せる。
坂崎がマウンドに走り、高見と話す。
友樹は草薙の背中を見る。草薙が手を背中に回し、『シンカー』というハンドサインを外野に出している。
普段なら試合後半までシンカーを使わない。それほど、高見は追い込まれている。
新藤もレフト桜井に見せるために同様のことをしているはずだ。
友樹は山口を見た。山口も友樹を見た。距離があるので言葉は交わさないが、二人で頷き合った。
先輩たちとはこうしてやり取りができるのにな、と友樹は大志のことを考えて悲しくなってくる。
三番打者がシンカーを打ち上げた。右中間にゆっくりと落ちてくる。
山口が手を挙げた。友樹は山口のカバーに入り、山口の捕球をしっかり見届けた。
「ワンナウトー!」
山口が人差し指を立てて叫ぶ。
「ワンナウトー!」
友樹も一緒に叫ぶ。新藤が叫び、全員が叫ぶ。
なあ大志、一緒に野球をすればこんなに楽しいのに、どうしてお前は俺から距離を取るの? と友樹は聞きたい。
右打席の四番打者が10球以上粘った末にシンカーをバットの先にひっかけた。一二塁間にぼてっと転がる。草薙が前に出ながら捕り、ファーストの福山へトスした。草薙が指でキツネを作った手をかざした。
「ツーアウトー!」
友樹たちも草薙に続いて叫ぶ。
「さあ、あと1人だぞ!」
山口が友樹に大きな声で話しかけてくれた。
「はい!」
友樹も大きな声で返した。一緒に野球をしていることで縮まる距離がある。
いつか、大志が一軍に来て一緒に試合をしたら、仲直りできるかもしれないな、と友樹は気長に考えることにした。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
友樹はライトになりましたが、頑張ります!
ショートになる日まで、ゆっくりと力をつけていくので応援していただけると嬉しいです。
次回からしばらく週2回の更新となります(曜日は固定ではありません)
今後も読んでいただけるととても嬉しいです。よろしくお願いいたします。