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第59話 ガッツポーズ 練習試合滝岡シニア2

 一死二塁で四番桜井星也(せいや)。決して背は高くないがよく鍛えられた体で、スイングが速い。

 桜井はスイングをぴたりと止めた。卒なく四球を選んで一死一二塁にした。打てるだけでなく選球眼もいいのは凄い、と友樹は思った。

 次は五番、二年生の西川(あらた)だ。元気よくネクストバッターサークルを飛び出していく。


「打ちまあすっ! 絶対にっ!」


 西川はでかい声でベンチにそう言い、右打席に意気揚々と立った。速いスイングで三遊間に打ったが、そこには姫宮がいた。

 友樹は姫宮の好守に声をあげそうになるほど驚いた。まるでもともと姫宮がいた位置に打球がバウンドしたみたいだった。姫宮とセカンドの哲浩あきひろにダブルプレーにされてしまった。

 哲浩も上手だと、友樹はまたしても驚いた。大きいのに動きが俊敏で、姫宮の足を一切引っ張らない。人として明るくて優しそうだと思ったが、選手としてもかなり面白い人だぞ、と友樹はにやにやした。


「すみませんっでしたああ!」


 西川が泣きそうな目で帰って来る。


「こんなことくらいで泣くな!」


「はいっ」


 新藤に一喝されて西川は肩をすくめて頷いた。


「井原」


「はい?」


 草薙が半笑いの表情で友樹を見てきた。


「やっぱりあんたは姫宮が大好きなんだね」


「そうじゃないですー!」


 なんだか誤解されそうな言われようだ。


 一回裏。遠園のピッチャー一番手は沢だ。

 一番打者から沢が三振を奪う。


「いいぞ!」


「ナイピ!」


 遠園シニアの雰囲気が良くなる。


 次は二番の姫宮だ。姫宮がバントの構えをする。警戒して内野陣が詰め寄るように前進したが、姫宮は大きなスイングで打った。ボールは綺麗な放物線を描きながら前へ飛び、センター草薙のグラブの先に落ちた。

 一塁に着いた姫宮が、草薙にひらりと手を振る。友樹は、よくそんなことできるなあ、と思った。ライトの守備位置から見ても分かるくらいに草薙の目つきが悪くなる。

 

 三番は哲浩だ。左打席か……と友樹はじっくりと哲浩を見た。ライトの位置から見ても大きくて目立つ。スイングが速くて力強い、と友樹はドキドキした。先輩たちが自分より強くても当たり前だと思うが、同級生であれほど力強いと自分も頑張らなきゃと思う。

 バットが鋭い音を立て、思い切り引っ張られた打球が友樹の頭の上を飛び越えた。なんて打球が速いのかと驚きながら、友樹はボールを追いかけた。二塁打となり、一塁ランナーの姫宮が余裕で三塁に。

 哲浩が二塁で喜んでいるのが、どうにも憎めない。


 四番は三年生だ。

 センターの草薙から、後進のサインが出された。友樹とレフト桜井はそれに従う。

 四番のバットが、キーン、と高い音を鳴らした。ぐんぐん伸びる打球を友樹は追いかける。

 あれはでかいぞ、ツーベースになるぞ……と、遠園ベンチは固唾をのんで見守った。

 友樹はボールを追いかけ、体を伸ばし、跳んだ。友樹のグラブに打球が収まった。


「いいぞいいぞ!」


「よく捕った!」

 

 遠園ベンチから称賛の声が飛んでくる。二塁走者哲浩は慌てて帰塁した。三塁走者姫宮はタッチアップでホームを目指す。友樹はすぐに体を起こし、セカンド岡野へ中継した。


 友樹の好守で1失点に抑えられた遠園シニアは大盛り上がりだ。ベンチだけでなく、駐車場から観戦しているBチームもわいわい盛り上がっている。遠園シニアの監督はうんうん、と頷く。両チームのコーチが感心している。滝岡シニアの監督までもが、口角を上げた。

 

 五番打者の打球はふらふらっと高く上がった。ライトから友樹も走ったが、セカンド岡野がうまくグラブに納めた。岡野はベンチへ走りながら、新藤と笑顔で話している。

 今日の岡野さんは本当にいきいきしているな、と友樹は思った。味方が笑顔だと友樹も嬉しい。


 一回終わって、1対1。


 二回表。打順六番からのスタートだ。

 六番坂崎愁一(しゅういち)が三球目でバットを振りぬき、カーン、と音が響き渡った。痛烈なピッチャー返し。打球がピッチャー小出のグラブに当たり、高く跳ねてショート側に軌道が変わってしまう。セカンド哲浩は驚いた顔で打球を目で追うが、まず追いつけない。

 姫宮が打球の軌道の変化に反応し、サイドにステップし、グラブに納めた。そしてリズム良く送球に移る。坂崎をアウトにした。

 友樹は姫宮の好守に見惚れていて、草薙がバッターの防具を渡しに来たのに気づかなかった。


「井原、あんたはやっぱり姫宮が好きなんだね」


 友樹は、はっとして我に返った。


「違います!」


 くすくす笑う草薙からヘルメットやバッティンググローブを受け取り、友樹はネクストバッターサークルに入った。


 七番は檜雄大(ゆうだい)


「打てやー!」


 福山の掠れた叫び声に、


「たまには打て!」


 草薙の声が重なる。


「『たまに』は余計だ!」


 でかい声で返事をして、檜はバットでホームベースをこつん、と叩いた。

 檜は小出のボールを見ぬき、冷静にバットを止める。スリーボールに持ち込んだ。いつも草薙をからかっている人と同一人物とは思えないほど、檜の視線は鋭い。

 第四球。相手は四球を避けようとしたのだろう、甘いコースだ。檜がついにバットを振る。

 綺麗に内外野の間に落ちそうな打球だ。草薙と福山が手を叩こうとした。

 姫宮が走りながら捕った。捕っても走る勢いが止まらなかったが、決してボールを落とさない。

 草薙と福山が叩こうとしていた手を下ろした。


「井原ー、何にやにやしてんだよお!」


 檜に怒られてしまった。


「檜さんを笑ったわけでは……」


「井原は姫宮が大好きだからさ」


「なら、仕方ねえな」


 檜があっさり納得してしまった。


「井原は趣味わりいな」


 福山が酷い。


 二死、走者無し。友樹の一打席目。

 二死か、と友樹は青森山桜(さんおう)戦を思いだす。あの時は二死満塁だった。ランナーはいないが、二死で回ってくると、体がざわざわしてしまう。だけど、今後二死で回って来ることはたくさんあるだろう。そのためにも、ここで打ってざわざわした心を断ち切りたい。


 ピッチャー小出は真剣なまなざしで友樹を見ている。バッティングフォームを観察されているのかもしれない。友樹は心臓の鼓動を落ち着かせるためにも、ゆっくり息を吐いて、少し止めて、また吸った。それを3度繰り返すと、頭の中がクリアになった気がする。

 打てばいいんだ。どんな状況でも。

 もちろん、状況によって、打ちかたは変わる。まともなコーチがいなかったときから、友樹はプロ野球選手の動画やプレーを見て、どんなときにどう打てばいいか学んできた。

 だけど、強いチームでプレーして分かったことは、理論をこねくりまわすよりも、迷わずに打つのが大事だということだ。中途半端が一番駄目。

 打てると信じる。絶対に打つ。どんな状況であっても。


 小出のカーブはきっと、カウントを取りにきたものだろうけど、友樹は手を出してしまった。それならば、全力で振りきるだけだ。友樹は打球を前へと飛ばす。手にバットの好感触が伝わってきた。バットを放り出し、体を一塁に向け走りだす。

 ヘッドスライディングした友樹は、やってしまった、と思った。本当は、一塁の場合は駆けぬけたほうがいい。だけど、頭から飛び込んでしまった。理論を置き去りにして、気持ちがつっこんだのだ。


「セーフ!」


 ぎりぎりのタイミングだったが、友樹のほうが速かった。

 

「やったー!」


 春季大会の前なら緊張してできなかったが、今なら先輩しかいないベンチにガッツポーズすることができる。先輩たち全員がガッツポーズしてくれた。

 もちろん草薙もだ。切れ長の瞳を細めて満面の笑みを浮かべている。

 友樹も笑顔になる。友樹の普段の穏やかな笑みとは違う、強気な笑みだった。


 友樹は一塁ベースから数歩リードしていた。リードが大きくなるたびにドキドキが大きくなるこの感覚がたまらなく良い。

 左打席に九番打者のピッチャー沢風輝(ふうき)。慎重にボールを見ている。早く早く、と友樹は浮き足立つ。小出さん、早く投げて、早く試合を動かして、と友樹はらんらんと目を輝かせる。

 そこに、鋭い牽制球が飛んできて、友樹は間一髪でセーフになった。危ない危ない。友樹の上がる口角に、小出も面白そうにした。

 しかし、沢は三振した。友樹はがっくりする。


「あー! もー! ごめん!」


 沢がヘルメットを外して、次の投球の準備をする。


「井原、ごめん!」


「いえそんな」


「めちゃくちゃ、走りたかっただろー!」


 友樹は照れ笑いを浮かべた。


 二回裏、滝岡シニアの攻撃だ。

 沢が気合を入れ直した。


 六番打者の打球が三塁線すれすれを襲うように低く強く飛ぶ。だが檜が全身で飛びつき、倒れ込みながらボールを捕まえた。泥だらけになった檜は立ち上がり、


「ナイスキャッチー!」


 と叫ぶ。


「自分で言ってんじゃねえぞ!」


 そう言いつつも、ベンチで福山は大喜びだ。


 七番打者の打球がふらふらと高く上がったうえに、風でぶれながら落ちてくる。レフト桜井とセンター草薙が前に走って来るが、捕ったのは背走した新藤だった。ショートフライ。

 キャプテンの活躍に、遠園シニアのベンチが明るい叫び声であふれた。


 八番打者の打球が一二塁間で1度バウンドして、勢いよくライト方向に突っ込んできた。友樹は打球を無理に追いかけない。バウンドを読んでボールを迎え入れるように捕る。まるでボールのほうからグラブに飛び込んできたみたいだった。

 そして、ほとんどステップがないほどに素早く送球に移る。友樹はターゲットを狙い澄ました猫のように俊敏だった。瞳も鋭くなっている。ファースト西川の胸前を目掛けて、発射されたかのような送球が走った。

 西川が少しも体勢を崩さずに胸前で捕球した。

 セーフか? アウトか? 塁審を務めるコーチに全員の視線が集まった。


「アウト!」


「ライトゴロだー!」


 西川が興奮してぴょんぴょん飛び跳ねる。


「すげーなともっち!」


「ともっち?」


「ともっちのボール、すっごく捕りやすかったああっ!」


 ベンチで草薙が、


「あいつはうるさいしああいう奴だから」


 と教えてくれた。


「はい」


 草薙が友樹を強い目力で見つめてきた。友樹は肩に力が入る。


「私もあんたと同じくらいのことはできるからね」


「はい!」


 草薙からのライバル宣言に、友樹は顔がにやけるのを隠せなかった。


 ちなみに、ベンチで唯一、正ファーストの福山だけが友樹のライトゴロに驚いていなかった。福山は前から友樹の送球の良さを知っていたのだ。俺は知ってたけどな、という顔で福山は腕を組んで頷いた。

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