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第58話 絆をつくっていく 練習試合滝岡シニア1

 学校から帰宅した友樹は、スマホで青森山桜(さんおう)戦の最後のショートライナーの動画を何度も見ていた。芯を外されたのが敗因だ。なら、どうすればいい?

 友樹は車庫で素振りを繰り返す。辺りは暗くなってきて、星が見え始めている。


「撮れたよ」


 仕事から帰ったばかりの父に素振りの動画を撮ってもらい、何度も練習した。


「なんか、今までと雰囲気が違うね」


 何も知らない父に、友樹は笑った。

 遠園シニアに入る前は、欲しい野球はどこか遠くにあった。今は、欲しい野球が傍にある。傍に居続けるために必死に走り続けるのだ。なんて、言っても父には分からないだろう。


「まあね」



 5月も終わりになり、暑くなってきた土曜日。

 遠園シニアの林の丘のグラウンドに、赤と緑のユニフォームの集団、滝岡(たきおか)シニアが乗り込んで来た。

 先頭にいるのは三年生のキャプテンとエース明石(あかし)。そのすぐ後ろに三年生と混じって二年生の姫宮(ひめみや)がいる。

 友樹の瞳はもう赤くない。猫のように澄んだ瞳で、身長168センチの姫宮を見据えた。

 姫宮も友樹に視線を返した。


「井原くん、だっけ。そんなに俺を見て、どうしたんだ?」


「いえ。対戦相手だから、見ていました」


 友樹は闘志のある固い表情だが、姫宮は柔らかな余裕の笑みだ。友樹はそれがとても悔しい。

 草薙が側に来たので、姫宮はくるりと向きを変えた。


「香梨ちゃん。女子高校野球のリストは見てくれた?」


「うん。見た。ありがとう」


 姫宮がとても嬉しそうな、先ほど友樹に向けた微笑みとは違う、弾けるような笑顔を見せた。


「香梨ちゃんは女子野球界の怪物になれよ」


 姫宮の態度の変わりようが凄すぎる。

 檜と福山が、ひそひそ話している。


「あいつ、結局香梨に絡んできてるじゃん……」


「全く違う方向性でうぜえな……」


 友樹も激しく同意だ。

 草薙が、姫宮をちらりと見た。


「あんたに言われなくても、なるつもり」


 姫宮は満足そうに笑った。


「姫宮より強くなるからね」


「そう簡単にはいかないぞ」



 まずは両チーム合同でアップとキャッチボールをした。やはり、姫宮は上手だ。基礎を徹底した動きは一切の無駄がなく、とても綺麗だった。

 遠園シニアの監督と、滝岡シニアの監督がメンバー表を片手に皆の前に立った。


「これより、Bチームのオーダーを発表する」


 呼ばれたのは、ベンチ外の二年生と、友樹以外の一年生全員だ。

 遠園シニアは三年生17人、二年生15人、一年生20人で構成されている。


「まずは、Bチーム同士の対戦です。Aチームは駐車場に移動しなさい」


 前回の練習試合とこの前の公式試合では、友樹に滝岡シニアを観察する余裕はなかった。

 滝岡シニアは三年生でもBチームの人がいると、初めて気づいた。

 遠園シニアの監督は三年生を全員ベンチ入りさせている。同じ実力なら二年生より三年生を使っている。滝岡シニアは同じ実力なら下級生を使っているようだ。


 友樹は駐車場のフェンス越しに大志(たいし)茜一郎(せんいちろう)たちを応援する。なんだか、一年生で俺1人だけ違う場所にいるな……と、思う。一年生の中で1番であることは嬉しいし、強くなるためには一軍であり続けるしかない。でも1人だけは寂しいと思ってしまうのは、贅沢すぎる悩みだろうか?

 三年生の隣には居づらい。草薙、檜、福山の3人組の隣に来た。近くには沢、稲葉、松本もいる。この6人と、友樹の真後ろに立っている西川という野手がAチームの二年生7人だ。


「いけいけいけー! よっしゃあああ!」


 西川の声がもの凄くでかくて、西川の前にいる友樹の頭にガンガン響いてくる。友樹も西川に負けないように大きな声を出した。

 

 Bチームの試合が終わった。2対3で遠園シニアの勝利だ。

 そして、Aチームの試合が始まる。

 友樹がフェンスのドアをくぐってグラウンドに行こうとしたときだった。

 ぼすっと、滝岡シニアの誰かとぶつかった。


「ごめん。大丈夫?」


「大丈夫です……。こちらこそすみませんでした」


 かなり背が高いので先輩だと思い、敬語を使った。すると相手は笑った。


「同じ一年だろ? 普通に喋ってよ」


 一年生の彼は、175センチの新藤と同じくらい背が高い。つぶらな瞳で、温和そうな顔立ちだ。


「山本哲浩(あきひろ)だよ。アキヒロって呼んでよ」


 哲浩は優しい喋りかただ。


「うん。よろしくね、アキヒロ。俺は井原友樹だよ」


「トモキ、試合頑張ろうなっ!」


「うん!」

 

 初対面なのに自然と、2人は笑顔でグータッチした。哲浩は滝岡シニアのベンチに駆けていく。哲浩の大きな背を見て、友樹は新しい友達ができたことが嬉しくなった。

 ベンチに集まると、監督がオーダーを発表する。


「一番セカンド岡野」


 俺はセカンドではないのか、と友樹は思った。もちろん最終的にはショートになりたいが、この前の試合でセカンドを務めることができたのだから、自分がセカンドになってもおかしくないと思っていた。

 草薙がセカンドじゃないのも意外だ。

 岡野は三年生で、新藤と小学生の頃から二遊間だった。岡野は二年生からセカンドを守っていたらしい。大志が「兄貴から聞いたんだぜ」と言っていた。


「はい!」


 セカンドに選ばれた岡野は嬉しそうだ。青森山桜(さんおう)戦で友樹と草薙を認めてくれたが、やはり自分がセカンドになれるのは嬉しいのだろう。その気持ちはよく分かる。


「二番センター草薙」


「はい!」


 三番ショート新藤はいつも通りだった。四番レフト桜井もいつも通り。


「五番はファースト西川だ」


「はいっ!」


 西川が五番か。監督はオーダーを大きく変えると言っていた。本当にたくさんのことが変わっている。

 六番はキャッチャーの坂崎だった。七番はサード檜。そして。


「八番ライト井原」


「はい!」


 八番でライトかと、友樹は唇をぎゅっと閉じた。スタメンに選ばれるのは嬉しいのだが、ショート志望の友樹は内野での起用のほうが嬉しいと思ってしまう。打順も下位だ。


「九番は沢。一番手だ」


「はい!」


 1列に並ぶと友樹だけが頭1つ分背が小さいが、それでも負けない。

 皆で円陣を組む。キャプテンとして新藤が叫んだ。


「滝岡倒すぞ!」


「うらぁ!」


 遠園シニアの先攻だ。

 滝岡シニアの一番手のピッチャーは元気のいいオーバースローの右投手、小出だ。小出は投球練習を終え、キャッチャーとパチッと手を叩き合った。滝岡の内野手たちはボール回しを終えた。

 滝岡シニアの選手たちは大柄な人が多いわけではない。皆、俊敏なタイプだ。その中で、大きな哲浩が目立つ。なんと哲浩はセカンドだ。姫宮さんと二遊間なんて羨ましい……と思いかけたが、こっちには草薙さんも新藤さんもいるので別に羨ましくはないかと思い直した。


 一番岡野葉月(はづき)。新藤に頷いてから、左打席に入った。

 岡野のスイングには少し力が入っていて、小出の遅い球に翻弄され、ツーストライクになった。

 そこで、ベンチから身を乗りだした新藤が叫ぶ。


「落ち着けよ! 葉月!」


 岡野が頷いた。スイングから力みが抜ける。次で岡野が綺麗なセンター前ヒットを打った。一塁から岡野が新藤に満面の笑みで手を振り、新藤も両手で振り返した。友樹だって友樹なりに今まで積み重ねたものがあるが、彼らのような積み重ねてきた絆は羨ましい。

 無死一塁で草薙の出番だ。


「おら! 打て!」

 

「スタメンになれなかった(まなぶ)の分も打てよ!」

 

「うるせえな、おい!」


 草薙を応援しつつ、檜が福山を煽っている。

 草薙はうるさい2人を無視して、監督に振り返り、頷いた。

 草薙はワンストライクのカウントでバントをした。一塁線上の近くをゆっくりと転がるいいバントに、友樹ははしゃいで声援を送った。きっちり送って一死二塁となった。


「晴馬ー! 打て!」


 二塁から岡野が新藤に叫ぶ。岡野に向ける新藤の笑みは、キャプテンとしての笑みとは違うものだ。

 新藤がセンターにヒットを放ち、岡野は笑顔でホームに還って来た。ホームへの送球の隙を付いて、新藤は二塁に進んだ。

 皆で手を出して、岡野と1人ずつパチッ、パチッとハイタッチする。新藤の打点が嬉しい友樹はバチッと力強く岡野の手にタッチした。

 岡野が友樹ににこりと微笑んでくれた。青森山桜戦の前にはなかったことだ。友樹も微笑みを返す。友樹もこれから、一歩一歩、たくさんの絆をつくっていく。

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