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第34話 代走、友樹

 打席には七番藤井優斗(ゆうと)


 鎌田は草薙を見ると少しにやっとした。実力にいつ気づくだろうか。


 相変わらず草薙は巧みで、投手がモーションに入る前にリードをする。投手に圧を与える。

 鎌田はうざったそうにクイックで投げる。クイックでも球の精度は変わらない。これは大変だぞと友樹は祈る。


 二球目の前に鎌田は何度か草薙を睨んだ。草薙は怯みはしないが、いつものように大きなリードを取らない。


 135キロを投げるのだから、鎌田のけん制球は速いに決まっている。大事な出塁の機会を無駄にはできない。草薙の状況は厳しい。

 友樹はひたすらに祈るが、それと同時に草薙の動きをつぶさに観察している。自分も代走要員だ。草薙に教えないと言われたのだから見て盗みたい。もう、前みたいに気軽に話せないとしても、技術だけなら真似できる。


 控えめなリードを繰り返す草薙に、けん制球が来た。矢のようなけん制に、友樹は自分が晒されるときを想像して寒気がした。


 あれ? と友樹は気がついた。草薙がいつもより、帰塁を必死にしている。


 確かに鎌田のけん制は鋭いのでいつもより警戒しなければならないが、草薙がわざと『やっとのことでセーフになっている』ふるまいをしているように見える。


「様子を見ているんだろうな」


 新藤が小さな声で言う。ここで普通の声の大きさで話しても鎌田には当然聞こえないが、なんとなくだろう。


「ぎりぎりで盗塁を狙っているふりをして、鎌田が盗塁に取る対応を見ている」


「あの動きでも盗塁を狙っていると思わせられるんですね」


「俺たちは普段から草薙を見ているが、あいつは初見だからな。あのくらいでも盗塁を狙っていると十分に思わせられるぞ」


 そんなものなのかと友樹は思ったが、確かに普段から見慣れていて麻痺しているのかもしれない。


 鎌田は徐々にけん制しなくなっていった。いつでも刺せると思ったのだろうか。

 藤井への第三球、草薙が走った。

 キャッチャーから二塁に送球が来て、ぎりぎりだがセーフだ。


「危ないな……」


 新藤が胸に手を当てて、微笑んでいる。


 そして、藤井が今までとうって変わって送りバントをする。今までより鎌田の球に少し慣れていたのでうまく転がすことができた。

 秋田の三塁手が上手くない。草薙はあっさりと三塁へ。藤井もセーフだ。鎌田が怒ったような顔をしている。


「代走、井原」


 友樹は目を見開き、息をのむ。この時がくるだろうと思ってはいたけれど。


「頑張れよ」


 友樹は三年生の藤井とのグータッチに重みを感じた。


「はい」


 白線の向こう、グラウンドは違う世界だった。足元から這い上がるものは恐怖か興奮か、何だろう?


 マウンドに立つ鎌田はたった一つの恐れも浮かべない瞳をしている。晴天に相応しい強い眼差し。遠園をねじ伏せ続けたのも納得がいく。

 七回表で、ようやく初めてのピンチを迎えているのだから凄い奴だ。


 得点しなければ負ける遠園。

 八番打者の岡野。


 監督の指示する作戦はダブルスチール。


 草薙がホームに還れるように友樹が鎌田たちの注意を引きつける。

 友樹をけん制死させている間に草薙がホームインするのだ。難しいが、ヒット無しで得点できる。


 友樹のリードは綱渡り。安全な一塁ベースから離れて危険な道へ踏みこんでいく。全ては勝利のため。負けたくないのだ。

 三回戦で姫宮に会いにいく。彼の真意を探るため、彼を超える一歩目を掴むため。


 打席の外で、岡野が意気揚々と素振りするのは打とうとしていると鎌田に思わせる作戦。ふるまいもまたプレーの1つ。


 友樹が二塁に盗塁し、二三塁にして、岡野が打って得点しようと考えていると思わせるのだ。実際、岡野は前回の打席でフライとはいえバットに当てている。


 友樹は何も臆さぬ顔を作って激しいリードをする。俺は盗塁に絶対の自信があるのだと、何一つ恐れていないのだと、そんな顔を作る。


 けん制が飛んでくる。

 慌てて帰塁する。

 友樹の全身に土がつく。立ち上がる。


 その時、鎌田に突き刺すような瞳で全身を見られた。

 その瞳を見つめて、意識の何枚かが剥がれた。鎌田の瞳に友樹は、俺は今、こんなにも戦っているのだと気づいた。


 再びリードをする。こんな場面で滞りなく動く自分の体が誇らしい。鎌田に自分が劣っていると思えないのはどうしてだろう。ぞくぞくする。

 先のことを、姫宮のことを忘れてしまった。


 鎌田だけが今ここにいる。

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