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太鼓を叩け!

作者: 上代朝哉

 溝口太鼓(みぞぐちたいこ)っていう変わった名前の女子が高校にいて、よく「フト子」「フト子」と冗談で呼ばれていたり(いじ)られたりしているところを俺は見かけたり噂に聞いたりしていたんだが、二年生になってクラスがいっしょになったから「太鼓! どどんがどーん!」と彼女のお尻を叩いてみたらメッチャ白い目で見られた。それでもめげずに後日、「俺の自慢のバチで太鼓の膜を鳴らしたい」と言ったらとうとうキレられた。


「あんたさ、誰だか知らないけど名前が変だからって好き放題なんでも言ったりやったりしていいわけじゃねーんだからな!? ガキかよ。キモい男。死ねよ」


 俺は堀井安博(ほりいやすひろ)だけど、名前すら覚えてもらえていなかった上にいきなり最大級に嫌われた。太鼓が休み時間の教室で思いきり怒鳴ったもんだから他のクラスメイト達もなんとなく事態を察して、まだ二年生としての生活が始まって一ヶ月しか経っていないのに俺は早くも干された。


 太鼓は字面を取って「フト子」と呼ばれたりするけれど、スリムで、体のラインに沿って流れる黒髪も長いんだけど全然野暮ったくなくて、綺麗で、名前とのイメージに強烈なギャップがある。まあ太っている子に「フト子」「フト子」なんて普通の感覚では言えないだろうし、痩せているからこそ、というのはあると思う。


 普通の感覚? 普通の感覚があったら、初対面の女子のお尻なんか叩かないし、セクハラめいた冗談も言わないだろうか? でも、一年生の頃の太鼓を見聞きしている限りでは、弄りオッケー・弄りウェルカムみたいな雰囲気が間違いなくあったのだ。少なくとも俺の中では。


 だけどもしかしたら、太鼓が弄られていたのは実際のところ、仲間内でのみだったのかもしれない。親友同士の戯れが、あまり事情の知らない俺にとっては気安い弄りに見えただけのことだったのかもしれない。だとしたら俺はただのバカじゃないか。すっとこどっこいじゃないか。二年生になって進級デビューしようとハイテンションになって思いきりスベった空気の読めない害悪男児じゃないか。太鼓にも嫌な思いをさせてしまった。


 干されてしまっているからというのも無論あるが、俺は自分を恥じ、自省の意味も込めて喋るのをやめた。休み時間は黙って寝たフリ。俺は岩だ。いや、小石だ。誰の邪魔にもならない小石。これで太鼓もクラスメイト達も満足だろう。


 五月を無言で過ごし、六月の雨続きの週も無言で過ごし、そろそろ七月を迎えようという頃、雨が上がった晴れの日に、寝たフリをしていた俺は知らない女子から話しかけられる。

「おはよ、ぼっちくん」


 俺が顔を上げると、今の今まで俺が顔を伏せていた俺の机に、茶髪の女子がお尻を乗っけている。ボブパーマの肉感的な女子だった。周囲に人はおらず、彼女は間違いなく俺に話しかけているふうだった。ので、「おはよ」と一応挨拶する。


「全然喋んなくなったよね、堀井くん」


「え、俺の名前……」知ってんの?


 驚いていたら笑われる。「三ヶ月もおんなじクラスだったらさすがに覚えるでしょ」


「それもそうか……」

 太鼓が俺の名前を知らなかったのは進級直後だったからだ。三ヶ月もあれば誰だって覚えられる。とはいえ、俺は目の前の女子の名前を知らない。クラスメイトとの交流を断っているので、それもそれで致し方ない。


「クラスメイトと喋ったら?」と率直に言われる。


「別にいい」と俺はムキになる。「喋りたいこともないし」


 実際、状況がこうなってしまったら、マジで喋ることもなくなる。喋る気も起きないし、今さら俺と喋りたいと思うクラスメイトだっていないだろう。教室内での仲良しグループはほぼほぼもう確定・完成してしまっている。


「太鼓に怒られたから?」


「…………」

 この女子は俺をいじめのターゲットにでもしようとしているんだろうか。人の触れられたくないエピソードをずけずけと……。


 俺の不快感が表情に出ていたのか、女子は「からかうつもりはないよ?」と両手の平を合わせて『ごめん』のポーズを取る。「堀井くんと話してみたいだけ」


「……そうなの?」


「うん」


「ふうん」


「……太鼓になんて言ったの? 堀井くん、四月の頃は太鼓によく絡んでたじゃん?」


 俺はもうヤケクソで「太鼓の尻を叩いたりしてた」と教えてやる。


「あはは。あ、『太鼓』だから?」


「ドンドンドーン!って言いながら」


「あっは! 最高! いや、最低!」と女子は一人で笑っている。「そりゃ怒られるわ」


「いや、でもマジギレされたのは別の件」


「他にもまだなんかやったの?」


「まあ。やったっていうか、言った」俺は太鼓に言い放った台詞を一言一句違わず反復する。「俺の自慢のバチで太鼓の膜を鳴らしたい」


「え」とやはり引かれる。「それはマジで気持ち悪いね」


「うん」気持ち悪いなら早くどっか行ってくれ。


 しかしどこも行かない。「堀井くんって、太鼓のこと好きなの?」


「…………」

 あー……どうなんだろう。好きというほど積極的じゃなかったかもしれないけど、好意はあったかもしれない。まあそりゃそうか。嫌いな子を弄るのはただのいじめで、俺はそんな無意味なことに時間を使いたくない。だとしたら、あれは男子小学生みたいな、気になる子を振り向かせたい弄りだったのかもしれない。振り向くどころか見向きもされなくなってしまったけれど。おそらく、あんな子供じみた手が通用するのはそれこそ小学校までだろう。俺は浅はかさが今も小学生レベルなので気付けなかった。


「誰にも言わないから教えてよ」


「知らない。よくわかんねえ」と俺は答えておく。本音で話す気もない。「っていうか、君、誰?」


新保満穂(しんぼみつほ)です」


「ふうん」


「新しく保つ、に、満腹な稲穂です」


「へえ」『満穂』って、読み方を間違えたらなんか危険だなあと思うけど黙っておく。俺はそういう方向にばかり頭が働いてしまう。


「覚えた?」


「うん」


 どうせ二度と話すこともないだろうし、強いて覚えようとも思わなかったのだが、別の日にまた彼女が話しかけてきて、俺はまず名前を思い出すのに四苦八苦した。なんかスケベな名前だった気がする。うーん……マン……マン……あ、満穂だったか、みたいな感じでかろうじて記憶を掬い取る。マンと読んではいけないのだ。名字は案の定忘れた。


 満穂はまた俺の机に座っている。

「堀井くんって、後ろからするとき、相手のお尻を叩く派?」


「は?」俺は開いた口が塞がらない。「何の話をしてんの?」


「え、いやらしい話に決まってんじゃん。後ろからするとき、お尻は叩きたい?」


「いや、俺が太鼓とそんなことできるわけないだろ」


「太鼓の話なんてしてないよ。後ろからするときの話」


 ぐ、これは恥ずかしい取り違え。「……お尻は叩きたいかもしれない」


「あっはは。やっぱり叩きたいんだ。男子ってみんなそんなもん?」


「それは知らん。他の男子とそんな話ししないし」


「そうだった。ぼっちくんなんだった」

 満穂は冗談めかして言うが……まあもう俺はムカつきもしない。別に構わない。「『叩きたい』って言うからには叩いたことがないってことだし、童貞ってことなんだ?」


 当たり前だろ、だなんて力んで言いたくもないし、俺は「はあ」とため息で応じる。「満穂はしたことあんの?」


「満穂だって。馴れ馴れしい」と満穂は笑う。「ラブラブじゃん、うちら」


「…………」名字を忘れたとは言えない。


「そりゃあたしはしたことあるけど」と満穂は平然と告げてくる。「あ、ちなみに今は彼氏いないよ」


「ふうん……」

 マジか、と思ってしまう。そう言われると、俺の机に乗っかっている満穂のお尻と太ももが異様にエロく見えてくる。そのお尻と太ももを使ったわけだ。誰かに使われたわけだ。同年代で経験のある女子を目の当たりにしたのは初めてかもしれない。やってて黙っている女子ももちろん大勢いるんだろうけど……。太鼓も? もしかしたら太鼓も誰かと付き合っていてその誰かに使われているのか? そんな……と思うけど、俺はそもそも太鼓のことが本当に好きなのかはっきりわからないし、本当に好きだったとしてもそれがなんだっていうんだろう。太鼓からはメッチャ嫌われているじゃないか。本当に好きなんだとしたら逆に悲しすぎるだろ。


「あたしのこと、見る目変わった?」


「うん、まあ」


「あたしとしたい?」


「…………」

 これは何かの罠? 満穂は俺を何かに引っ掛けようとしているんだろうか? 意図が読めない。そもそもなんで俺に話しかけてくるんだろう? 他のクラスメイトは誰も俺と話そうとなんてしていないのに。不審に思いながらも「したい」と言ってしまう辺り、俺はやっぱりバカで浅はかさなのだが、こんなチャンスもうないよ。


 しかし、「もうちょっと仲良くなったらね」と曖昧にされてしまう。


 なぜ満穂は俺のところへ遊びに来るのか?というのは冷静になるとたしかに意味不明で、把握しておきたいクエスチョンだった。俺のことが好きなのか?とも勘繰ってしまいたくなるけれど、満穂は他にもたくさん男友達がいて、駄弁るのは別に俺じゃなくてもよさそうなのだ。クラスで干されている俺にわざわざ話しかけてくる以上、何か特別な目的がありそうなんだが、なんだ? でも未だに特別な要求なんてされたこともない。


 毎回来るわけじゃない。不定期的に俺の机に自慢の尻を乗っけてくる。そして適当に会話し、チャイムが鳴ったら去っていき、またしばらく現れない。俺は相変わらず小石なので、俺から満穂のところへ行ったりはしない。俺自身はあくまでも寝たフリぼっち奉行(ぶぎょう)だ。


 七月に入ると、太鼓のところへ別のクラスから知らない男子が遊びに来るようになる。そいつは太鼓を呼ぶために太鼓の肩を叩くとき「ドンドン!」と言うが、太鼓は怒らないし、むしろ笑っている。


「は?」と俺は自分の席にいながら顔をしかめる。「あれ、俺のネタだろ」


 満穂が笑っている。「パクられちゃったね。でも好評だよ。よかったじゃん」


「差別」


「うーん……あの男子の方がイケメンだしねえ」


「やっぱり男子は顔だよな。俺もイケメンだったらな」


「安博の顔もあたしは好きだけど」


 何度となく話をする内に、満穂も俺を名前で呼ぶようになった。親密度が上がった? でもさせてもらえてはいない。


「好きならやらせて」と俺はもうストレートだ。


「今日は生理だわ」と満穂。


「いつも生理じゃねえか」


「最近生理不順だわ」


「ふん」

 だけどもうそろそろさせてもらえそうな予感がする。俺は慌てない。「太鼓はもうやったかな?」


「あのイケメンと?」


「そう。あの……太鼓の達人と」


「あっはっはー」と満穂は爆笑する。「たしかにあの男子は太鼓の達人だ。叩き方も上手いし」


「コンボも途切れない」


「体位の移行もスムーズそう」


「もう一回遊べそう」


 俺はもう太鼓の達人を遠巻きに揶揄することぐらいでしか太鼓と関われない。むなしいおこないだ。関わっている内に入らないほどにしか関わっていない。だけどもう不思議と気落ちはしていない。


 夏休みに突入して、そういえば満穂の連絡先なんて知らなくて会うこともできなくて、新学期になるともう満穂は俺の机に座ることもなくなり俺はまた延々と寝たフリの小石に還る。満穂に「なんでこっち来ないんだよ」と言う権利は充分にある気がするけれど、今までの関係が、寝たフリをしている俺のもとへ満穂が気まぐれにやって来る、というパターンだったので、なんか言いづらい。俺は寝たフリをして満穂を待たなければならないんだという習慣が身についてしまっている。というか、自分から他人のところへ行こうという行動力自体をなくしてしまっている。


 満穂のお尻を叩けなかったのは残念で、九月の間は悶々となってしまったが、それもすぐに過ぎ去る。そもそも俺は小石で、クラスメイトからは好かれていないのだ。満穂も俺をからかっていただけで、飽きたから離れたというだけの話なんだろう。俺はたいして傷つきもせずにすんなり受け入れることができた。


 ただ、十二月に恥ずかしい出来事があった。季節はもう冬で、だけど教室には暖房が入っており暖かかった。暖かすぎて居眠りをしてしまい、俺は授業中に金縛りにかかる。先生の声やチョークが黒板を打つ音は聞こえるのだが、体が動かせない。起きてノートをとらないと、と思いつつも体は机に縛りつけられたようになってしまっている。そして、金縛りだと自覚すると途端に息苦しくなってくる。早く目覚めたい。目覚めたいと思っているのに目覚められなくて、息苦しさと恐怖と苛立ちに眩暈がしてくる。ううううう……と声にならない呻きを発していると、どこからか太鼓を叩く音が聞こえてくる。クラスメイトの女子の太鼓ではなくて楽器の太鼓だ。ドンドンドンドンドンドンドンドン、ドドドンドドドンドドドンドドドン、ドッドッドッドッドッドッドッド……。太鼓の座席の方からだ、と俺は思う。クラスメイトの溝口太鼓が座っている辺りからドンドン聞こえてくる気がする。その音に集中していると不思議と息苦しさも抜け、さらにその音に聞き入れば金縛りからも脱出できそうな気がした。ううううううう……と俺は呻きながらも太鼓のドドドンドドドンに鼓動を合わせる。そして隙を見計らって、一気に体を起こす。「うわあああ!太鼓!」と叫びながら俺は目覚める。教室はしんとしている。


 おじさん先生が「安心しろ、堀井くん。溝口さんは無事だぞー」と冗談を言うが誰も笑わない。


 それは当たり前で、俺はクラス中から好かれていなくて、しかもその原因が太鼓に嫌がらせをしたからなので、そんな太鼓関係のネタでは絶対誰も笑ったりしない。むしろ、堀井安博はまだ太鼓に執着しているのか、キモ……と思われたに違いなかった。この出来事はさすがに恥ずかしく、次の授業は出席できずサボってしまった。小石としての修行がまだまだ足りない。でもその次の授業はちゃんと出た。


 一月になり新年を迎え、二月三月も無事に過ぎ、俺達は二年生としての高校生活を終える。硬く冷たい高二の一年間がやっと終わった……と最後の日、誰もいなくなった教室で一年ぶりの息継ぎをするかのように深いため息をついていると、そこに太鼓がやって来る。忘れ物か何かを取りに来たのかもしれない。邪魔だろうから退室しようとすると、「堀井くん」と呼ばれる。別にこんな最後の最後に太鼓と喋りたくもなかったので聞こえないフリをして教室を出ていこうとするのだが、再度「堀井くん」と呼ばれたらさすがに無視できない。俺は振り返る。すると、「私のせいでこんなことになってごめん」と謝られる。


 謎だった。「こんなことって?」


「いや、堀井くん、一年間ほとんど誰とも仲良くできなかったでしょ? それって私があのとき怒鳴ったからだよね? 私にクラス全体が同調するみたいな形になって……。それでずっと謝りたかったんだけど」


「それは太鼓が悪いんじゃなくて俺の自業自得だよ」最後の最後にこの一年の総決算はキツいぞ。「俺がバカすぎて、太鼓の嫌がることをしたり言ったりしたんじゃん?」


「でも私、あのとき機嫌が悪くて……必要以上に怒っちゃった気がして。あんなに言わなくてもよかったのにって、ずっと思ってて……」


 今さら言われてもどうしようもなさすぎる。それ、いま言ってどうなるんだ? それでも俺は「気にしなくていいよ」と我慢強く返す。「太鼓には悪いことしたなと思ってるけど、そこ以外気にしてないし。俺の方こそごめん」


「ううん、違う。私がごめんなの。ごめんなさい」


「いや、いいって」


「ちゃんと謝りたい」


「うん。だから、別にいいよって。俺は怒ってもないし悲しんでもないし。それでいいじゃん」


「よくないよ」と太鼓は首を振る。「私、堀井くんの一年を台無しにしちゃった」


「台無しにしたんだったらどうすんの」俺はさすがに鬱陶しくなってくる。「もう終わってることなんだから『ごめんなさい』『いいよ』でいいだろ。何がしたいの?」


「堀井くんのしてほしいこと、なんでもする」と太鼓が言ってくる。


「…………」え、やらせてくれるかな……と反射的に思うが、俺の口の方が素早く、反射的に「いらないよ」と答えてしまっている。「もう帰ろ?」


 いつの間にか俺は太鼓のことが嫌いになっていたんだな、と気付く。いや、ずっと無関心の状態が続いて、今、とうとう嫌いになったんだろうか? 早くこの教室から出たい。もしくは早く太鼓に消えてほしい。


「堀井くん、なんでも言ってよ。私するから」


「いらないって。そんなの、太鼓が気持ちよく三年生に上がりたいから、二年のしがらみをどうにかしたがってるだけじゃん。俺は何もしていらないんだって」


「そんなんじゃない」と太鼓が気張って否定してくる。「堀井くんもホントは面白い人なんだろうなって思うもん。私ももしかしたら堀井くんと仲良くできてたかもしれないのに。それがもったいなくて……」


 その言葉を五月とか六月の間に言ってもらえたらどれだけよかっただろう。でも俺は寝たフリ生活に慣れすぎていて、今更あんまり、心が動かない。どうでもいい。それにやっぱり、どうしても太鼓自身が罪滅ぼしをしたいだけに感じてしまう。


 俺はもう面倒臭いので会話を放棄して教室を出る。勘弁してくれ。


 シカトをかませばさすがに強制終了するかと思いきや、太鼓が廊下まで追いかけてきて俺の腕を掴む。

「じゃ、じゃあ、三年生になったら友達になろう?」


「逆に引く」と俺はコメントする。「なんでそんなに必死なの?」


「堀井くんと喋らなかったの、もったいなかったって思ってるから」


「俺を干したのを悪いと思ってるんじゃなかったの?」


「もちろんそれは思ってるよ!」と太鼓。「干したくて干したんじゃないけど。……でもそれ以上に、堀井くんと仲良くできなかったのが心残りなの」


「ふうん」


「いい?」


「何が」


「三年生になったら、友達」


「クラス替わるじゃん」


「替わっても」


「もう受験生だし」


「じゃ、いっしょに勉強しようよ」


「もう面倒臭いし好きにして」

 俺は太鼓を振り払って走って逃げる。どうせ今だけだ。三年生の生活が始まれば太鼓は太鼓のグループで楽しくやるだろう。俺は新しいクラスで新しい友達が……出来なければ出来ないで、また一人で過ごすし。一年間小石をやっているとさすがに板についてきて、周りに誰もいなくたって寂しくないし、むしろ下手に誰かと親しくなってあとで傷ついたりなんかするよりもよほど平穏で安心感がある。慣れてしまうとこんなもんだ。一年生の頃はベラベラ喋って友達も多かったし、二年生の頃も四月の間はハイテンションだったけれど……まあそんな性質ぐらい、一年あれば変えてしまえるのだ。

 逆に言うと、三年生の生活の仕方によってはまた別の俺がどこからか顔を覗かせたりして『俺』という性質を一変させてしまったりするかもしれないが、わからないよな、そんな先のことは。わかりたくもない。



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