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第一章 第五話

 不意に背後から現れた"玄武"と名乗る長身の男は、そう飄々(ひょうひょう)と俺達に語りかけてきた。

 それにしてもこの男の風貌もそうだが、話した内容があまりにも聞き流せないものばかりだった。


「蒸発って……何が……」


 そう呟いている俺に対し、間髪入れずに男は、


「そうです。蒸発です。この結界内に居るあなた達二人以外は読んで字のごとく、"蒸発"して霧散しました。しかしおかしいですね?何故あなた達は原形を保てているのでょうか?そればかりではなく、平然としていられる様にお見受けしますが?」


 ……こいつ、平然っていいやがったのか?


「ふっ、ふざけるな!おかしいのはお前の方だ!みんなが、みんなが蒸発して消えたなんて信じられる分けないだろ!!……妖気?九尾の姫君?俺が、七海が、平然としてるだと?ふざけるのも大概にしろおっさん!!」


 おれは目の前に居る男に対して、怖さや異質さを感じてはいたものの、それよりも何よりも怒りの方が先に込み上げて来てしまい、後の事など微塵も考えずに怒鳴り散らかしてしまった。


「…………小僧。…………塵芥の分際で姫の事を語るなど不届き千万も甚だしい。……万死に値いする………………死ね」


 唐突に目の前の男がグシャっと言葉遣いと表情を変え、手のひらを俺達に突き出した。


 



 ……あぁ、俺、死んだわ。

 

 そう直感的に感じた。

 

 ……はぁ、七海。守れなくてごめん。……ごめんなさい……


 ……あぁ、七海に好きって伝えたかったな……


 ……いや、伝えなくてよかったんだ……


 ……こんな情けない俺に好意を持たれても七海が困るもんな……


 ……何よりも俺が俺自身を許せないわ……


 


 今まで一度も経験などしたこともないその遅くなる感覚の中で、そう俺は懺悔した。


 それとは逆に俺の体は持てる全ての力で目一杯両手を左右に突きだし、後ろで震えている七海を庇うようなせめてもの抵抗をしていた。


 


 その刹那、俺の視界を何かが遮った。

 それは、二つに突き出したお下げの黒い髪の女の子の後ろ姿だった。

 俺が見間違えるはずもない、その後ろ姿は確かに七海のものだった。




「……ほう、玄武。妾のものに手を出そうなどとは笑わせてくれる。何か言い残す事はあるか?」


 


 ……え?




「っ!?……お、御姫君!!……いや、しかし、そ、その御姿は……?」


 


 ……え?……今、俺の目の前で何が起きているんだ?




「くどい。妾は言ったはずじゃ。何か言い残す事はあるか?と」



 

 ……いや、でも、俺の目の前に居るのは七海のはずじゃ……




「も、申し訳御座いません!まさか御姫君の御来迎が既になされているなどとは微塵も認識しておらず……お、御許し下さい!御許し下さいませ、姫様!!」


 先程の変わりようが嘘かの様に、玄武は突き出した手のひらを、そのままの勢いで地面に突き付け、俺が生きてきた人生で見たこともないような、それはそれは見事な"土下座"をした。


「ふん。なんじゃ、えらく大袈裟な土下座じゃのう。余りにも大袈裟すぎて"妾の恭太郎"に危害を加えるのかと勘違いしてしもうたわ。妾も久しぶりの来迎じゃ。ちと鈍ったのかもしれんな」




 ……はっ。なんだこれ……


 ……ははっ!…………


 …………まぁ、なんだっていいや……七海が無事なら、七海と一緒に居られるなら、"今も昔も"なんだっていいんだからな俺は………………






 ______そこでおれの意識は限界を迎えた_____


 





 


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