第二章 第十九話
みんな、突然だけど、ちょっと自分のことを語っていいかな?
俺ってさ、先祖の影響も少しはあるのかもしれないけど、昔から空気はあんまり読めないし、いつの間にか話しはとっ散らかるし、普通に口悪いし、お調子者だし、空回りだし、変態童だし、……やべ、自分で言ってて少し気持ちが"ズン"って、なってきたぞ!?
……つまり何が言いたいかというと、俺は他の人より"ちょっと変わってる"わけなのよ。もちろん、わざとそうしてるわけじゃないよ?……ん?ホントだよ?
なんか母ちゃんが言うには、俺は物心がつく前からそんな感じだったみたいで、事あるごとにいろんな人に指摘されたり、怒られたり、説教を受けたり……って全部同じ意味じゃねーか!?……ってな具合に、いろいろと"とっ散らかる"わけなのよ。
そんな俺なんだが、だからと言って、別にそんな自分が嫌い!ってわけでもないのよ。てゆーか、ちょっとそんな自分が、何気に好きだったりもする。いや、だったりもした。
ん?何で過去形に直したかって?……知りたい?
オーケーオーケー、わかったよ。答えは"ここ"にあるから、そんなに急かすなって!
それじゃー、話を現実に戻すよ!
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「「……………………は?」」
……たった今俺は、生まれて初めて、ものすごい空気が読めない人と出会った気がする。
もちろん、自分のことを棚に上げて言ってるのは、重々承知の助よ?これまでに話が噛み合わない人や、場違いなことを言う人は、俺の15年の歴史の中でも、それなりにいたはいた。
それでも"こんな"満面の笑顔で、あっけらかんとして、今まで思わせ振りな匂わせ?みたいな会話を続けてきたのに、"スッ"と会話のキャッチボールの"玉"を、何の脈絡も無しに消滅させる奴はさすがにいなかったわ。
今まで仲良くキャッチボールしてた相手に無断にだぜ?
……ん?さっきから誰のことを話してるのかって?
そう、この"目の前の女"のことだよ!!
「……う、受付のお姉さん。い、今さぁ、ちょっと聞きそびれちゃったから、もう一回だけ、なんて言ったのか聞いてもいい?」
「はい!いいですよ?……私とタフィーさんとの関係は…………じゃじゃん!内緒です!」
……こ、この女、一字一句間違えずに、全く同じことを言い放ちやがった!!
……はぁはぁ……なんだ、この腹の底から沸き上がる、ドロドロとした魔の気配は!!もしや、これが闇落ちというヤツなのか……!?
「……はぁはぁ……もうダメだ!……て、天魔出ろ!こ、この女をぶった切る!!」
「ゆ、優記くん!?……そ、それはダメだよ!?……先に『アイテムボックスオープン』って言わないとアイテムは出ないよ!?」
ナイスアドバイス、さすがは七海!ノリをわかってやがるぜ!
「そ、そうだったな!?……『アイテムボ……』違う!俺はこっち!『あ、亜空間……」
ーーーパスンッ!ーーー
ーーーポスッーーー
「……い、痛ぁー!?」
「……い、いた!……くない?」
……ついに出てきやがったな?狐魔王め!その場に浮かない、一回のジャンプだけで今の一連の動作をしたことについては誉めてやるよ!それにちゃんと七海の頭に戻ったしな!
でもなんで俺だけ、しっかりと"しならした"しっぽで顔を殴っておいて、七海には"肉球ぷにぷに"アタックだけなんだよ!?
まぁ、それでいいんだけども!
「九ちゃん、ごめんなさい……」
……いやいや、タフィーさん達がもういないからって、なんでこんな時に『九ちゃん』呼びに戻したん!?もしかして、淡々と戻すタイミングを見計らってたんじゃないの?それに、急に呼び名変えられるのって、俺的にすごい紛らわしいんだからね?
「……きゅー?」
「……なんて?」
「……ゆ、優記くんはこの受付のお姉さんを反面教師にして、自分の事も少しは省みて反省しなさい!……って言ってる気がするよ?」
「ガぁーーーーーーーーーーンんッッ!!☆!!★??」
「……ゆ、優記くん!?だ、大丈夫!?」
……や、ヤバい。今までで、一番"心"にダメージ受けたわ……七海の翻訳の内容もそうなんだけど……
……ホントに『きゅー?』の短い文字数で、クラマはそんなこと言ってたんですか!?
……実は七海が普段我慢してることを『今だ!』みたいな感じで、クラマを隠れ蓑にして言ってるんじゃないの!?
……う、うぅ……だめだ、倒れそう……
……こんな時は……エリクサー(笑)、こっそり飲んじゃお……
ーーーグビッーーー
「……ぷはぁーー!……ふぅ。危なかったぜ!」
「……よ、よかった!ご、ごめんね、優記くん。私も少し"つられて"悪ノリしちゃたよ?」
……七海よ。ホントにそれは俺に"つられて"なのかい?
そのおっきな"お胸"に手を当てて、自分の心に聞いてごらんよ?
ほんの少しぐらいは『この女、マジで◯◯◯◯なんじゃねーの!?』って思わなかったかい?……ん?もちろん俺は"そう"思ったよ?
ーーーパスンッ!ーーー
「……い、痛ぁー!?」
……わ、わかりましたよ。わたしがわるーござんした!
全く認めるつもりはないが、いつもの俺って"あんな感じ"なのね?
さすがに少しは反省しますって!
「……そ、それでお姉さん。どうして"内緒"なのですか?」
スゲーな?まだ"行く"のね?
「んー?そうですね!一応、個人情報は外部の人に洩らしてはいけない決まりになっているんですよ!」
「いやいや、さっきまで自分からガンガン洩らしてたやないかい!!」
……あ、ぼくの心の声、聞こえちゃった?
「んー?そうでしたっけ?でも決まりは決まりなので!」
……あぁん?
……いやいや、落ち着け優記……ドードードー……俺、ドードードー……
「……が、外部の人じゃなかったらいいの?……ドードードー……」
「ドードードー?それはお馬さんを宥める時に使う掛け声ですよ?うふっ」
……そこじゃねーわ!!俺がプルプルしながらやっと言葉に出して尋ねたことは、そこじゃねーんだわ!?
それに『うふっ』って、さっきはかわいく聞こえたけど、今じゃ、ただでさえ燃え盛ってる火に、わざわざ竹筒で空気を吹き掛けた時の"擬音"にしか聞こえないからな!?
「……タフィーさんとは……私たち、遠縁にあたるんですけど、それでも駄目でしょうか?」
……がんばれ七海!俺はもう、心がいろいろ砕けちゃったから、後は頼む!!
「そうなんですね?証拠は何かありますか?」
ーーーグビッーーー
……ふぅ。ここにいるだけで、そのうちにエリクサー(笑)が無くなるんじゃねーの?
「そうですね。タフィーさんに直接聞いてもらうのが一番早いんですけど!」
……おぉ?七海の語尾が強いぞ!?こんなレアな七海は転売しても値段がつかないから(もちろん俺が買い占めるが)、もうちょっと落ちついてね?
「……おい。グレタ君。またお客様と揉めているのか?」
……俺はこれから、空気が読める男に生まれ変わる予定だから、迂闊な発言はしないよ?国際問題に発展しかねないからね?
……それにしても、この渋い声の人は、誰?
「あ、所長!助かりました!ちょっとこの子達がいろいろと尋ねて来るので少し困ってたんです!」
「「………………」」
「ふぅ。困っていたのは君じゃなくてこの子達、の間違いじゃないのかね?」
「え?そうなんですか?また、やっちゃいましたね!うふっ」
「「………」」
「もういい。君達、こっちで私が話を聞くから。ついて来なさい」
「「はい!」」
……ふぅ。助かった……
っていうか、この人が"所長さん"なのか。だってあの女がそう言ってたから……いやいや、"それ"は駄目だぞ、優記。怒ったりムカついたりはその時だけにする。じゃないと自分自信がイヤな奴になるだけだ。それに俺自信もグレタさんとあんまり変わらないだろ?同族嫌悪。そういうことにして、また後で笑って話せる関係になろうや?
……え?"なろうや?"……まぁ、いっか!そういうことだな!
「じゃーありがとね!グレタさん!」
「……!?あ、ありがとうございました、グレタさん!」
「いえいえ!何のお力にもなれなくて、こちらこそすいませんでした!タフィーさんの現状を教えてもらえて、とても嬉しかったです!ありがとうございました!」
……あ、思ったよりいい人じゃん?やっぱり、自分のそん時の気持ちや捉え方次第なんかなー?こればっかりは難しいや。
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「さ、そこにかけたまえ。まぁ、気楽にしてくれ」
俺達は所長さんに受付窓口の右側にあった廊下から、その一番奥にある部屋へと案内された。そこでカントリー調の二人掛けソファーに腰を降ろした。
「さっきはすまなかったね?彼女も悪気があって君達に"ああいう"対応をしたわけではないんだ。あくまでもこの寄合所のマニュアルに沿って業務をこなした、と本人は思っているんだよ」
……ん?つまりどーゆーこと?
「つまり、やる気がある"無能"ってことですか?」
「……君は君で躊躇無く地雷源を、鼻歌でも歌いながら歩ける性格なのかね?」
「……ゆ、優記くん!」
「ごめんなさい」
「もう!」
「ははっ、いや、その通りだ。彼女に腹を立てる同僚や客がいるのは事実だ。だがそれと同じだけ彼女に感謝している者や、元気を貰えている者がいるのも、また事実なのだよ。生憎、私もその内の一人なのでね」
「憎まれ口を叩いときながらなんですけど、わかる気がします。なんかグレタさんって根っこの部分では嫌いになれない感じですよね?」
「……わ、わたしも身近にグレタさんみたいな方がいるので、わかる気がします……」
……うっ!それってば、俺のことじゃね?
「あぁ。君達、ありがとう。それでは本題に入ろうか。この寄合所に用があって来たのだろう?」
「「はい!」」
「では、聞こうか」
「あ、その前にこの手紙を受け取って貰えますか?」
俺はタフィーさんから預かっていた、寄合所の責任者宛の手紙を目の前に座っている所長さんに手渡した。
「ん?……これはタフィー君からの手紙なのかい?そう言えばグレタ君が、先ほど彼女の名前を言っていた気がするが……」
「はい、そうです。俺達はタフィーさんの遠縁なので、昨日お見舞いに行った時に"それ"を託されました」
……そろそろ敬語に疲れてきたぞ?
「……そうか……悪いが先にこの手紙を読んでいいかね?」
「「どうぞ!」」
「では、お言葉に甘えよう」
「あ、その前に所長さんのお名前はなんて言うんですか?」
……名前ってなんか大事じゃない?まぁ、所長さんって呼ぶのが中卒(仮)の俺には少し違和感があるからなんだけどね。だって、社会経験もまだしたこと無いのに、『所長!所長!』ってなんか変じゃない?せめて、『先生!先生!』とかなら慣れてるから良かったんだけどね?
「そうか、まだお互いの自己紹介もまだだったね?私はスパイクだ。君達の名前も聞かせて貰えるかな?」
「優記です。よろしく!」
……よし!言い感じにタメ語が出せたぞ!
「な、七海です。宜しくお願いします!」
……何をお願いするんだい?後、名前が"ナナナミ"って思われないかな?心配だよ?
ちなみにスパイクさんの簡単なスペックはこちら!
年齢は三十後半ぐらいのナイスガイだ。以上!
……え?少ない?
薄いグレーの短髪がよく似合う、かなり筋肉質な体型のナイスガイだ。ただその"見た目"に、服装と言葉遣いがあまり合ってないような印象を受けた。分かりやすくイメージで伝えるなら、紳士服を着た、渋い声の"スト2のガ◯ル"って感じかな?
「ユウキ君とナナミ君だな?あまり聞きなれない名前だが……まぁ、詮索はこの業界では御法度だな。では、タフィー君の手紙を読むので、少し楽にして待っていてくれたまえ」
そうしてスパイクさんは、タフィーさんからの手紙に目を通していった。
しばらく俺と七海は、ぼーっとしていたのだが(クラマは七海の頭の上で熟睡中)、突然目の前のスパイクさんが、自分の目頭に右手の親指と人差し指を当てて、涙を堪えるような素振りを見せた。
「ど、どうしたんです、スパイクさん!?」
「……め、目が痛いんですか!?」
……ねぇ?どっちが空気読めないと思う?俺は自分のことを神棚に上げすぎ疑惑があるから、もう何も言わないよ?まぁ、そのうちまた言い出すかもだけど。
「……悪かったな君達。突然醜態を晒してしまって」
「いえ、何も悪いことなんてありませんよ。それより何かタフィーさんから伝えられたんですか?」
「……あぁ。そうだな……彼女からの赦しを……いや、自己満足だな。彼女はとっくの昔に私の事を赦していた。ただ、お互いに自分の事を赦していなかった。ただ、それだけのことだったのだ。それに、彼女は私よりも年下だが、この手紙を読んで彼女の方がよっぽど精神的に私よりも大人だった、ということが良くわかったよ」
……え?こっちは全然"良く"わからないんですけど?でも、雰囲気的にわかってあげたいから、これは困ったぞ?
「……どういったお話なのか、お伺いしてもよろしいですか?お辛い事なら、無理してお話されなくても、もちろん構いませんので」
……こういう時の七海は頼りがいマックスだよな!俺はそんな七海の尻に敷かれて、一生一緒に生きて行きたいです!
「ナナミ君、気遣いは無用だよ。それに君達のお陰でタフィー君は、体調が良くなったと、この手紙には記してあった。ありがとう。私からも君達には感謝の気持ちと、出来る限りの事はしよう!」
……おいおい、一体何が起きたんだ?せめてなんでそうなったか理由を教えてくれないと、さすがのおれでも少し困るよ?
「スパイクさん。七海と同じことを尋ねるみたいでちょっと悪いんだけど、タフィーさんとの事で何があったのか、俺達がわかる様に話して貰えないかな?」
「あぁ。もちろん良いとも。ただ、少し話が長くなるかもしれないがいいかね?」
「はい」
……さすがにこっちから頼んどいて『え?手短でお願い!』なんて言えないでしょ?
ーーージロッーーー
えっ!?これくらいもダメなの?これじゃーうちも、商売上がったりだよ!?っつーか、今は起きてこないでね?
スパイクさん、クラマを七海の帽子だと思ってんだからさ!
「さて、どこから話そうか……私はね、元々は冒険者だったのだよ。それこそ去年まではね。それまでの活動拠点だった、トランにある冒険者ギルドのね。それで、今から話す一件が理由で、トランのギルドマスターに頼み込んで、ここの職員にさせてもらっのだよ。この寄合所の前所長がちょうど定年のタイミングで、何故か最初から"ここ"の所長になってしまったのは、私もさすがに驚いたがね」
……へぇー。スパイクさん、去年まで冒険者だったんだ?ってか今でも冒険者にしか見えないけどね。逆にこんなお堅い仕事してる方が、なんだか似合わないもんな。ただ、所長一年目なのに風格だけはあるよ。特にそのゆったりと話すその声と雰囲気が。とても所長一年目です!って言われても、信じる人は少ないんじゃない?
「では、本格的にここからは、昔話になるが、気楽に聞き流してくれたまえ。……私はタフィー君の亡くなった旦那とはね、実は同じパーティーメンバーだったのだよ。それこそタフィー君がトランの"ギルド職員"だった時代からのね。まだ彼らが一緒になる前だったから……私と彼らとの付き合いは、今年で12、3年くらいになるのかな?彼らと出会った当初は、タフィー君は、トランのギルドではもうすでに"看板娘"だったな。同世代の男冒険者達は皆、タフィー君の事を多少なりとも意識していたものだ。彼女の亡くなった旦那、"ニブルス"も勿論そうだが、恥ずかしい話だが、実は私も彼女の事を意識していたその内の一人だったのだよ。その中でも特に彼とは、競い合うようにしてタフィー君にアピールしあったものだ。それがきっかけだったのかは忘れてしまったが、私とニブルスはその頃からお互いにちょくちょく話す様になり、次第にパーティーをよく組むようになっていたな」
……えぇーー!?タフィーさんって、トランの冒険者ギルドの職員だったのーーー!?驚愕の事実なんだが!?
初めて会った時から、『この人、ただの"モブ"じゃねーな!?』とは思っていたけど、そんな経歴があったっつーわけね!
それと亡くなった旦那さんとも、そこで出会ったってわけか。"人に歴史有り"とはまさにこの事だな!
……うん?まてよ。ってことはトムが今、10才だから……タフィーさんは今、何歳なんだ?それにいつまで、ギルド職員として働いていたんだろ?
「……おや?ユウキ君はおもしろいぐらいに顔に出るのだな?タフィー君は確か15才の成人した年からギルドで働き始めたので、トム君が生まれるまではギルドで働いていたから……まぁ、女性の年齢の事だから、頭のなかで計算するといい。ちなみにトム君が生まれてからは、ギルドを辞めて、専業主婦として、ニブルスを献身的に支えていたよ。……たまにだが、私も彼らの自宅に顔を出したりしたものだよ。もちろん私は"負けた身"だから、なるべくなら行きたくはなかったのだが、ニブルスが『なあ、スパイク!タフィーが会いたがってるから、たまには顔を出してやってくれよ?なぁ、頼むよ?』などと、時たま手を合わせて言ってくるから、まぁ、仕方なく……な?」
……事情を知らない人が聞いたら、ただの未練タラタラのおっさんが昔話してるだけなんだけど……この先の"こと"はあんまり聞きたくないんだよなぁ……
……っつーか、そんなに俺って思ってることが顔に出るの!?まさか、顔に文字が浮かび上がったりしてないよね!?
「……あぁ、すまんね。彼らとの思い出が多いせいか、少し長くなってしまったな。それでは全ての原因である"あの日"の事を話そうか…………あの日はいつもと違ってギルド内がかなり騒然としていたよ。なぜなら、ここらでは滅多に現れない『マッドタイガー』が"アトラの森"に出現したと、その森で単独行動をしていた冒険者から報告を受けたからな。その冒険者は愛馬を犠牲にして、涙ながらに逃げてきたそうだ。その頃の私達は……去年のちょうど今頃か……私とニブルス以外にもすでにメンバーがいて、トランではトップパーティーとして名が売れて大分時が経っていた。そんな私達がギルマスから直接『マッドタイガー』の討伐依頼を任されたのは必然だったのかもしれないな。それで私達はトランをすぐに発って、この寄合所で一度休憩し、タフィー君達に譲る前の私達の小屋で、作戦を練りながら身支度を整えたのだよ。目的のアトラの森はそこから目と鼻の先にあったからね」
……"アトラの森"って多分、俺達が抜けてきた森のことだよな?……なんで"そんな"森の近くにタフィーさんは住んで……あぁ、ニブルスさんがそこで亡くなったからか……だとしてもトム達には危険ってわかってたはず……そうか、"そんな"ジレンマにも似た板挟みで身も心も病んでしまったのか……俺の勝手な想像だけど、あんまり言語化したくない内容だわ。
「……それで私達は森の中に入ってからすぐに、『マッドタイガー』の居場所を知ることが出来た。こんな表現はしたくないんだが、それは威風堂々と我が物顔で森の中を練り歩いていたからな。まるでここには、自分より強い奴なんているわけがない、とでも言いたげに、ゆっくりとな。その時の事は今でもハッキリと覚えているよ。まずは魔法使いのニコルが私達に攻守強化付与の魔法を掛け、ニコルを守る為にタンクの私が盾を構え、戦士のモランが盾を構えつつ剣の切っ先を相手に向け、遊撃のニブルスが相手のヘイトを自分に向ける為に走り回っていたよ。私達は等級こそBランクパーティーだったが、時間の問題でトランで初めてAランクになるはずのパーティーだった。というのは今更の事だがな。それで件の『マッドタイガー』だが、そいつは単体でAランクのモンスターだったのだよ。私達は今まで一度も戦った事のない相手だったが作戦は十分すぎるほど練ってきていた。それから長時間に渡った戦闘の内容は割愛させて貰うが、それまでにかなりのダメージをお互いに負ったよ。でも私達の連携の練度が単体の相手より勝っていたのだろう、あと一歩で倒せる、という時にニコルの体力が尽きたのだ。そして倒れたニコルを見逃す甘い相手ではなかった。モランの足元を掻い潜り、私を飛び越え、ニコルに襲いかかったのだ。その時私は無我夢中でニコルの上に覆い被さった。何度も思い返すよ、その時の事を。何故あの時私は、盾を相手に構えなかったのかとね。背中をさらけ出した私は死を覚悟したよ。ただその時は一向にやって来なかった。何故なら、私を庇いながらニブルスが相手に止めをさしていたからね。それも……"首を半分食い千切られながら"だ……役目があべこべだと思わないか?タンクの私が遊撃のニブルスに守られるなんてな……」
……あまりにも壮絶過ぎる話を聞いて、俺はここが本当に異世界なんだと再認識した。
自分が経験したわけでもないのに、心が抉られた感覚に陥ってしまった。七海は頭を伏せ、顔を両手で覆っている。
俺はこんな世界に憧れていたのかと、あまりにも幼稚な自分を攻めてしまっていた。多分、七海も同じような事を考えているのかもしれない。
「……そして、そこからは君達も知っているかもしれないが、その事を知ったタフィー君は、私に対して"とても酷い事をした"と、今でもそう思っているのだろう。言い方は悪いが、私からしたら、それぐらいでは"とても足りないぐらい"だったよ。それに私はまだ気持ちをぶつけられただけ、よかったのかもしれないな。ニコルは自分が一番の原因だと、今でも思っているからね。モランも少なからず自分を今でも攻め続けている。……あぁ、ここの門番をしている、少し無口な男がいただろう?そいつがモランだよ。彼も彼で思うことがあって、タフィー君に使わなくなった小屋を譲ったり、なるべく彼女達の近くで見守っていたいと思ったのだろうな。まぁ、私もその一人なんだが、体調を崩した彼女に、これまで何も出来なかったのだ、何もしてないのと同義だがね」
ーーーーなぁ、優記?こんな時お前は、目の前のとても不器用で言い訳も出来ないような優しい男になんて声をかけんだ?
お前は空気は読めねーかもしれねーが、人の気持ちにはちゃんと寄り添えるだろ?
すぐそこで七海が見てるぞ?漢を見せるなら今だぞ?ーーーー
ーーーーあぁ、"あんた"に言われなくてもわかってるよ。
こう見えても俺は天音家七代目の秘蔵っ子だぜ?
"あんた"に恥をかかせるようなことは(普段はたくさんあるけど)させないよ。ーーーー
ん!?今、なんか無意識で誰かと会話してた!?おいおい、思考までとっ散らかったらヤバイだろ!?
まぁ、なんか大切なことを思い出した気がするし、凄い人には凄いね!ってちゃんと伝えなきゃな!
「スパイクさん」
「ん、なんだね?話が長くて疲れてしまったのかね?」
「俺さ、スパイクさんみたいになれるように頑張るよ!」
「……突然何を言っているんだ、君は?それに私の話を聞いていなかったのかね?私は今のタフィー君とは違って、いまだに自分の事を少しも赦せていないような惨めな男なのだよ?」
「ホントに惨めな人は、他人のことなんて守れないよ。俺が思う惨めって、他人を犠牲にしてでも図太く逃げ回る奴らのことでしょ?他人の為に命を投げ出せる人を、"惨めな人"なんて俺は認めないよ!俺はスパイクさんみたいに……そして、ニブルスさんみたいに、大切な人を自分を擲ってでも守れる、そんなホントに強い人になりたいんだ!」
「…………君は私が強い男にみえるのかね?」
「そんじゃー言わせて貰うけど、スパイクさんは、ニブルスさんを弱い人だと思った?」
「…………なに!?……彼は……いや、あいつは、俺を、ニコルを間違いなく守った。あいつは死ぬ間際になんて俺に言ったと思う?『ははっ、これでタフィー達にはもう会えないかもしれないけど、お前達が無事なら、まぁ、いっか!その代わりに俺の分まで生きてくれよ?じゃねーと化けて出るからな?……あと、ついでに俺の、かわりに、タフィーと、トムと、ジェリーを……まもって、やって……くれよな……』……と最後まで笑いながら……首が……半分捥げてるのに……うっ、うっ……俺らに心配かけまいと…………う、うっ……そ、そんな奴が弱いなんてわけっ、ないだろぉーがぁーーー!!」
そんなスパイクさんの心の叫びが、部屋中に響き渡った。
それこそ、俺みたいな"ぽっと出"の小僧が、触れていい事ではなかったのかもしれない。でも、"それでも"だ。見て見ぬ振りなんて出来るわけないだろ?当たり障りなくやり過ごすなんて、そんなやり方、俺は知らないんだからさ。
「ごめんなさい、スパイクさん。でも、答えが出たでしょ?スパイクさんのことをニブルスさんが守った。次はスパイクさんがタフィーさん達のことを守るってさ。ニブルスさんが亡くなってからの一年は、スパイクさんもタフィーさんも、お互いにいろいろ有りすぎて考えが纏まらなかっただけだよ!今日から、たった今、"この瞬間"から、タフィーさん達を守る人になればいいんだから!だって、スパイクさん、得意でしょ?トランの町、一番の最強タンクなんだからさ!」
「…………うっうっ…………うおぉぉぉぉぉ!!……そうだ!俺はタンクだ!何度でも何度でも諦めずに守ってみせる!!…………ニブルス!!ちょっとのあいだ心配かけちまったかもしれんが、もう大丈夫だ!!彼女達を俺が守るからお前は心配しないでもう少し"そこ"で待っててくれ!!また会ったその時には俺と……俺達とまた一緒に……冒険してくれよ………な?………うっ、うっ……」
ーーーー俺はこんな人になりたいと、心からそう思った。ーーーー




