第一章 第二話
「おーい!お前ら走れー!このままじゃー遅刻だぞー」
……はぁはぁはぁ……ふぅ……間に合った……
うちの学校は校門の中にさえ入ってしまえば遅刻扱いにならないという素晴らしい黄金律があるのだ。
しかし七海に負担をかけないように走ってたら、想定より時間がかかっちまったぜ……
「おー?天音、今日はいつも以上にギリギリだったなー」
校門の内側からそう話しかけて来たのは、ちょいと小太りでいつもお世話になっている(悪い意味で)生活指導の速見先生だ。
「今日は七海を引っ張りながら走って来たので、あんまり飛ばせませんでした!」
「……そうかー……おい、天音。玉森が顔真っ赤っかにしてるぞー?」
いつも以上に間延びした低い声でそう先生に言われて、俺は七海の方へと振り向いた。
「……っ!?…………………」
いやいや、ほんとに顔が真っ赤っかじゃん!って何そのリアクション!?かわい過ぎるだろ?
しかし七海の体力に合わせて抑え気味で走って来たつもりだったんだけどなぁ……あ、そうそう、玉森ってのは七海の名字な!
「ごめん七海!!ちょっと飛ばし過ぎちゃったな!疲れたろ?」
「……ち、ちが……て、手……もう離して……」
うん?あ!ほんとだ。まだ手ぇ繋いだままだったわ!それにしても相変わらずちっちゃくてかわいい手だなぁ……
俺が少しの間、握った七海の手を自分の顔の前に持ってきて眺めていると、
「おいおい、先生の前でイチャつくとは良い度胸だー。今日が卒業式じゃなかったらいつものように生活指導室まっしぐらだぞー!」
……へっ!?なんか先生に勘違いされてるっぽくね!?
「……ち、違うんすよ先生!俺のせいで七海まで遅刻しそうだったんで、強引に引っ張って走って来ただけですよ!!」
「ほーう?いまだに手を繋いだままでかー?……それがイチャつきじゃなかったら何をイチャつきって言うんだー?なんだー?独り身の先生に対しての新手の嫌がらせかー?」
……いやー、半分冗談、半分本気みたいな顔で速見先生に怒られてしまった……
「……ゆ、優記くん!さ、先に教室に行ってるからね!」
俯きながら顔を真っ赤にしたままの七海が、手を振り払って走って行ってしまった……ちなみに七海と俺は同じクラスだ。
今さら手を繋いだぐらいで恥ずかしかったのか?手なんてちっさい頃なら毎日の様に繋いでたのに……まぁ、愛らしいリアクションが見れたから結果オーライだけどね。
「天音?何でお前はまだここにいるんだー?ほんとに中学校生活最後の日にまで生活指導室に行きたかったのかー?」
「っ!?すいません!ぼーっとしてただけです!!……では教室に行きますんで!……あ、そうだ!速見先生、この三年間、ご指導ご鞭撻の程、誠にありがとうございました!!」
「……ははっ!お前ってやつは本当に最後まで変わらないやつだなー!……先生もお前と歩んだ三年間は掛け替えのない宝物だー!」
……やべっ!?速見先生に不意打ちの言葉をくらって、少しうるっときちまったよ……
「では先生、いつまでもお元気で!!」
「そーゆーところだぞー天音……そーゆー言葉は卒業式が終わってから言うことだぞー……まー、お前らしいけどなー」
何がそーゆーところなのかちっとも分からなかったが、速見先生の怒り顔を笑顔に変えるラストミッションを成し遂げ、俺は教室に大急ぎで向かった。
なんだかんだで教室に着いたらすでに誰もいなかった……しくったぜ……
みんな先に卒業式会場に行っちまったのか?とふと考えていたら黒板の方を見ると"みんな卒業おめでとう!"って書いてあり、その下にその言葉と同じぐらいの大きな書体で『天音、体育館に先に行ってるぞ!!by生徒一同』という、なんとも茶目っ気たっぷりなクラスメート達の言付けが記してあった。
……そうか、クラスのみんなとも今日で離ればなれになるんだな……いろいろあったけど楽しかったな……
そんなことをしみじみ思いながら俺は卒業式会場である体育館へと小走りで向かった。