第一章 第十話
……え?今、何て……?
い、いや、たしか……せ、接吻って!?
……えーとあれか、毎年二月になると何故か家中に豆をばらまかなければならない、あの作業感満載の例の行事の事か?
……いや違うな。あぁ、あれだ!冷凍パスタが旨いあの某食品メーカーさんの事だ!
……ううっ!これ以上、現実逃避するためのネタがない……
「……あのー、今、"接吻"って言う、あまり聞きなれない言葉が聞こえた気がしたのですけど……」
「二度も言わすな、接吻じゃ」
「えーとですねぇ……ぼ、僕が、な、な、七海さんに……ですの?」
「うぬは誰じゃ!……はぁ、面倒じゃのぉ……そうじゃ、うぬが妾に接吻じゃ!チューじゃ、チュー」
えーーーー!?チューって言葉知ってるのおかしくないですか!?
……いや、しっかりしろ!相手のペースに惑わされるな!
「……じゃあさ、そ、そのチューをすると"締めの儀式"ってのが完成して七海の意識は戻って、今日起きた出来事はまるで何事もなかったかのように全て元に戻る……そういう事であってる?」
「ふむ。七海に関して言うなら、概ねそれで間違いない。ただ……」
「ただ?」
……なんか嫌な予感がビンビンするぞ……
「……おぬしと七海は"彼の地"に行かなくてはならなくなったがな」
………………は?
「俺と七海が"彼の地"に行く?」
「そうじゃ」
「な、なんで急に!?」
「なんでもじゃ」
……くそっ!こいつまた淡々と答えやがって!!
「そうか!最初から俺も七海も、そのよくわからない"歯車"って奴に含まれてたって訳か!」
「……そうじゃ。しかしそれが"ただの人間だった場合"という注訳がつくがの」
「えっ?それってどういう……」
「思い返してみよ。結界の"歯車"とは役目を終えたら元に戻ると妾は言うたぞ」
「あぁ、そう言ってた……」
「なら、何故うぬは結界の発動に力を貸しておらんのじゃ?ましてや、平然とこの結界内におるしの」
……いやいや、あの玄武って奴も言ってたがそれを聞きたいのはこっちの方だっての!
「そ、そんな事、俺に分かるわけないだろっ!!」
「ふん。端から言うておる。だからうぬは恭太郎なのだ、とな」
……は?……そんなの全然答えになってねえよ……
……ん?待てよ。その良くわからない理屈で言うならなんで七海はその"歯車"とやらに組み込まれていないんだ?
「じゃあ、七海はなんで……」
「妾の分体だからじゃ」
……はっ!?食いぎみに何を急に言ってやがんだ!?……だって、だってそんなのおかしいじゃないかよ!?
「お、お前が七海を乗っ取ったんじゃなかったのか……?」
「事を勝手に歪曲するでない。元からこの体は妾から派生しておる」
……うぐぐっ……ここは絶対に妥協出来ない!必ず聞き出す!!
「頼む!俺に分かるように教えてくれ!!お願いだ!……お願いしますから……」
俺は恥も外聞も捨て右隣にいる"暫定七海"に縋るように頭を何度も何度も下げた。
「……やめよ!そんな醜態を妾に晒すな!愚か者めが!」
俺は生まれて初めて"七海"に怒られてしまった。
「だって、だって大切なんだ!俺にとっては一番大切な事なんだ!!」
「……わかっておる、わかっておるわ!妾でなくとも、うぬのその表情を見れば一目瞭然じゃわ!」
……ならなんで……ダメだダメだ!感情のまま喋っちゃダメだ!優先順位を間違えるな優記!
「…………ごめん……なさい」
俺がそう謝ると七海はそっとため息をはいた。
「はぁ……少し落ち着け。順だって話すと先程から言うておるじゃろう?」
「……わかった」
「……うぬと居ると恭太郎とのやり取りを否応にもなく思い出してしまうわ」
……あー、また恭太郎さんですか……
……いや、こういう時は気持ちの切りかえが肝心なはず!
すーはーすーはー……ふぅ。えーと、凪の穏やかな水面を思い出して、そんでもって思いっきり深く深呼吸して………………よしっ!
「……それについても答えてくれるんだよな?」
「分かっておる。だからもう一度おとなしく聞いておれ」
「うん。わかった」
「今は時間が惜しい。その事はわかるな?」
「あぁ。締めの儀式が終わらないからだろ?」
「それだけが理由ではないが今はそれでよい。では簡潔に話すぞ。詳しい内容は儀式の後でじゃ」
俺は無言で頷き今から語られる内容に耳を傾けた。
「まずはうぬが一番気にしておる七海の現状じゃ。今は妾の中で眠っておる」
俺は沸き上がる感情を冷静に抑え、一言も聞き逃すまいという姿勢でさらに真剣に耳を傾けた。
「儀式を終え世界を渡ったら直に意識を取り戻すじゃろう。後は何故妾がうぬの事を恭太郎と呼ぶのかじゃが……」
……ごくりと俺は固唾を飲み込んだ。
「恭太郎の魂が脈々と受け継がれ、今のおぬしへと連なっているからじゃ」
……だから話しの言い回しが俺の小さなおつむには難し過ぎるっての!
「先ず恭太郎が連れ添いと子をなし、それが最初の男児の場合にのみ、その母体に宿る赤子に魂が移る様に妾が"妖力"で操作したのじゃ」
それってどういう意味だ……?
……あれ?こんな話しどこかで聞いたことがあったような……?
「それ以降同じ事を繰り返し、その後、時代を重ねたその魂が七代渡った後に、研磨された状態でまた"あの時と同じように妾に愛を誓う"と決めたその時に発動するように組んだ術式こそが、この回りを囲っておる九羅魔結界なのじゃ」
……それってたしかおじさんがすごい昔に話してくれた、うちの家系の言い伝えとかじゃなかったっけ?……ん?今、愛を誓うとかなんとかって言った?
「……しかし流石の妾でもとても簡潔に話せる内容ではないのう……少しは理解したか?」
「恭太郎っていう俺の先祖様が今の俺の中に居るってのは何となくわかった……」
「思ったより賢しいではないか。概ねそれで良い。そして"七海"の事じゃが、"恭太郎の魂を宿したおぬしら子孫"の連れ添いとなるべく"妾の分体"が、その時代その時代にその恭太郎の魂の元へと押し掛けたのじゃ」
……おいおい、なんだその大掛かりなストーキングみたいな話しわ!今までで一番意味がわからないぞ?
ふぅ……少し整理しよう。聞いたところ優記は恭太郎から数えて七代目の生まれ変わりだという。たしか昔おじさんが言っていた、うちの"言い伝え"と合致するところはある。たしかに俺の父ちゃんも俺が母ちゃんのお腹にいる時に死んだらしい。それにおじさんの話しだと父ちゃんの父ちゃん(おじいちゃん)も全く俺と同じで、父ちゃん(双子の兄)とおじさん(双子の弟)が婆ちゃんのお腹のにいる時に死んだらしい。
あーなるほど、おじさんは双子でも弟の方だったから今も生きてるってことか…………
まぁその"うちの家系の事情"みたいなんは、とりあえずそこらで置いておく。とにかく今知りたいのは"七海"の事だ。
俺の先祖の恭太郎は"暫定七海"に、……いや現実逃避だな。
目の前にいる"九尾の狐"に何故だか気に入られた。そしてそれも何故だかよくわからないが、恭太郎の魂を宿した子孫達(俺はその最後の子孫だ)の配偶者は全て"九尾の狐"の分体だという。
……ん?ってことは俺の母ちゃんも婆ちゃんも"九尾の狐"って事になるのか?……えーーーーー!?
「母ちゃん……?」
「誰がおぬしの母ちゃんじゃ!……はぁ、じゃが言いたい事は分かるがの。よく聞けよ?うぬの母親も祖母も全て妾から形造られたものなのは確かじゃ。しかしそこに宿る意思や性格、意識は各々各自の生い立ちで築き上げてきたものなのじゃ。郭公を想像すれば理解しやすいであろう?卵ではなく母体の中で妾はそれを成したという事じゃ。まぁ、自ら説いておいてなんじゃが、あんな鳥畜生と同じ扱いにされても不快じゃがな」
「カッコウ?……えっと、あれはなんて言ったっけ?……あぁ!た、托卵みたいなものか」
「その通りじゃ。じゃが勘違いするなよ?元々母体に宿した赤子をどこぞへ追いやったりはしておらぬからな。妾の分体は成るべくしてそこに赤子として宿ったのじゃ」
「じ、じゃあ身体は狐……様のだけど、心は母ちゃんの!みたいな感じなのか?」
「狐様とはなんじゃ!……はぁ、もう呼び名など今はなんとでも呼ぶがよい。しかしうぬの言う事で違いないの。違うとすれば妾が眠りについている間、分体からの情報やら感情は伝わってくる様にしたがの」
……じゃあ、思ったよりそれについての悪い影響はないのか?
ん?何か大事なことを見落としてないか?…………!?
「ってことは、七海も狐様の分体が宿ってるってこと!?……え?なんでだ?……ただの幼馴染みだぞ?……俺からしたら"ただ"のじゃないけど……」
「なんじゃ?ここまで聞いても"なぜ"七海が妾の分体だという理屈がわからんのか?」
「…………………」
「ふん。意気地がないのう。そんなところまで恭太郎とうり二つとはな。まぁ、後で直接本人にでも聞くがよい。ではもう聞くことはないな?時間が差し迫っておる」
「……最後に一つ、いや二ついいか?」
「うむ。手短にな」
「俺と七海がこの結界の中に居るってのは知らなかったのか?」
「勿論じゃ。たまたまこの"約束の地"の跡地が、うぬらの通っている"ガッコウ"とやらになっておった。さらにたまたまだがうぬの魂が結界を発動させたのがこの結界の術式内だったと言う訳じゃ。これがたまたまと言うのじゃから、本当に数奇なものじゃのう」
「俺の魂が、結界を発動させた切っ掛けって……あぁ!」
「気付いたか。そうじゃ、決めたのじゃろう?妾の分体に"愛を誓う"と」
……確かに俺は今日の卒業式の後に七海に告白するつもりだった。……つもりじゃないな。間違いなく告白したはずだ。
……じゃあ、もし今日告白しなければこの先学校で二人揃って居る状況はなかったってことだ。だって今日が中学校生活最後の日だったんだからな、!
……あぁ!なんてことだ!俺が告白を今日に決めたせいで俺も七海も"彼の地"とやらに行く羽目になっちまったっていうことだろ!?
……ごめん、七海……俺のせいで…………
「最後の一つを早く話すのじゃ」
……くっ!自己問答してる時間もないってのか……
「……じゃあ最後の疑問だ。時間がないってことは結界はすでに発動しててその役目を果たそうとしてるって事だろ?それじゃー俺と七海で締めの儀式をする理由って結局の所は何でなんだ?だって元々俺達はここに居なきゃいけなかったって訳じゃないんだろ?」
「よくよく思い出すがよい。"結界の発動"と"締めの儀式"とは全くの別物じゃ。結界の発動とはうぬの魂が妾に"愛を誓う"と決めたその時から徐々に術式が動き出す仕組みになっておる。それとは全くの別物で締めの儀式というのは、発動最中の結界内に取り残された分体のせいでこの"約束の地"から目覚めたばかりの妾の魂がその本体ではなく何故か分体の方へと入り込んでしまったものを解決しようとする為の手段の事じゃ」
……最後の質問なのに……ううっ……頭がオーバーヒートしそう……
ええい、どうせ最後だ!もっと簡単に教えてもらうぜ狐様!
「えーと……か、簡単に言うと?」
「…………分体が可哀想じゃからうぬが妾にチューしてくれたら妾の強すぎる意識は少しは弱まって本体の方へとそそくさと引っ込む……はずじゃ!そうしたら引っ込み思案の分体も少しは出てこれるんじゃないかなぁ?ってことじゃ!どこまで言わす気じゃ!こん馬鹿たれ!」
_______今までの長々と話していたことは一体なんだったのかと"驚異のツンデレ狐様"を目の前にし、暫く呆然とする優記であった________