クリぼっちな俺に姉的な幼馴染からデートのお誘いがあったのだけど、彼氏居なかったっけ?
「サークルのクリパ参加するかな……」
大学一年生のクリスマス・イヴまであと二週間という夜。
俺は1Kの自室にあるベッドに寝っ転がりながらスマホを見ていた。
(クリぼっちか……)
Twitterで憂うつになりそうな言葉がトレンドになっていたばかりだ。
言うまでもなくクリスマスに、ひとりぼっちの略だ。
俺もまたクリぼっちが確定の寂しい一人。
でも、幸いにして手芸サークルのクリパがある。
参加すれば寂しい気持ちだって紛らわせるだろう。
(といっても、聖子さんは当然不参加なんだよな)
聖子さんこと片桐聖子。俺の一歳上の幼馴染でお姉さんとして面倒を見てくれた人で、そして片想いだった大切な人。
今の北都大学に通うようになったのだって、聖子さんを追いかけてだった。
でも、入学してわかったのは聖子さんには彼氏がいたというどうしようもない事実。
始まる前に終わっていたのは不幸なのか幸いなのか。
でも、聖子さんは彼氏ができた今でも変わらず世話を焼いてくれる。
それが少し嬉しくてとてもしんどい。
(ほんと、俺はどうしようもないな)
自嘲していると聞き慣れた着信音。さっきまで想っていた姉貴分その人からだ。
「聖子さん。どうしたの?ひょっとしてお裾分け?」
昔からそうだったのだけど、彼女は俺にやたら世話を焼きたがる。
よく「お裾分け」と言ってお菓子や作りすぎたらしい料理をマンションの一階下にある俺の家に持ってきてくれていた。
大学以降もそんな「お裾分け」が続いてるのだ。
「聖夜君、クリスマス・イヴって空いてる?」
「ええ!?」
思いがけないお誘いに俺は大混乱。
聖子さんにはれっきとして彼氏がいるはず。
なのに、どうして俺をイヴに誘ったりなんか……。
「もちろん聖夜君も予定あったら、そっち優先してくれていいからね!?」
予定も何もサークルのクリパで寂しさを紛らわそうと思ってたところだ。
しかし、どういうことだろう。
「予定はないけど、聖子さんこそイヴに彼氏以外を誘って大丈夫なのかよ」
別の意味で心配になってきた。
「彼氏!?そっか……そういうことか。別に今はフリーだよ?」
今は。つまり、元彼さんとは別れたと。
俺にもチャンスがあると思っていいんだろうか。
「それなら俺のほうこそ。どっか行きたいところある?」
平静を装いつつも内心はドキドキものだ。
デートで頼れるところを見せれば俺にだってチャンスはあるかもしれない。
「んー。強いて言うなら、イルミネーションがキレイなとこ?」
イルミネーション。
そういうのが見えるホテルならあるけど、実質初めてのデートで意識し過ぎか。
あくまで聖子さんに俺を見てもらう第一歩なことを忘れちゃいけない。
ささっと近所でクリスマス・イヴに予約できる店を探す……あった。
「クリスマス・ディナー予約できる店あったんだけど、こことかどう?」
LINEで店のリンクを送る。美味しいイタリアンを楽しめると評判の店で、イヴも予約できるらしい。
「イタリアンかー。私は好きだけど、背伸びしてない?居酒屋でも大丈夫だよ?」
通話口の向こうからは気づかわしげな声。聖子さんも所属している手芸サークルだと大衆居酒屋での飲みが多いし、彼女にしてみれば弟分が無理してないか気になるのだろう。だけど、正直、少しモヤモヤする。
「気遣いなのはわかるけど、背伸びとか子ども扱いはちょっと止めて欲しい」
ああもう。俺って奴は。
せっかく誘ってくれたのにこんな風に空気を壊すことを言うなんて最悪だ。
「そっか……そうだよね。ごめん、聖夜君」
聖子さんはあくまで大人の対応。その差に少し情けなくなる。
俺も見習わなくちゃ。
「俺こそごめん。無理はしてないからさっきのイタリアンでどう?」
「うん。じゃあ、お言葉に甘えて。予約も任せちゃって大丈夫?」
「もちろん。その……楽しみにしてるから」
言おうか迷ったけど、イヴにわざわざ誘ってきてくれてるんだ。
卑屈になっても仕方ない。
「そだね。私も楽しみにしてる。それとディナーの後だけどちょっと散歩しない?」
「……さ、散歩。あ、それもいいな」
なんか聖子さんが攻めて来てるように感じるのは気の所為だろうか。
「せっかくだし、イルミネーション見ながらゆっくり歩いてみるのもいいでしょ?」「そうだな。それと……」
(どう考えればいいんだろう)
今は彼氏がいないという聖子さんの言葉には嘘はないだろう。
なら、チャンスがあると思ったっていいはず。
ただ、俺と聖子さんの関係は少し家族のようでもある。
二人きりだから……と思い込むのは危険だ。
(まずは無難に行こう)
それが一番いい。
せっかく巡ってきたチャンス。踏み込み過ぎて無駄にはしたくない。
◇◇◇◇クリスマス・イヴ当日◇◇◇◇
色々あってそれから二週間後のクリスマス・イヴ。
俺はといえば待ち合わせ場所になる駅前の時計台に、三十分前から待機していた。
正直寒いけど、遅れるのだけは避けたかった。
「あ、聖夜君。待った?」
で、待ち合わせ時間ちょうど、つまり三十分待った頃。
ベージュのコートを羽織った、朗らかな笑顔の、長身でモデル体型の幼馴染なお姉さんが駆けてきた。オレンジ色のニット帽もよく似合っている。
「いいや。今来た……いや、別に待ってないよ」
今来たところ、はベタ過ぎる気がして反射的に言い直してしまった。
「ふふ」
何を思ったのかくすくすと笑い出す聖子さん。
「何だよ」
「ううん。結構、肩に雪積もってるよ?」
パン、パンと積もった雪を払い除けてくれる。
「結構前から待っててくれたでしょ」
わかったように……と思うけど事実なので反論できない。
「多少は」
「昔っからそういうところあるよね。聖夜君」
「昔、か……」
ふと、脳裏に蘇る記憶。そういえば……。
「時間より前に来て聖子姉ちゃんのこと待ってたことあったな」
「朝から雪が積もってたから。雪遊びしようって誘ってきたの覚えてる?」
「あった、あった。って、寒いから続きは歩きながら」
一歩踏み出そうとしたところ、右手に暖かな感触。
ギギギと右手の指を観察すると、絡められた聖子姉ちゃんの指。
「……」
余りにビックリし過ぎて聖子姉ちゃんの顔がちゃんと見られない。
「んと。私なりに勇気出してみたんだけど、迷惑、だったかな?」
そんな声が気になって、ちらりと横顔を覗き込んでみれば、いつも笑顔な聖子姉ちゃんが真っ赤になっていた。
「い、いや。迷惑じゃない。俺もこうしたかった」
これって結構いい雰囲気って奴、と思っていいのか?
でも、聖子姉ちゃんも元彼さんとこういうことは慣れてるだろうし……。
「そういえば。聖夜君の服、似合ってるよ」
「ありがと。聖子姉ちゃんの服も似合ってる」
ああ、もう。恥ずかしいったらありゃしない。
「ところで、聖子姉ちゃんって呼んでくれるの久しぶりだよね?」
「ああ、いや。懐かしくなったから、つい」
何やってんだよ、俺は。
「ううん。聖夜ちゃんがそう呼んでくれて嬉しかった。だから、そのままで」
そう言う聖子姉ちゃんはやっぱり嬉しそうで。
元彼さんとはどうして別れたのか、とか。
そんな事がどうでもいい気がしてきた。
「俺もその……ちゃんづけされるのは嫌じゃないから」
「良かった」
ああ、まずいな。すっごくまずい。
聖子姉ちゃんをちゃんとエスコートしようと思ってたのに。
そんな余裕なんてとっくに吹き飛んでしまっている。
しばらく歩いたところに、予約していたイタリアンのお店はあった。
一人辺り10000円と大学生のバイト代があれば払えなくもないくらいの価格帯。
とはいえ、聖子姉ちゃんの分も出したら合わせて20000円。当分、金欠確定だ。
「二名で予約してきた羽多野です」
「はい。お待ちしておりました」
イタリアンなディナーなんて初めてな俺はといえば、
(やばい。どんどん緊張してきたかも)
こんな状態できちんと会話を楽しめるんだろうか。
そんな不安に駆られていたのだった。
案の定、前菜が運ばれてきても、
「あ。サラダ美味しいー!」
「あ、ああ。そうだな。うん」
そんな返事しか出来ない。
「ねえ、聖夜ちゃん。そこまで気を張らなくていいんだよ?」
「あ、ああ。いや、その……ごめん。変に緊張してしまって」
「聖夜ちゃんがエスコートしようって張り切ってくれてるのはわかるけどね。別に男だからとか女だからとか、相手が歳上だからとか自分が歳下だからじゃなくて、昔馴染みとして一緒に食事を楽しみたいかな。あ、もちろん、わ、私も意味なく誘ったわけじゃないから、その……意識はしてる、けど」
「そっか。まだ緊張してるけど、聖子姉ちゃんがそう言ってくれるなら」
意味なく誘ったわけじゃないから。つまりはそういうことなんだろうか。
ともあれ、それから店を出るまでは大学のことやサークルのこと、昔のことや今のことをいつものように話すことができたのだった。
楽しいディナーの時間は終わって、カウンター前で会計を済ませた俺たち。
店を出ると、聖子姉ちゃんが10000円を押し付けてきていた。
「いや。男の俺が多く出すべきだって」
「気持ちは嬉しいけど、今日のは私から誘ったんだし、はんぶんこしよ?」
「わかった。ほんとは奢ったら金欠かもって感じだったから助かる」
「でしょ?無理しなくていいから。もちろん、気持ちは嬉しいからね」
店を出た俺たちは、お互いの手を繋ぎながら、紫の電灯で装飾された幻想的な光景の中を歩きながら、お互いをちらちらと見つめては顔を背けてを繰り返していた。
(告白、して大丈夫なんだろうか)
一回きっちりと最後まで無難に終えてから。告白は次回以降。
そう思っていた。
でも、聖子姉ちゃんの様子を見るといい雰囲気のようにも見える。
(でも。これで振られたら二度と立ち直れないぞ)
しかし、ここまで思わせぶりな態度でNOというのはあるのだろうか。
交際経験の無さが恨めしい。
「なあ。実は今日のデートで言おうか迷っていたことがあるんだ」
ただ、今日を逃したら告白のチャンスはそうそう訪れないかもしれない。
そう思うと、言葉は不思議と口をついて出ていた。
「う、うん……」
「実は俺、結構前から聖子姉ちゃんのこ」
とが好きだったんだ、と言おうとしたときだった。
「その言葉はちょっと待って!」
「ええ?」
予想外だった。まさか、告白に待ったをかけられるなんて。
「やっぱり迷惑……」
「違うの。今日は私からデートに誘ったから……」
と続けて。
「先に気持ちを伝えさせて欲しいの」
「聖子姉ちゃんがそう言うのなら」
あれ?でも待て。聖子姉ちゃんから先にっていうことは。
「んーとね。何から話せばいいかな……」
しんしんと降り積もる雪を見上げながら、語りだした聖子姉ちゃん。
「私たちってあのファミリー層向けマンションで育ったでしょ?聖夜ちゃんは昔から可愛かったから、弟がいたらこんな感じなのかな、って接してたんだ」
「なんとなくそれは感じてた」
うちの親がいないときは聖子姉ちゃんのところに預けられることも多かった。
だから、俺も彼女のことをどこか姉のように感じていた部分もあった。
「でも、中学に上がった頃からかな。聖夜ちゃんが同級生の女の子と話してると、なんだか嫌な気持ちになる自分がいるのをよく感じてて……ある日、ああ、これが嫉妬っていう奴なのかなって気づいたんだよね。高校に入った頃かな」
遠い目をしている姉代わりだった女の子。
「その割には聖子姉ちゃんは態度に変化なかった気がするんだけど」
だから、俺も「弟分として面倒を見ているだけなのか」と思ってたわけで。
「聖夜ちゃん、春香ちゃんと仲良かったでしょ?」
「え?なんでそこで春香が出てくるんだよ。そりゃあいつとは仲良い方だったけど」
湯崎春香。聖子姉ちゃんと同じマンションで育った幼馴染で、今は遠く離れた別の大学に進学している。
「聖夜ちゃん達はそうだったのかもしれないけどね。周りからすれば、お付き合いしてるのかな?くらいには見えたんだよ。だから、私も諦めないとって思って、わざわざ遠いところ受験したんだし」
「えええ?それ、初耳だぞ。春香とは本当に何もなかったし、俺はあの頃から聖子姉ちゃん一筋だったから、めちゃくちゃショックだったんだぞ!?」
てっきり同じ県内にある国立大辺りに進学するものだと思っていたから。
「それこそ、私もえええ!?だよ。あの頃から私のこと好き?聖夜ちゃんが?」
「どう見えてたんだよ。好きでもない女子の家にしょっちゅう遊びに行かないぞ」
「でも、春香ちゃんとはよく遊んでたじゃない!」
「待ってくれ。中学の頃はともかく、高校に入ってからはある程度線引きしてたぞ」
「あんなに仲良さげに遊んでたのに?」
じーと、疑わしげな目線で睨みつけられてしまう。
「信じてくれって。あと、そんな話ならなんで他の男と付き合ってたんだよ」
今はフリー。
イブのデートに誘われたときに、彼女は確かにそう言った。
「あー……えーと……それは……」
急に目が泳ぎだした!
「なあ、まさかとは思うけどさ。見栄?」
考えてみれば、この一歳上の姉代わりは博識なところとかを見せつけようとして、知りもしないことを知ったように言う癖があった。
「ごめんなさい。一度、付き合ったことがあるということにしといた方が、その……聖夜ちゃんのこと、リードできるかな、なんて思ってました」
「その見栄のせいで、俺は大学入ってそうそう、失恋する羽目になったんだけど」
「ええ?どういうこと?」
「サークルで噂だったじゃん。聖子姉ちゃんがサークルOBと付き合ってるって」
「それは噂でしょ?私はムカっと来たから強く否定したと思うんだけど」
そう言われれば、赤くなりながら否定してた気がするけど。
「私が嘘ついたのは、イヴに誘ったときのあの時くらいだからね」
「って言っても、嘘は嘘だろ」
「もう。聖夜ちゃんは昔からこまっかいことにこだわるんだから……!」
「聖子姉ちゃんこそ、昔っから変なところで見栄張るから……!」
先程までの雰囲気は雲散霧消。
お互いにらみ合いの口喧嘩だ。
でも、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたな。
「って、せっかくのいい夜なのに、こんな口喧嘩しても仕方ないよな」
「私も大人げなくてごめん。こんな見栄っ張りで、どうしようもない女だけど。恋人になってくれる?」
「俺の方こそ、変なところにこだわる器の小さい男だけど。それでもいいのなら」
お互い顔を見合わせて、気がついたらクスクスと笑いだしていた。
それから遅くなるまで。
俺たちは、雪の降り積もる寒い夜にどうでもいいことを語り明かしたのだった。
◇◇◇◇翌日◇◇◇◇
「ほんとごめんね。まさか、風邪引いちゃうなんて」
場所は俺のマンション。
クリスマス当日の朝。
昨夜、深夜まで語り明かして帰宅した俺たち。
朝起きたら、寒気がして、熱を測って見れば37.5℃。
今は心配してくれた聖子姉ちゃんに看病してもらっている最中だ。
「俺も話するなら家に帰ってからとか考えるべきだった」
その場のテンションという奴なんだろうか。
お互い、寒さも忘れてひたすらおしゃべりをしていたのだ。
「お詫びとして今日はつきっきりで看病するから」
ベッドに伏せる俺を見下ろす聖子姉ちゃん。
「そういえば、小学校の頃もこうして看病してもらったっけ」
「聖夜ちゃんは身体弱い方だったもんね。よく覚えてる」
そう言って手をおでこに当ててくる今は恋人になった幼馴染。
「こういうのも、姉さん女房って言うのかな」
かつての光景を思い出しながら、少しからかい気味に言ってみせると。
「も、もう……!からかわないでよ」
それはもう茹でダコかと思う程真っ赤になる聖子姉ちゃんが可愛い、
爽やかなクリスマスの朝だった。
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