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公爵家でのお仕事

翌朝。


ふかふかのベッドで気持ち良く寝ていた私は、居心地の良すぎるそこを離れるのを心底惜しんでいた。

まぁ、要するに寝坊した。


普段は朝になれば目が覚めるんだけど、環境と言うか世界すら変わっているんだから体内時計が狂っていたんだ。きっとそうだ。


くすくす笑いながら身支度を手伝おうとしてくれるマリーさんにめちゃくちゃ恐縮しながら、用意された若草色のワンピースに着替える。


髪はどうするか聞かれたけど、元々肩くらいまでの長さだし、梳いてもらうだけにした。

しかし、昨夜の夜着といい、何故こうもサイズの合う服が都合よく用意されているのか。

不思議だ。


朝食まではしばらく時間があるらしいので、淹れてもらったお茶を飲みながらのんびり過ごす。もちろん、その時にマリーさんの淹れ方を観察するのは忘れていない。


そろそろお茶を飲み終わるというタイミングで部屋の扉がノックされる。

応えると入って来たのは初めて見るメイドさん。

マリーさんと比べると少し歳上の20代後半くらいだろうか。


「おはようございます、ミリ様。

お支度がお済みでしたら、お嬢様のお部屋までお越しいただけますでしょうか。」


「あ、はい。わかりました。」


なんだろうと思いつつ、メイドさんの案内に従ってセリーナさんの部屋へ。


「おはよう、ミリ。

よく眠れましたか?」


メイドさん達が控えているので、お淑やかモードのセリーナさん。


「はい、おかげさまで。

マリーさんにもすごく良くしてもらってます。」


それは何よりと言う風に頷くと、スっと片手を上げるセリーナさん。

控えていたメイドさん達が一礼すると音もなく部屋から出て行く。


「さてと。

この後朝食よね?その後お父様に紹介するつもりだから、心の準備しておいてね?」


お父さんと言うと、公爵様か……。

挨拶するのはお世話になってるから当然だし、紹介するとも昨日から言われてたからそれは大丈夫だけど、やっぱり緊張するなぁ。

相当身分の高い人だろうし。


「あぁ、そんなに緊張しなくて大丈夫よ?

お父様は寛容な方だし、ミリの事は私が事前にある程度話しておくから。」


緊張している私に対し、セリーナさんはそれを見抜いて、大丈夫大丈夫とひらひらと手を振っている。


「ただ、ミリの素性についてどう説明しようかなって思ってて、そのことを話しておきたいのよね。

さすがに本当のこと話しても信じては貰えないだろうし。

一応少しは考えてはあるけど。」


確かに別の世界から来た子を森で拾いました。

とは、説明出来ないか。

良くてからかってる、最悪頭がおかしいと思われてもおかしくないな。


「私自身も前世の記憶があるっていう話は誰にも……、あ、ミリにはしたけど。

それ以外の人には話してないしね。」


「そうなんですか?」


「そりゃそうよ。

頭おかしくなったと思われるでしょ?それはご勘弁願いたいわ。

……ただでさえ、色々上手くいかなくて困ってるのに。」


後半部分が聞き取れず、小首を傾げる私に構うことなくセリーナさんは続ける。


「とりあえず、身寄りがなくて売られそうなところを逃げて来たってことにしとくわ。

で、そのショックで記憶も曖昧ってことにしとくから。

実際、こっちのこと何もわからないだろうから、記憶がなくても不自然にはならないわよ、多分。」


「え~、すごく強引な気がしますけどそれ……。」


日本の事が言えない以上、何処から来たとか聞かれても答えられないし、説明しようがないから記憶が曖昧ってことに出来れば助かるとは思うけど。


「大丈夫。お父様は私が言えば信じるし、使用人のみんなも私が言えば納得するから。」


それは……。すごく信用されているのか、屋敷中から甘やかされまくっているのか。

どっちだろうと思い悩む私の前で、セリーナさんは自信満々に胸を張ってみせた。


「まぁ、そう言う訳だからよろしくね。」


丁度いいタイミングで呼びに来たメイドさんに返事をしつつ、ひらひらと手を振って出て行くセリーナさん。

しかし、毎回呼びに来るタイミングばっちりだな……。

本当は何処かで話聞いてるんじゃないだろうか。


ちなみに、私の朝食は泊まってた部屋に用意されるらしい。

公爵様は是非一緒にと言ってくれてたらしいけど、セリーナさんがそのように手配したそうだ。

事前に公爵様に私のことをあれこれ話す為だろうな。


用意されていた朝食はもちろんと言うかパンやスープといった洋食で、朝はご飯派の私は少し残念。

まぁ、すごく美味しかったし、贅沢言える身分ではないから不満なんてあるはずはないんだけど。


「昨日ミリ様が来られてから、お嬢様の表情が明るくなりました。

屋敷の者一同、感謝しております。」


食後のお茶を淹れてくれるのを観察していると、不意にマリーさんから声をかけられた。


「え?そうなんですか?」


「はい。色々とありまして、お嬢様はずっとお悩みのようでしたから。

表には出さないようにされていましたが、皆お嬢様がお生まれになった時からお仕えしてますからね。わかるんです。

それがミリ様をお迎えして本当に嬉しそうで。」


そう言って微笑むマリーさんの表情は本当に嬉しそうで、セリーナさんをとても大切に思っているのが伝わって来る。


「いやー、私なんにもしてませんけど。むしろ、お世話になりっぱなしで。」


「ご兄弟とも年齢は離れておりますし、同年代で気の許せる相手がなかなかいなかったからかも知れません。

ミリ様にはすっかり気を許しておられるようですので。」


んー、同じ日本人だから……と言うか日本の事を知っている同士だからだろうか。

まぁ、私としてもセリーナさんには感謝してもし切れないし、そう思ってもらえてるならすごく嬉しい。


社会人としての記憶があるって聞いてるからどうしても歳上のように思ってしまうけど、今の年齢は同じくらいだろうし。


セリーナさんと話してる感じ、すごく明るいし友達とか出来ないタイプには思えないけど、公爵家のご令嬢って立場だとそう簡単に誰とでも仲良くってのは難しいのかも知れない。

そもそも誰にでも素を出す訳にはいかないのかな。

貴族って大変そうだ。


そんなこんなをしていると、公爵様と面会の用意が調ったとメイドさんが呼びに来た。

いよいよかー、緊張する……。


呼びに来てくれたメイドさんとマリーさんに付き添われて案内されたのは、屋敷の応接室らしい。


マリーさんが扉をノックすると、中から「どうぞ」と答える男性の声。

恐らく、それが公爵様だろう。


静かに開かれた扉からドキドキしながら中に入ると、部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで1人の男性とセリーナさんが座っていた。


「さぁ、こちらに座りなさい。」


緊張で固まっている私に男性が声を掛けてくれる。

見た感じの年齢は40代半ばくらいだろうか。

セリーナさんと同じく赤い髪だが、燃え上がる炎のように鮮やかなセリーナさんの髪色に対し、地平線に沈む直前の太陽ようなもっと落ち着いた感じの色。

琥珀色の瞳は怜悧さを感じさせながらも、優しそうに細められている。


公爵様と言う身分から、何となく気難しそうな人をイメージしていたが、穏やかに微笑む様子は私に安心感を与えてくれた。


公爵様に促されるまま、おずおずと中に入っていくと、セリーナさんが自分の横をぽんぽんと叩いて呼んでくれているので「失礼します」と言いながら腰を降ろす。


おお、このソファもめっちゃふかふかだ。

さすがにどっかりと深く座るのはよろしくないから、浅く腰掛けるに留めるけど。


「お父様、紹介しますわ。

こちらがミリです。」


「はじめまして。ミリです。

この度は突然お邪魔してしまって申し訳ありません。」


「はじめまして、ミリ。私はシグール・ラズウェイ。セリーナの父だ。

困っている人を助けるのは当然のことだから、気にしなくていいんだよ。」


恐縮しながら挨拶をする私に、公爵様は穏やかに微笑んでくれる。

最初に受けた印象のとおり、とても優しい人柄のようだ。


その後、屋敷での生活で不便を感じていないか、セリーナさんに虐められてないかなどのやり取りをすることしばし。(虐め云々の部分はセリーナさんが結構本気で怒って否定していた。もちろん私も否定した。)


用意されたお茶を飲み終えるくらいの時に、セリーナさんがいよいよ本題といった感じで口を開く。


「それでお父様。ミリの今後のことなのですが……。」


「あぁ、構わないよ。好きなだけここに居ればいい。

もちろん、ミリの意思が最優先ではあるけどね。」


どうやら、すぐに出て行けとかそう言うことにはならないようで一安心ではあるけど。

ただお世話になるだけと言うのも何となく申し訳ないような気もするし……。


「まだ混乱もあるだろうし、すぐに身の振り方を決める必要もない。

ここでのんびりしながら、ゆっくり考えていけば良いからね。」


うーんと悩む私に、公爵様が優しく語り掛ける。


「お気持ちはありがたいんですけど、やっぱりただ居候するだけって言うのもなんか申し訳なくて……。」


日本での私はごくごく普通の家庭に育った。

生活が苦しいとかそういう様な事はなかったが、高校生になってアルバイトも始めていたし。

特に部活にも入っていなかったから、趣味のゲームとか色んなことに使うお金は自分で働いて稼ぎたかったし、そうするものだと思っていた。


そんな庶民な私は、ただお世話になるだけ。しかも、ものすごく丁重に扱われる生活には馴染める気がしなかったし、かえって気疲れしてしまうのだ。


もちろん、公爵様の言うように落ち着いて今の状況を考える時間も必要だとは思ってる。

日本に帰るにはどうすれば良いのか。それまでの生活はどうしていくのかなどなど、考えることはたくさんあっていくら時間があっても足りないくらいだと思う。


そういう意味では、公爵家にお世話になっていれば衣食住の心配なく自分のことを考えるのに集中出来るのは分かってるんだけど。

それでも、やはり申し訳ないという気持ちが先行してしまうのだ。


「そうか。そう言うことならば、ミリに頼みたいことがあるんだけど、いいかい?」


「頼みたいこと……ですか?」


屋敷に居ても良いと言ってくれているだけでもすごくありがたいし、その上何もしなくてゆっくり過ごして構わないとまで言ってくれているのに、それに素直に従えないのはとても失礼なことなんじゃないかと思う。


しかし、公爵様はそんな私に全く気分を害した様子もなく、変わらず穏やかに微笑みながら提案をしてくれた。


「セリーナの話し相手として屋敷に居るというのはどうかな?

どうも最近のセリーナは色々とストレスも溜まっているみたいでね。

年齢の近い君が話し相手になってくれることでリラックス出来れば、それは公爵家としてもとても助かるんだ。

イライラしてるセリーナは怖いからね。」


「お父様!?」


最後はちょっとおどけた感じで言う公爵様に、セリーナさんが眉を釣り上げて反論している。

あ、これは確かにイライラしてたら怖いかも知れない。

思わずなるほどといった感じでこくこく頷いていたら、セリーナさんにギロっと睨まれた。あ、やっぱり怖い。


「実際、王族や貴族の屋敷では令嬢などの話し相手として人をいれることは良くあることなんだ。

まぁ、大体はもっと子どもの頃から、将来の婚約者候補の選抜も兼ねてやることが多いんだけどね。

ともかく、これはきちんとした立派な仕事の1つだよ。

それなら、ここで仕事をしている訳なのだから、気兼ねすることなく過ごせるんじゃないかな?」


「ま、まぁ確かに?

ミリが話し相手になってくれれば私としてもありがたいとは思いますが?」


ぷいっとそっぽを向きながらセリーナさんは言うが、ちょっと赤くなっている。

前世のこともあり、私よりずっと大人な人だと思ってたけど、その様子はこちらでの年相応という感じで可愛らしい。


「そんなにストレス溜めるくらい毎日大変なんですか?」


具体的に何でストレスを溜め込んでいるのかまではわからないけど、公爵家の令嬢ともなれば色々あるんだろうか?

そう言えば、マリーさんも何かそんな感じのこと言ってたような。


「えぇ、まぁ、色々とね……。」


ちょっと言いにくそうにするセリーナさんの様子に、公爵様がおや?っといった様子で口を開く。


「まだ話してなかったのかい?

特に隠すことでもないとは思うから教えておくと、セリーナは王太子殿下の婚約者なんだよ。

それで毎日のように王太子妃教育を受けていてね。」


王太子の婚約者……。

私と同じくらいの年齢でもう婚約者とかいるのか。

日本人の感覚だと早すぎるって感じるけど、公爵様によると貴族なら割と普通らしい。

特に王族の婚約者ともなれば、結婚した後は当然王族の一員となる訳で。

その為の厳しい教育期間が必要になるので、婚約者も幼少時に決めてしまうそうだ。


「……。」


公爵様の説明にふむふむと頷いている私の横で、セリーナさんはずっと黙っている。

王太子妃教育の辛さでも思い出してるのかな?


「さて、それじゃあミリはセリーナの話し相手……待遇としては侍女見習いといったところかな。

2人とも、それで問題ないね?」


「はい、わかりました。これからよろしくお願いします。」


私としては断る理由もないありがたい話なので、二つ返事で了承する。

セリーナさんも問題ないみたいだ。


ちなみに、私は屋敷で働いている女性をメイドさんと一括りにしていたけど、厳密にはメイドってて言うのは屋敷の維持、つまり掃除や洗濯などを担当している人達のことを指すらしい。

それに対し、侍女というのは公爵様やセリーナさんといった、この屋敷に住んでいる人達の身の回りの世話をする人達のことなのだそうだ。


公爵家はメイドや侍女を始め、使用人には手厚く報いるというのを代々大切にしているそうで、全使用人に個室が与えられているらしい。


私は今泊まらせてもらっている客間にずっと居ても良いと言われたけど、セリーナさんの話し相手っていう仕事しかなくても、一応侍女見習いという立場になる以上、そちらに移らせてもらえるようにお願いした。


「もう、そのままこの部屋を使えばいいのに……。」


荷物……というような物は何もないが、使用人用の部屋に移動する準備をしていたら、部屋にセリーナさんがやって来た。

頬をぷくーっと膨らませて不満顔だけど、それもまた可愛い。


「いえ、流石にそれは他の使用人の皆さんにも悪いですし……。」


「そんなこと気にするような使用人はうちには居ないわよ。ねえ?」


「確かにその通りではありますが、そこはミリ様のご意志を尊重しませんと。」


とはマリーさん。

ブツブツと文句を言っているセリーナさんを相手にしても、穏やかな笑顔は全く変わらない。


他者が居る時は令嬢モードで過ごしているらしいセリーナさんだが、マリーさんの前では素の状態になっている。

なんでも、マリーさんは今は私のお世話をしてくれているけど、本来はセリーナさん付きの侍女らしく、ものごごろつく前からずっと一緒にいるそうだ。


「あ、マリー。

ミリは服とか身の回りの物もないだろうから、また私の物から適当に持って行ってね。」


……え?今なんと?


「あの、もしかして今私の着てる服とかって……。」


「ん?私の服よ。

ほら、私達の身長同じくらいでしょ?だからサイズ何とかなるかなーって。」


恐る恐る尋ねる私の横に立ち、身長を比べて見せるセリーナさん。

いや、確かに同じくらいではあるけど。


「ずっと制服着てる訳にもいかないでしょ?」


超絶美少女に耳元でそっと囁かれ、同性なのに思わずドキドキしてしまう。

制服ではこの世界の服装とはあまりにもかけ離れていて、悪目立ちしてしまうのはわかるけど、仮にも公爵令嬢という立場の人の服をそんな簡単にホイホイと借りていいものなのか。


「お嬢様は気になさる方ではありませんし、1度言い出したら聞かない方でもありますので、諦めてください。」


心中お察ししますという感じに、マリーさんも苦笑いしている。

あー、やっぱりあんまり普通のことじゃないみたい。

そりゃそうか。


その後も、あれも持ってけこれも持ってけと言い続けるセリーナさんを宥めつつ、最終的にはマリーさんに止めてもらって無事に使用人部屋への引越しは完了した。




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