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王都の公爵邸

「ミリ。ミリ起きてください。」


セリーナさんに声をかけられ目を開く。


ふかふかの座席のおかげか、馬車の中はそれほど揺れることもなく、むしろ程よい振動でいつの間にか寝てしまったみたいだ。


森の中を歩き回った疲れもあったのかもしれない。


「あ、すみません。私寝ちゃってたんですね。」


「構いませんわ。お疲れだったのでしょう?」


そう言って微笑むセリーナさん。

いや、本当に綺麗だなこの人。


「そろそろ王都に着きますわ。そうすれば屋敷まではすぐですからね。」


え?オウト?どこ?

意味がわからず聞き直そうとする私に、セリーナさんが「ほら」と言って窓の外を指差す。


その指を追って窓の外を見た私は、散々驚いた今日1日の中でも最大の驚きで固まった。


「え……なにこれ……。」


そこに見えていたのは、高さ5メートルはあろうかという大きな壁。


馬車の進む道の先には門があり、いつの間にか傾いた太陽の光に追われるかのように、足早に進む人々の姿が見える。


大きな壁は城壁で、その内側に街がある、ということなのだろう。と、頭では理解出来る。出来るけど……。


「え?なにこれ。ここどこなの?」


思わず漏れた声は自分でも驚くくらい掠れていた。

でも今はそんな事よりも目の前に広がる光景への衝撃が大き過ぎる。


「ミリ……。」


かけられた声にハッとして振り替える。

声の主であるセリーナさんは、とても辛そうな顔をしていた。


「え、いやあの……。大丈夫ですか?」


彼女が辛そうな顔をしている理由がわからず、体調が悪くなったのかと思って思わず尋ねると、少しぎこちない感じはするものの、笑みを浮かべてくれる。


「私は大丈夫ですわ。ただ……。」


言いにくそうに言葉を切ると、1つ大きく息をついて顔を上げる。


「いえ、街並みを見て頂いてからの方が良いかもしれません。

先程言いましたように、詳しいことは屋敷に着き次第お話します。

今は、この《世界》の景色を見てくださいますか?」


「わかりました……。」


どうやら大丈夫なようなセリーナさんに言われて、再び窓の外に目を向ける。


よくよく考えてみれば、セリーナさんの体調がどうとかではなく、私の様子を見て心配してくれていたのだろうということはわかる。


ここがどこなのか、私はなぜここにいるのかとかは気になるし、聞きたいことはたくさんある。

どうやらセリーナさんは何か思い当たることがあるみたいだし。


だけど、屋敷に着いたら話してくれるっていうことだから、今は言われた通りに外の景色を見ておく方がいいのだろう。


そんな事を考えているうちに、門が目の前に迫っており、その横には通り抜ける人々を止めて何か話している様子の兵隊さんのような人の姿が見える。


兵隊さんが着ているのは金属の鎧だろうか?

RPGとかでしか見たことのない格好に、ついついじっと見てしまう。


「ラズウェイ家の方々ですね!どうぞお通りください!」


馬車に気が付いた兵隊さんが敬礼のような姿勢を取りつつ元気に声をかけてくれた。


どうやら、この馬車は他の人のようにいちいち止まったりせずに通過出来るらしい。


公爵家って言ってたし、この街の偉い人なんだろう。


門を抜けると、始めて見る街並みが視界に入って来た。


いや、似たようなものは見た事がある。

テレビや映画の中で。あるいは物語の中で。


そこに広がる景色は、まるで中世ヨーロッパのようだった。


ここまでと違い、街中の道は石畳が敷き詰められ、左右には街灯が並んでいる。


門の前以上に大勢の人が行き交い、活気のある街であることを窺わせる。


たくさんの商店らしきものが立ち並び、飲食店だろうか?

行列が出来ているところもあるようだ。


だが、そんな景色より私の目を引いたのは、行き交う人々の服装、そして髪の毛。


ファンタジー映画の中の人々のような服装に、様々な色の髪の毛。


それはまるで……。


「ここ、日本じゃないの?」


思わず漏れた私の呟きに、セリーナさんが辛そうに目を伏せたのは、外の景色に愕然としている私には見えなかった。


「そろそろ屋敷に着きますわよ。」


どれくらい外の景色を見ていただろうか。

いや、見ていたというより呆然としていたと言う方が正しいかもしれない。


セリーナさんの声にハッと我に返る。


馬車はいつの間にか雑多な人々で溢れる市街地を抜け、辺りには大きな屋敷が立ち並んでいる。


「ほら、あちらに見えますのが我がラズウェイ家の屋敷ですわ。」


外を見るセリーナさんの視線の先にあるのは、周りとは明らかに違う大きさの屋敷。


馬車が門に近付いて行くと、すっと内側から門が開き、馬車は速度を落とすことなく中に入って行く。


やがて屋敷の目の前までたどり着くと馬車が止められ、扉が外から開かれる。


さっさと降りていくセリーナさんに続き、私も恐る恐る恐る馬車から降りる。

その時に、御者の方がセリーナさんだけでなく、私にまで恭しく手を差し出して助けてくれるものだから、申し訳ないやら恥ずかしいやら……。


「さ、付いていらして。」


そんな私に構うことなく、セリーナさんは私の手を取ると屋敷の中に入って行く。


「おかえりなさいませ、お嬢様。」


屋敷内に入ったセリーナさん(と私)を、腰を綺麗に45度に曲げたお辞儀で出迎える初老の男性とメイド服に身を包んだ女性の皆さん。


うわぁ、本物のメイド服初めて見た。

男性の方は燕尾服ってやつかなこれ。


「こちらの方は?」


ぽかーんと見つめる私にちらっと視線を向け、男性が尋ねる。


「お客様よ。私室にお通しするわ。」


セリーナさんは、それだけ告げると私の手を引きずんずんと進んで行く。


「あ、お邪魔します……。」


手を引かれたまま、ぺこりとお辞儀して何とか付いていく私。

めっちゃ不審に思われてないかなこれ。大丈夫?


そんな私には構うことなくずんずんと進み続け、2階の一室の前で立ち止まると、扉の前で控えていたメイド服の女性がすっと扉を開く。


「どうぞ、お入りになって。」


促されるままというか、手を引かれたまま部屋に入る。

室内の家具は、白を基調とし、美術品の心得が全くない私でも高級であろうことが伺える。

窓際にあるベッドには天蓋まで付いている。


「こちらに。」


促されるままソファに腰を降ろすと、これまたものすごくふかふか。

別世界の光景にキョロキョロしていると、扉を開けてくれたメイドさんが飲み物を持って来てくれた。

紅茶だろうか。すごくいい香り。


「あ、ありがとうございます。」


お礼を言う私ににっこり微笑んですっと壁際に下がるメイドさん。


「少し外してもらえるかしら?」


優雅な仕草で紅茶の飲みながらセリーナさんが告げると、メイドさんは一礼して部屋から出て行く。


2人きりになった部屋に、私が茶器を置く音だけが響く。

なんでセリーナさんは全く音をたてずに飲めるんだろうすごい。


「あの……。」


何となく沈黙が気不味くて声をかけると、ふぅっと1つ息を吐くセリーナさん。


「どうやら誰も聞き耳は立ててないみたいね。

ようやく一息つけるわ。」


はぁ〜〜と、とてもお上品とは言えない声を出しながら、ズルズルとソファに体を沈めていく。


「あー、ごめんね?

みんなの前ではきちんとお嬢様してないといけないからさ。」


先程までの上品なお嬢様とのギャップに、私がぽかんとしているのに構わず、セリーナさんはケラケラと笑っている。


「さて、それじゃあ約束だしきちんと話さないとね。」


「はい。」


体を起こして表情を引き締めるセリーナさんに、私も身構える。


「そうね……。うん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、ここは日本ではありません。そもそも私たちが暮らしていたのとは別の世界です。」


「あ……。やっぱり……。」


何となく、わかっていた。

と言うか、ここに来るまで色々と不思議だったことが納得出来たという感じ。

見える風景こそ、現代の日本と比べて時代の差を感じることはあれど、異質さはそんなに感じなかった。


でも、そこに住む人々。

セリーナさんもだし、馬に乗っていた人も御者さんも。

この屋敷の人々も見た目は全然日本人ぽくない。

なのに、話す言葉はみんな日本語だった。


たまたま日本語が堪能な人が揃っていたというよりは、日本ではない。そもそも別の世界と言われた方が納得出来た。


いや、納得出来たと言うよりは……。


「落ち着いてるわね……。」


驚くでも取り乱すでもない私に、むしろセリーナさんが驚いている。

まぁ、そりゃそうだよね。


「たぶん、落ち着いてはいないんだと思います。」


私の言葉の意図が掴めないのだろう。

首を傾げるセリーナさんに、さっき思ったことを伝える。


「それに。

たぶんまだ現実なのか夢なのかわからないんだと思います。

だって、私学校帰りにバイト先に向かって歩いてだはずなんで……。」


「そう……。そうよね。」


今こうして話していることこそが夢なのではないか。

瞬きをして、目を開けたら、そこはバイト先の喫茶店で、私は居眠りをしているだけなのではないか。


あまり流行ってないお店だからお客さんも少なくて。

暇を持て余した店長にコーヒーの蘊蓄を聞いたり、紅茶の淹れ方のコツを教わったり。


そんな日常に戻るんじゃないか。

そんな気がしている。


「だから、そんな顔しないでください。大丈夫ですから。」


心配そうに私を見ているセリーナさんに、努めて明るく答える。

この後どうすればいいのかとか、これは本当に現実なんじゃないかとか、考えないといけないのだろうけど、今はとても考えられそうになかった。


「そうね、しばらく落ち着いて色々考える時間があった方がいいかもね。

本当は私のことも含めて色々話しておきたかったんだけど、また日を改めた方がいいかもね。」


「あ、そう言えばセリーナさんは日本人……なんですか?

見た感じはこっちの人っぽいですけど。」


気を使ってくれて、また改めてと言ってくれたセリーナさんだけど、日本のことを知っていたり、ここは別の世界と言ってたり色々と気になる。


落ち着いて今の状況を考える上でも、気になることは聞いておいた方がいいような気がする。


「私は……。

今は日本人ではないわね。」


今は?


「前世が日本人だった……んだと思う。

少なくとも、私にはその記憶があるの。日本で社会人として生きていた記憶がね。」


「前世ですか……。」


「ええ。

思い出したのは5歳くらいの頃だったかな?

信じられないかもしれないけどね。」


そう言って笑うセリーナさん。


確かに、普通に考えたら何を言ってるんだこの人。って心配になるような話だが、今の私の状況を考えればそういうこともあるのかもと思えてしまう。


「それで、さっき森で貴女を見かけた時にすぐに日本人だって思ったのよ。

黒髪は珍しいし、何よりその格好。それ、制服でしょ?」


びっくりしたわーと笑うセリーナさん。

笑い上戸なのか、さっきからずっと笑っている。


「まぁ、とにかく。

当分の間はうちに居てくれて構わないから。

こっちに慣れるまでのサポートは任せて!!」


「それはすごくありがたいですけど、良いんですか?

その、ご迷惑では……。ご家族もいらっしゃるでしょうし。」


何もわからない場所に放り出されるのに比べればとてもとてもありがたい話だが、公爵家っていうくらいだから私みたいに何処の馬の骨とも知れぬ人間を置いておくと、色々とまずいのではないかと思う。


「ん?大丈夫大丈夫。そんなの全然気にしないでいいわよ。

両親は今夜は帰りが遅いだろうから、明日にでも話しておくし。

使用人のみんなにも私のお客ってのは伝わってるから問題なしよ。」


私の心配をよそに、ひらひらと手を振りながら軽く返されてしまった。


使用人の皆さんはもちろん、ご両親にも改めて挨拶しないと……。

公爵だから貴族か。きちんと話せる予感が全くしないや。


「せっかく日本人に会えたのだから、色々話したり聞かせて欲しいなぁとは思うんだけど。

今日は疲れてるでしょ?

それはまたにして、ゆっくりと晩御飯にしましょうか。」


そう言うのを待っていたかのように部屋の扉がノックされる。

セリーナさんが応えると、先程お茶を用意してくれたメイドさんだった。


「失礼致します。

お嬢様、晩餐の仕度が調いました。

お客様の分もご一緒に用意させて頂いております。」


「ええ、ありがとう。

ではミリ、行きましょうか。」


一瞬でお淑やかなお嬢様モードに切り替わり、にっこり微笑むセリーナさんに続いて歩きながら、ふとあることに気が付く。


「あ、セリーナさん。その、私テーブルマナーとか全然わからないんですけど大丈夫ですか?」


「あぁ、大丈夫よ。

公的な場ならともかく、私的な晩餐だし。

それに今夜は私と貴女だけだからね。使用人は控えてるけど。」


ひそひそとそんな会話をしながら食堂に移動し、生まれて初めて給仕付きで食べたフルコースの晩餐は、本当に、本当に美味しかった。


まぁ、テーブルマナーは酷かったと思うけど……。


美味しい晩御飯を終えると、メイドさんの案内で客間に通された……のだが。


「なんか、すごい。」


セリーナさんの部屋程ではないが、日本での私の部屋とは比べものにならないくらい広い。

ベッドには天蓋まで付いてるし。

立派すぎる部屋をあてがわれて逆に落ち着かなくなってる私に気付いているのかいないのか。


「湯浴みの用意も出来ております。

お一人で入られますか?必要であればお手伝い致しますが。」


と、にこやかに話しかけてくるメイドさん。

ちなみに、セリーナさんの部屋からずっと案内やらをしてくれてた人で、マリーさんというらしい。

見た目は20歳くらいで、金髪を綺麗にまとめている美人さんだ。


「え!?

大丈夫です!一人で入れます!」


お風呂の手伝いってなに!?

体洗われたりするのか何なのか今ひとつわからないけど、そんなことされたら恥ずかしくて死ねる。


逃げるようにお風呂に入れば薔薇の花びらがたくさん浮いてるし……。

何かもう色々凄すぎて訳が分からなくなってる。


お風呂を出たら、あれよあれよと言う間に綺麗な服を着させられてしまった。


白い薄手のワンピースみたいなそれは、肌触りも良くてかなり上等なものだと思うが夜着らしい。


せっかくお風呂に入ったのに、慣れない環境のせいか、身の回りの物が何もかも高級過ぎるせいか、ぐったりとソファに凭れかかっているとマリーさんがお茶を淹れて来てくれた。


お礼を言いながら一口すすり、思わず目を見開く。


「わぁ、すごく美味しい。

これ、ハーブティーですか?」


バイト先の喫茶店では出していなかったが、興味があって自分で淹れてみたことがある。


「はい。お疲れのようでしたので。

お口に合ったようで何よりです。」


「私も自分で淹れてみたことあるんですけど、こんな美味しくは出来なかったです。

何かコツとかあるんですか?」


「そうですね。経験の賜物と言いますか。」


にこやかに応えてくれるマリーさんに是非ともコツを教えて欲しいと頼んでみたが、それには困ったような顔をされてしまった。


曰く、「お嬢様の大切なお客様にそのようなことをさせる訳には参りません。」とのこと。


「いやいや、私めっちゃ庶民ですし、そんな気遣われるような立場でも身分でもないですから!」


「いえいえ、誠心誠意おもてなしするよう、お嬢様から言われておりますので。」


いや庶民だ、いえいえ大切なお客様ですとやり合うことしばし。

先に根負けしたのは私だった。

あんまり粘っても、かえって迷惑かけそうだし。


「わかりました。

それじゃあ、マリーさんが淹れてくれるのを勝手に見て勝手に覚えます!

それなら大丈夫ですよね?」


「そうですね、それでしたら。」


よし。お許しが出た。

小さくガッツポーズしたのが見られたらしく、マリーさんに笑われてしまったのは仕方ない。


その後もお茶のこととか、色々と話していると、いつの間にか結構な時間が過ぎていたようで、すっかり夜も更けていた。


「あ、もしかして私が寝ないとマリーさんのお仕事が終わらなかったりします?」


私のお世話係?に任命されてしまっているみたいなので、話し込んでしまって迷惑をかけてしまったのでは。


「いえ、決してそのようなことはありませんが、もうおやすみになられますか?」


「そうですね、眠くなって来たんでそろそろ休もうかなと。」


マリーさんのお茶でかなりリラックスは出来たが、それでも今日は色々とあり過ぎた。

さすがに眠い。


「かしこまりました。

それでは、おやすみなさいませ。」


そう言って灯りを消し、退出して行くマリーさんを見送ると、ふかふかなベッドの寝心地の良さも相まって私はすぐに眠りに落ちた。

エブリスタでの投稿分に追い付くまでは、ある程度まとまった量を週一度のペースで更新していきます!

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