出会い
王城の離宮に住んでいる第二皇太子のレインは、その存在を外部に知られる事は無かった。母親であるニーナが病弱である事を理由に、離宮に軟禁状態だったからだ。父親である皇帝は、母の見舞いには来るものの、その息子には全く興味が無いようだ。居てもいなくても声をかけられる事すらない。
レインは自分の立ち位置をよく理解していた。今自分達がここで生きられている理由、それは母への皇帝の愛。
ーーそれだけだ。
母が居なくなれば、自分の居場所は、すぐに無くなるだろう。自分達親子を排除したくて仕方ない皇后が、レインへの嫌がらせにいくつも入れた、使用人が受けるような馬鹿馬鹿しい授業の合間に、度々城を抜け出して街の様子を見に行った。
追い出されても少しは何とかなるように、外の世界を知っておきたかったのだ。
ーーおそらく母はもう長くない。
病状は悪化の一途を辿っていた。
最近、皇家の近衛隊騎士団長のディーンが毎日薬を持ってくるようになった。
皇后から頂いた薬だと言っていたが、あの女が渡した薬など信用できるものか! それを鵜呑みにして毎日ニーナに飲ませるディーン。
善人のような笑顔で扉の近くでそれを見張る皇后。わざわざ来るなら、自分でやれば良いものを……。ディーンには隙がなく、小細工が効かない。本当に嫌な女だ。
ーーーーそれから数年。ニーナが亡くなった。やはり毒薬だったのか? 悲しみに暮れる間もなく、すぐにレインの剣術の教師が代わった。
次は俺か。
稽古中にやられたふりをして、追い出された方がむしろ都合が良い。外へ出たら、何としても母の死の真相を調べなければ。真実を暴いて、皇帝と俺の前に無様に跪かせてやる。待っていろよ、皇后と…………ディーン!!
稽古は今までとはあからさまに違った。教師と呼ぶには目つきの悪い大柄な男。
あからさまな殺意が感じられる。あとは、皇后に監視を頼まれているような使用人が1人。
稽古はレインの想像を超えていた。顔までこんなにやられるなんて想定外だ! まずい……
レインは自分の容姿を理解し、上手く活用していた。幼少期からメイドや乳母にも常に愛想を振り撒き、必死に自分達の立場が、これ以上悪くならないよう振る舞っていたのだ。
外へ出ても、少し甘い声をかければ、世間知らずな御令嬢が匿ってくれると考えていた。しかし、こんなにされては声をかける前に逃げてしまうだろう。弱気な自分が顔を出す。
ーーーーもう、このまま死んでおくか?
その時、強面教師が話しかけてきた。
「俺は金の為なら何でもするけどよ……金が貰えりゃ用は無いんだよ」
気づけばこの場はもう、強面教師と自分だけになっていた。彼はそのまま続けた。
「とりあえず安全なとこまで連れてってやるからよ。そっから先はお前が決めろ。若いんだからよぉ、とりあえず這いつくばって生きてみたらどうだ?」
ーー足も動かない、こんな状態の俺に生きろだと?
「お前、度胸が無いだけなんじゃ……ないのか? こんな状態で生かされて、何の意味が、ある。 くだらない事、言ってないで、さっさとやれよ」
言い切ったら、意識が遠のいた。
ーーーー目が覚めたら路地裏にいた。生きろと言ったくせにこんな薄暗い路地裏に放置だと? なんなんだあのゴリラ教師は! ……ん?
頭の中で愚痴りながら、ふと、大通りを見ると
遠目に見ても分かる、美しいプラチナブロンドの髪。エメラルドのような深く吸い込まれるような大きな瞳、華奢な体型だが女性らしさを感じる体型の、美しい少女が目に入った。
従者と思われる赤毛の長身男性……? 女性? 中性的な美貌の人物がこちらを指差す。
「ティアラ様! あちらに男性が倒れております!! 」
ーーーーティアラ? あの美しさ、間違いない。マスカルポーネの女神の愛子……そして、ディーンの娘! なんてついてるんだ!! あのクソ真面目な男の娘だ、助けるに違いない。
「這いつくばって、生きてやるよ……」
一言呟いたら、再び意識が遠のいた。