第6話 気まずい空気
不意の怒号に驚きその場にいた全員の視線が声の主へと向けられる。
視線の先には紺色の髪を背中までなびかせた中性的な顔立ちの青年が立っていた。
あの一声がなければ女性だと勘違いしていたかもしれない。
青年は白と黒だけのシンプルで特徴的な服装ということもあり森の中での場違い感が物凄い。シンプルな服装にも関わらず佇まいから品格が滲み出ている。何処かの王族と言われても納得してしまうほどに。
青年は喉を抑えながらルドと目を合わせる。
「助け、いる?」
その一言にルドは一瞬、戸惑いを見せる。
――巻き込んでしまっていいのか。
瞬時に迷いを切り捨て、決断を下す。
「あぁ。頼む」
ルドの返答に頷くと青年は腰に携えた剣を抜き駆けていく。
そこからは早かった。
青年の剣技は凄まじく、可憐な容姿とは裏腹に剣技は豪快で力強い。魔獣の頭蓋を剣で叩き割り、剣に炎を纏わせ魔獣に突き刺し焼き殺していった。
噛みついていた魔獣もルドから興味をなくし、果敢に青年へと襲い掛かる。それを真っ向から斬り伏せ、一瞬で屍に変えた。
青年の力強さに圧倒され、心配した自分が馬鹿らしくなる。魔獣が次々に肉塊へと変わっていくのを見届け、安堵すると同時にルドの意識は途切れた。
「これでよしっと。君、大丈夫?」
魔獣を掃討し終わり剣を納めてルドに話しかける。
しかし返事が返ってこず、振り返ると倒れているルドを見つけ急いで駆け寄る。
青年に少し遅れてエリナもルドのもとへと駆け寄っていく。
青年はエリナを見て問いかける。
「君、回復魔法使える?」
「はい。回復魔法なら使えると思います」
ルドの患部に手を近づけ目を閉じる。
すると手に光が集まり徐々に傷が塞がっていく。
横腹、太腿、左腕と傷を塞いでいくと心なしかルドの表情が和らいだ。
傷口を全て塞ぎ終わり、二人は緊張の糸が切れたように脱力して座り込む。
「これで一安心だね」
「そうですね」
エリナは姿勢を正し、青年と目を合わせる。
「助けていただきありがとうございました」
その姿に目を丸くしながら青年は答える。
「お礼なら彼に。彼が頑張っていなかったら間に合っていなかった」
そう言ってルドを見て視線を戻す。
「僕の名前はバルバトス。君の名前は?」
「私はエリナです。よろしくお願いしますバルバトスさん」
「よろしく、エリナ」
それからエリナたちは少しの間、雑談を楽しんだ。
「ッ……」
目を覚まし瞼を開けて最初に飛び込んできたのは紅く染まった夕焼けだった。
堅い地面の感触を全身に感じながら起き上がる。
「痛い……」
起き上がると全身が凝っているのを感じる。
せめて枕ぐらい欲しかった。
肩や首を回して凝りをほぐしていくと意識を失う前のことを思い出す。
自分が満身創痍だったことを思い出し傷口に触れる。
「痛くない」
「どっちですか」
傷口は完全に塞がっていた。
生きていることに安堵しつつ周りを見回すと横にいたエリナと目が合う。
「おはようございます」
「あぁ。おはよう」
二人は挨拶を交わし、お互い生きていることに安心する。
「ありがとうございました」
いきなりのエリナのお礼にルドは戸惑いを見せる。
「どういうこと?」
疑問符を浮かべていたルドは、少し離れた場所に転がる魔獣の死体を見て理解した。
「俺では守り切れていなかったしお礼はーー」
そこでようやく青年の姿がないことに気づく。
もう去ってしまったのだろうか。お礼を言い損ねたと思っていると後ろの茂みから何かが現れた。
「あ、起きてる。身体はもう大丈夫?」
魔獣かと驚いたルドは青年の姿を捉え安堵して答える。
「大丈夫。ありがとう、助かった。えぇと名前は?」
「僕はバルバトス。君の名前を聞いてもいい?」
「俺はルド・ロヴネル。ルドでいいよ、よろしくバルバトス」
その場を立ち上がり、答えるとバルバトスは手を出してきた。
「よろしくルド」
その意図に遅れて気づき、握手を交わす。
「よろしく」
薪を集めてきたバルバトスをエリナが手伝いながら運んでいく。
野宿の準備をしているのを見て、明日は宿に泊まれるといいななどと思っていると自分が一文無しだという事を思い出す。
どうするべきか頭を悩ませていると、魔獣の死体が目に入った。
魔獣の素材はマナとの親和性が高く、魔法の研究や触媒として利用されているという話を聞いたことがある。
それに魔獣の体内でマナが凝縮されてできた魔結晶は個体差はあれど高値で取引きされていると聞く。
「この魔獣貰ってもいい?」
呼ばれたバルバトスが振り返り答える。
「いいよ」
魔獣に対して興味はないのか二つ返事で答えてくれた。
「ありがとう」
そうして許可を貰いルドは遠慮なく牙や魔結晶などの素材を回収した。
日が沈み辺りを夜闇が包み込む中、ルドたちは談笑を楽しんでいた。
「へぇ。旅をしているのか」
バルバトスはさっき森で狩ってきた獣の肉を焼きながらルドたちの話を興味深そうに聞いていた。
ちなみに魔獣に襲われた経緯を話すと同情されたのは言うまでもない。
バルバトスは焼きあがった肉をエリナに渡しながら聞いてくる。
「二人はどうして旅を?」
エリナは肉を食べていたので先に答える。
「俺は王都で人探し。魔法が斬れるっていう人知らないか?」
情報は少しでも多い方がいいと思い、聞いてみる。
少し悩むようにしてバルバトスは答える。
「ベルナールさんじゃないかな」
「本当に!?」
「真偽は定かではないけど噂では斬れるらしい。それに大魔術師と守護者に並ぶ剣客なら斬れてもおかしくはないよ」
バルバトスの言葉に少し胸が高鳴る。真偽は定かではないと言っていたが確かめる価値はあるだろう。
これからの方針を剣客に会うという方向に変更しつつ、バルバトスの言葉に引っかかる。大魔術師と守護者。大魔術師の方は聞いたことがないがこの二人が剣客と並ぶこの国最強の三人なのだろう。
ルドが一人考えを巡らせているとバルバトスは話を進める。
「エリナはどうして旅を?」
「……」
沈黙が流れ、気まずくなる。話を変えようとバルバトスが口を開いた瞬間。
「家がなくなりました」
エリナが答え、さらに重苦しい空気が流れる。その間、ルドは以前の放浪者という言葉に納得していた。今にして思えば冗談が多かったのも空元気だったのではないだろうか。
「そんな顔しないでくださいよ」
二人の表情を見て、エリナは明るく振舞おうとする。
「私はもう気にしてません。それにバルバトスさんのせいですよ、この空気」
そう言って振舞うエリナの笑顔は何処か痛々しかった。
それからの雑談は気まずさが残っているせいか、会話は弾まず早々に寝ることにした。