第16話 混合
「……ッ」
嗤い声の響く洞穴内で、一閃が走った。
エリナを掴む男の腕が切断され、鮮血が宙を舞う。
首を絞められていたエリナは解放され、地に落ちる。
「ア゛ァアアアアーーー」
男の絶叫が響き渡る。
耳障りな、世界には不要な音が聞こえる。
しかし、それすらも今は気にならない。
思考は働かない。肉体は機械的に、ただ男を殺すためだけに動く。
感情は要らない。痛みは感じない。
横腹の出血はいつの間にか止まっている。
ルドは血振りをして、男へと振り返ると腕の消失に悶えていた男は腕を修復して、落ち着きを取り戻していた。
対峙した男からは余裕がなくなり、警戒心を露わにしている。
視線が交錯し、男が一歩踏み出す。瞬間、身体は反射的に動き出した。
世界が、男の動きが、反応が遅くなる。
洞穴内を駆け、男へと肉薄する。
しかし、男の反応が追いつくことはなく、無防備な身体をさらけ出していた。
男の踏み出した足が地に着いた瞬間、刃を男の身体へと滑らせる。
刃は皮膚を裂き、肉を抉り、骨を断つ。
腕を、脚を切断して駆け抜ける。
四肢は宙を舞い、支えを失った男はどうしようもなく地面へと落ちていく。
駆け抜けた後、少し遅れて背後で肉の落ちる音がした。
血を払い、男へと振り返り再び刀を振るう。
背後に迫っていた四肢を何事もなく斬り刻む。
奇襲だったらしい。斬り刻んだ後にその事実を知る。
男が斬られた手足を操り奇襲を仕掛けて来たことに驚きはない。
奇襲などもろともせず、怯える男へとゆっくりと足を進めていく。
男は本能的に近づくルドから死を感じ取った。
今まで数多くの命を奪ってきたにも関わらず、男は自身の死に怯え四肢を一瞬で修復させた。
そして死の恐怖から逃げるように男は羽を身体の内側から生やし、縦穴へと羽ばたかせる。
逃がすまいと駆けるが、一歩届かない。
逃げられる。
バルバトスを殺し、エリナを傷つけた男が生き続ける。
許されない。それだけは許されない。
策はない、だが身体は反射的に動き出す。
手には見たこともない剣が握られている。
だが戸惑うことはなく、身体は何をするべきか理解していた。
縦穴を飛ぶ男の頬を、飛来した剣が掠める。
幾つもの剣が飛来し、次々と壁に突き刺さっていく。
飛来する剣はルドが下から男目掛けて投擲しており、止むことはない。
だが男は掠りながらも、それを無視して上昇を続ける。
当たらないと判断し、ルドは壁に突き刺さった剣の柄を足場に上空へと駆けていく。
男へと迫っている間も投擲を止めることはなく、足場の形成も終わらない。
距離が縮まり肉薄された男は逃げることを諦め、壁に突き刺さった剣を抜きルドの不意を打つ。
剣を振りかぶった男は、何も持っていないルドを見て勝利を確信し笑みをこぼす。
しかし男の剣が首へと届く直前、ルドは何も持っていなかった左手から刀を出現させる。
迫る死の恐怖に、男の消えていたはずの理性が悟らせる。
「その刀、まさか……」
首へと迫る剣を受け流し、男の横を抜ける瞬間に羽を斬り落とす。
自由落下していく男が羽を再生させ空中で静止する。
ルドはそこへ落下して迫り、男へと呟く。
「堕ちたな」
次の瞬間、ルドは男の頭部を蹴り落とした。
地に落ち、天を見上げる男に無数の剣が降り注ぐ。
男の腹に剣が刺さり、地面に磔にされる。
身動きの取れない身体に容赦なく剣が突き刺さっていく。
四肢は細かく切断され、顔や胴体は既に原型を留めていない。
男は最後の力で抵抗を試みるが切断された四肢は剣に邪魔をされ再生できない。
近づく死の気配に恐怖するが、降り注ぐ剣の雨に死を確信し、男は生への執着を手放す。
降り注いだ剣の雨に男の屍は見えなくなり、そこには剣山ができあがっていた。
地面に降り立ったルドは、血を払い鞘に刀を納めると眠るように倒れた。
血を洗い流し、全てを掻き消していた雨はもう止んでいる。




