第13話 邂逅
その場に緊張が張り詰め、降り注ぐ雨音がいつもより大きく聞こえる。
男の一挙手一投足に目が離せない。目を離せば死ぬと生存本能が警鐘を鳴らしている。
雨音以外の音が消失した世界でバルバトスが声を張り上げる。
「逃げろ!」
その一声で止まっていた世界が動き出した。
ルドは我に返り、エリナの手を取り走り出す。
洞穴の奥へと走るが迷いはない。
少し走った所でエリナの足が止まる。
「やっぱり、一緒に戦うべきです」
バルバトスが心配なのだろう。
その気持ちは痛いほどに分かるが、
「馬鹿を言うな。死にたいのか?」
対峙しただけで自分では力不足だと痛感させられた。普通の人間で太刀打ちできる次元を超えている。先日の魔獣の比ではない濃密なまでの死の気配。今の俺たちでは確実に死ぬのが目に見える。
そうしてエリナとの問答をしている間もバルバトスが応戦している音が鳴り響いている。
洞穴の奥へと駆けていくルドたちを見届け、改めて男と対峙する。
「魔族か……」
男の口から伸びる鋭い牙と鎌のような長い爪を見るに確実に人間ではない。
「雨の日に出会うとは……ついてない」
雨に打たれ続けている男は一歩、また一歩と近づいてくる。
緊張が高まり剣を構える手に力が籠るが、一度大きく息を吐き心を落ち着ける。
「パイモン・モア・バルバトス。それが僕の名前だ」
自分を鼓舞する意味も込め名乗りを上げる。相手は魔族。肩書は不要だろう。
期待はしていなかったが男はそれに応じることはなく、駆けてくる。
長く伸びた爪は右手だけだが、左手だけ伸ばせないという訳ではないはずだ。
男の左手にも注意を払いつつ、初動を見極める。
男は降り注ぐ雨などもろともせず一息で肉薄してきた。
凶器ともいえるその長い爪が振り下ろされる。
一瞬の出来事、だがそれを身体を捻ることで回避する。
その命を刈り取る一撃を躱したことで、男に致命的な隙ができた。
それを見逃さず反撃の一撃をがら空きの胴体へと斬りこむ。
が、その一撃を男は地面に着いた手を軸に姿勢を立て直すことで回避した。
反撃の一振りは標的を見失い、空を斬る。
物凄い身のこなしだ。人の動きとは思えない。
改めて相手が魔族であることを改めて痛感する。
回避できることを予測していなかったため、空を斬る身体は絶好の獲物となった。
それを逃す魔族などいるわけもなく、身体を回転させた男から一撃、また一撃と蹴りをくらう。
無防備な身体に蹴りが直撃し、壁面へと叩きつけられる。
「ッ……」
想像以上の身のこなしに翻弄され、苦い顔を浮かべる。
身体は軋むがどこも折れてはいない。まだ戦える。
次から魔族絡みの任務は一人で請け負うのはやめよう。
そう心に決めつつ、立ち上がる。
男の後ろに見える外の景色は、未だ止まぬ雨が降っていた。
「雨の日だが、仕方ない。ここからは本気でいかせてもらう」
そう宣言したバルバトスの身体が炎に包まれていく。
身体から溢れる炎はやがてバルバトス自身を呑み込み。否、バルバトスを吞み込んだはずの炎は徐々に体内へと集約され呑み込まれていく。
そうして炎を全て取り込んだバルバトスは自身の身体が軽くなったのを感じる。
身体が熱い。身体が軽い。気分が高揚する。視界が冴えわたる。
所々、身体から炎が溢れ出ているが気にすることなく、剣を構える。
それを合図に、距離を取っていた男は一息に間合いまで肉薄し凶器を振るう。
しかし、首を捉えたはずのその爪は獲物へと届くことはなく、金属音が鳴り響く。
剣で爪をいなしたバルバトスが反撃で即座に斬りこむ。
男は躱しきれないと悟ったのか、左手を犠牲に一撃を受け止める。
その左腕に喰いこむ剣を見て、バルバトスは不敵な笑みをこぼす。
瞬間、男の絶叫が洞穴内に響き渡る。
「アァア゛----」
男が受け止めた剣を中心に、炎が舐めまわすように左腕を焼いていた。
木霊する絶叫を聞き、バルバトスは更に出力を上げる。
このまま焼き殺そうとしたが、男は自らの左腕を切り落とすことで全身が焼かれるのを回避した。
バルバトスは男の行動に驚くが、驚きはそれだけではなかった。
距離を取った男が失った左腕に視線を送ると、斬られた断面から肉が蠢くように溢れ出て左腕が治っていく。
「これは厳しいな」
無限に再生なんてことはないはずだが、断面を焼いても再生するとなると消耗戦か。
湿度の高いこの状況で消耗戦は不利だ。
早く決着を着けなければ。
剣を握り直し、男へと肉薄する。
再び剣と爪がぶつかり合う。
爪が頬を掠め、肉が抉れ、血が噴き出す。
だが男も同様に、爪が割れ、足を斬られる。
ただ違うのは男は再生するということ。
ジリ貧だと分かっているが退くことは許されない。
先ほど別れたルドたちはもう洞穴を抜けただろうか。
浮かんだ不安を払いのけ、目の前の男に集中する。
敵は再生しているが、既に息は荒く満身創痍といった様子だ。
ーーもっともそれは自分もおなじではあるが。
男はいきなり肉薄してきたかと思うと直前で跳躍し、宙を舞いながら爪を振り下ろしてきた。
「……ッ」
頭上からの攻撃に驚いたが、振り下ろされる凶器を剣で受け流し距離を取る。
が、それが自身の失態だとすぐに気づく。
「まずい!」
宙を舞った男は奥側に着地し、そのまま洞穴内へと走り出した。
男の走り去る方向には逃げたルドたちがいるはずだ。
慌てて追いかけるが、気づいたときにはもう遅く男の姿は既に見えなくなっていた。




