第三話
イタリアンレストランを出てから二人はショッピングモールを並んで歩いた。微妙な距離感を保ちながらリョウスケは何か話題を出そうと考えていた。
電話の時のように話せれば、と思う。だが、話題は全然思いつかない。
最近見たドラマの話、ユキさんが教えてくれた動画配信の話。積もる話はあるのに口を開こうとしてはためらって結局やめる。
隣を歩くユキさんは楽しそうな顔をしてアクセサリーショップやファッションストアをふらふらと覗いていた。
「そうだ、私がリョウスケくんの服選んであげても良いかな。」
「うん。いいよ。ユキさんの好みのファッションでいたいし。」
ほんとに、と言って彼女は少し頬を赤らめながら笑う。
その姿を見たリョウスケは、この子は俺のことがやっぱり好きなんじゃないかと思う。
でも、こんな子が俺のことを好きになるはずはない。俺は別にカッコよくないし、告白されたこともなければ彼女がいたこともない。だから、ユキさんが俺のことを好きになってる可能性は少ない。
そんなことをずっとぐるぐる考えていたら、ユキさんが服を持ってリョウスケの視界に現れた。
ユキさんが選んでくれた服はリョウスケが普段着るような系統ではなかった。
シンプルなカットソーの上に少し派手な柄シャツを羽織る。そして紺色のワイドなスラックス。
鏡で見るとかなり似合っているように見えた。
試着室から出ると、ユキさんは口を両手で覆った。
カッコよすぎる、とか、とても似合ってると彼女はリョウスケを褒めちぎった。
まんざらでもなかった。リョウスケにとって今までカッコ良いなんて言葉を言われたことはなかった。
彼女は実際に会ってみても俺のことを気に入ってるのではないか、と思うようになった。
それからも毎週のように二人は会った。
彼女はそれ以来さらにリョウスケに対してカッコいいとか、もっと一緒にいる時間が欲しいと言うようになった。
リョウスケもそれに同意していた。俺ももっとユキさんと長い時間一緒にいられれば、と。
リョウスケは、彼女との会話の中で二人で暮らしている姿を思い浮かべるようになった。
俺が残業で疲れて帰宅すると、家ではユキさんが美味しい料理を作って待っている。
先にお風呂にする?それともご飯にするの?なんて聞いてくる。
ユキさんとなら、きっと幸せな結婚生活が待っているのだろう。今住むアパートの狭い一室ではなく広い一軒家に住んでいて、日曜日には二人で色んな所にドライブに出かける。
仕事が終わって電車を乗り継いでいると、ユキさんからメッセージが来ていた。
「今から会いたいな。わがままでごめん。お仕事で疲れてるよね。」
リョウスケにももちろん会いたい気持ちがあった。仕事の疲れなんて関係ない。
ユキさんと会うだけでそんなもの全て吹っ飛ぶ、と。
帰ったらすぐ行く、と返信し、それからシュウから送られてきた画像を見る。
サキとシュウのツーショット写真。二人は浴衣を着ていた。
ユキさんの家の前に着いたのは午後9時前だった。5階建てのマンションなのだがとても綺麗な造りをしている。周囲は真っ暗で夜空には月も星も覆い隠すほどの雲が広がっていた。
ユキさんは一人暮らしでリョウスケくんなら部屋に入ってもいい、と言った。住所もすぐに教えてくれた。
おそるおそる、リョウスケはインターホンを押した。初めて会った時と同じ心地の良い緊張感が、リズミカルに脈を打つリョウスケの心臓をソワソワさせる。
思いもしない、これがリョウスケの悪夢の始まりだと誰も思いもしなかった。
玄関のドアを開けたユキさんの姿はいつもより小さく感じた。普段日曜日に合う時とは違う、部屋着姿ですっぴん。それでもあの明るいキラキラした感じ、幸せな人が放出する幸せオーラがある。
リョウスケは好きだと今すぐ伝えたい衝動に駆られる。
ユキさんの住む場所は広めのワンルーム。整理整頓されていて余計なものはない。しかし部屋には不釣り合いな大きめなベッドがどんと置いてある。余裕で二人は寝られるだろう。
「変なものあるかもしれないから、あまり見ないでね。恥ずかしいし。」
ごめん、とリョウスケは言うが、部屋着姿のユキさんを見ていられるわけでもなくスマホ画面を見る。
シュウから、恋人探しは順調?とメッセージがあったので、それなりに、と打ち込んで送信ボタンを押そうとする。
ユキさんは、リョウスケの胸に勢いよく飛び込んできた。