第二話
ユキとのチャットの時間はとても楽しかった。夜中までやり取りすることもあったが全く苦ではなかった。
大手のスマホSNSアプリに移行して、電話もするようになった。
「ユキさんの声、心地よくて好きだなあ。」
「えーほんと?私あんまり声褒められたことないから、めっちゃ嬉しい。」
ユキさんの声は女性にしては少し低めで、落ち着いた声。
リョウスケは対人心理学の本を買って読んだり、インターネットで異性に好かれる方法を調べて実践していた。
だからと言ってリョウスケの性格上嘘はつけない。相手を褒めるのが好かれる方法だと分かってはいるものの、心から思っていることを伝えていた。
ユキさんに自分のことを好きになってもらいたい、と思う。
もう既にリョウスケはユキさんのことを好きだと感じていた。
「今の会社ホントブラックでさー、残業は当たり前で上司はハゲてる癖に怒るし」
「リョウスケくん、面白いね。ハゲてるのは関係ないじゃん。」
「まじ、あのハゲ早く定年迎えてくれないかなあ。」
ねえ、リョウスケくん、と一呼吸おいてユキさんは暗い声で言った。
「自分のことばかり話して、もしかして私の話には全然興味ない?」
リョウスケの思考が一度停止する。手に持っていたスマホを一度顔から離して、待ち受け画面左上の現在時刻の表示を見た。
相手の話をたくさん聞いてあげることが人に好かれるために重要だ、とネット記事で読んでいたはずだ。
ごめん、と一言謝る。
「まあ良いんだけどさ、リョウスケくんの話は面白いし、リョウスケくんのこともっと知りたいと思うもの。」
リョウスケくんのことをもっと知りたい、という一言に胸が高鳴った。落ち込んだり喜んだりとせわしない感情の中で、向こうも自分に気があるのでは、という気持ちが強くなった。
「私のいる会社もブラック企業だと思うな。お客さんのクレームばかりでメンタルやられちゃうんだよね。」
「そうなんだ、同じブラック企業同士だね。」
電話を続けているうちに、たとえ両方が無言の時間があっても苦ではなくなった。お互いが仕事していない時には、寝てる時間を除いてほとんどすべての時間電話している。
ユキさんはリョウスケが休みの土曜日に勤務の時が多かった。たった少しの時間連絡が取れないだけでユキさんのことを考えてしまう。ネガティブな感情が多くなっていく。
もし、俺と会ったとしても仲良くいられるのだろうか、嫌われないだろうか、さらに距離を縮めていけるのだろうか。
リョウスケは土曜日限定で今までしたこともなかったランニングをするようになった。
スポーツウェアに着替えて近所を走るのは案外爽快だった。
少しずつ走るペースは速くなり、より遠くまで走るようになる。
ただ走っているときはいろんな景色に目を向けるも、頭の中はユキさんのことで満たされていた。
仕事をしている姿を思い浮かべる。送られてきた写真から想像を広げる。
やっぱり一度会ってみたい、会う約束をしようと決意した。
待ち合わせ場所の駅前の広場は、人で溢れていた。日曜日、幸せそうな家族、はしゃぐカップルを横目にスマホを手に取る。
「リョウスケくん、ごめんね。少し遅れちゃいそう」とメッセージが来ていた。
約束の時間まではあと15分もある。
心地の良い緊張感、待ってる時間は幸せだった。
近くを歩く幸せそうな、キラキラと輝く人たち、俺もそんな中に仲間入りできるかもしれない。
「今着くよ」とメッセージが来たのは予定時刻の3分前だった。
辺りをキョロキョロと見まわす。こちらに近づいてくる人がいた。
「リョウスケくんですよね?」
はい、と言って目の前の彼女を見る。少し濃いめの化粧、白のロングワンピース。
ユキさんはとにかく綺麗でかわいかった。明るくてキラキラしている。
なんだか安物の服を買ってコーディネートした自分が恥ずかしくなる。
「写真で見るより、背が高くてカッコいいですね。」
彼女は眩しいくらいの笑顔を見せた。
近づきすぎないように少しだけ距離を置きながら歩く。何か話そう、と思っても声が出ない。
ユキさんは時々、混んでるね、とか、カップルに見えるのかな、とか呟く。
駅前のビルの最上階にレストランが多く入っていて、その中でも一番おしゃれで良い景色が見れるイタリアンの店を予約していた。
窓側の席から見えるのは多くのビルとその間を入り乱れる多くの車。
大学を出てからこの街に引っ越してきたために、リョウスケにとっては新鮮だった。ぼんやりと窓の外を眺めていると、向かい側に座るユキさんは言った。
「私の服どうかな。リョウスケくんが好きだって言う女の子っぽいファッションにしてみたんだけど、私じゃ似合わないかな。」
一瞬だけ彼女のほうを向く。正直直視できないほどにかわいい、と思ってはいるものの、そんな大胆なことは言えない。
「とても似合ってるよ。」とだけ言う。
もっと気の利いたことが言いたい、でも言えない。ここまで異性を意識したのはリョウスケにとって初めてだった。
ありがとう、と彼女はリョウスケの方をしっかりと見つめて笑う。
こんなにかわいらしいユキさんが俺のことを好きになるはずはない、とリョウスケは思う。