第四十二話 生徒会長の苦悩
入学して第二週目が終わり、土日の休日になる。
涼介は相変わらず、早起きをしてランニングをしながら道場へ向かい、ほぼ一日中道場で稽古に励んでいた。
帰りも疲れていてもランニングしながら帰る。涼介は周囲には運動が得意ではないと公言しているためランニングしている姿を見られれば不審に思われる。その対策としてランニングをする時はパーカーで顔を隠しながら走っている。相手からは顔を見られない、かつ視野が狭くなり過ぎないように顔を隠している。のだが、今日は一人の女性にすれ違いざまに声をかけられた。
「矢野君……?」
涼介は止まって振り向く。長い銀髪をポニーテールにして束ねている女性。顔を見ると黒羽会長だった。
「黒羽……会長?」
被っていたフードを涼介はとる。
「偶然ね。いつもこの時間は走っているの?」
「気が向いた時に走っているだけですよ。会長は何してるんですか?」
「私は買い物の帰り。うちは両親が共働きで帰りが遅くて。弟が料理できないからいつも私が作っているの。」
「そうだったんですか。では……」
「待って!」
再び振り向いてフードを被ろうとすると会長がもう一度声をかける。再度涼介も振り向く。
「よかったら、少し話さない?」
二人は今河川敷の道にいる。会長に誘われ、涼介は草地へ会長と横に並んで座る。
わずかな間、無言の状態が続くが会長がすぐに話し始める。
「この前は、ごめんなさいね。貴方のことも考えず、キツく勧誘しちゃって。」
「いえ。俺の方こそ最後に逃げるように帰ってしまってすみません。」
「私ね、臆病な自分を変えたくて生徒会に入ったの。でも自分を変えられなかった。今回の貴方のように初対面の人と話すと強がった口調になってしまうの。」
会長は自己嫌悪に浸っているのだろうか。少し悲しそうな顔をする。
「私は臆病だから、怒られたりするのが怖くて。だから失敗しないよう必死に過ごしてる。そしたらいつの間にか何でもこなせる完璧な会長ってイメージが周りに浸透しちゃって。その期待が逆に重荷になってしまってるの。穂乃香はそんな私を理解してくれて支えてくれてる。でも彼女にずっと頼り続けているとその分彼女にも負担がかかってしまう。だから君のような優秀な子を側に置きたかったんだけど、断られちゃった」
会長は開き直って無理に作り笑いをしていた。涼介は会長が明らかに困っていることを察する。
「俺じゃなくても藤堂がいるじゃないですか。」
「あの子も確かに優秀な子なんだけど、完璧な会長に憧れているだけで本当の私を知らない。彼が私に仕事を求めてきて助かると言えば助かるのだけど、完璧な会長を演じながら対応するから結果的に疲れちゃうのよね。」
涼介は同情することなく、ただ彼女の話を聞きとめる。
「でも九条先生から矢野君を紹介されて、貴方なら私の苦しみを和らげてくれると思ったの。」
会長は先日の九条先生との会話を思い出す。
『生徒会長。一年の生徒会枠がもう一人分空いているだろう?』
『はい。誰を勧誘しようかと考えているのですが、正直当てが無いですね……』
『ならうちのクラスの矢野涼介を勧誘してみろ。模試と体力測定のデータを見て見ろ。』
九条先生は黒羽会長に涼介の模試と体力測定のデータを見せる。
『これは……!』
『さすが生徒会長、気づいたか。』
『はい……。一見平均的な普通のデータに見えますが、全てが平均値、つまり寸分の狂いも無く調整されている……?』
『そうだ。あいつは自分を偽って目立たず、そつなくこなしているんだ。だからどんな激務でもアイツならやてくれるぞ?』
『ですが、彼も生徒会長である私に会長としてふさわしい物を求めるんじゃ……』
『お前の苦労は何となくわかる。それを知った上で矢野を紹介した。』
『え……?』
『矢野と直接一対一で話してみたんだがな。不気味というか、何にも期待も関心も抱いてないんだよあいつは。だから、お前の心配していることは問題にならないと思うんだが、どうだ?』
『わかりました。ありがとうございます、九条先生。明日、彼に声をかけてみます。』
会長が回想を思い出し終わると無言だった空間に声を放つ。
「ねぇ矢野君。これで本当に最後だから聞いてほしい。生徒会に入ってはくれないかしら?」
会長の顔は真剣でいて、どこか悲しそうな表情をしていた。断られると思い、駄目元で再度勧誘したのだろう。
一方涼介もいつものように無表情ながらも少し申し訳なさそうな雰囲気を出していた。自分にできることならば何でもしてやりたいと涼介は本気で思っている。だがそれは可能な範囲で、である。涼介にも譲れないことはある。だから涼介が再び出した結論は、
「会長の気持ち、十分に分かりました。ですが、改めて断らせていただきます。」
「そう……」
これ以上会長に悲しむような思いはさせたくないと思い、涼介はもう一言付け加える。
「でも、俺にできることがあればいつでも声をかけてください。生徒会役員として、ではなく一生徒のボランティアとして受け入れてくださるのなら可能なことは何でもしますから。」
「……ありがとう。その言葉だけで肩の荷が少し下りたわ。」
涼介は自分の言ったことは彼女にとって同情になったのではないかと思ったが、先ほど会長が見せた作り笑いとは違い、今度は微かではあったが本当に笑ってくれている。涼介も口元だけではあったが笑って見せた。
「それじゃあ、帰りましょうか。引き留めてごめんなさいね。」
「いえ。愚痴くらいいつでも聞きますよ。」
「ありがとう。じゃあ、また学校で会うことがあったらね。」
「はい。失礼します。」
二人はお互い反対方向に向き、自分の家へ帰った。




