第二十一話 九条先生からの呼び出し
今回は少し長くなっています。
いつもの二倍ほど字数が多いと思います。
よろしくお願いします。
入学式から一週間が経った。涼介のこの一週間はとても濃密であった。
月曜日が入学式。火曜日は部活動勧誘。水曜日は高校初の部活動。木曜日は体力測定。そして金曜日は模試。土日の休日は習慣を乱さないために意志を固め道場に通った。
今週からいよいよまともな授業が始まる。先週は結局、どの教科もオリエンテーションで終わった。今週の学校も、九条先生のホームルームから始まる。
「金曜日にやった模試の成績を返す。出席番号順に取りに来い。」
クラス全員が「えぇ!?」と驚く。金曜に受けた模試が土日のたった二日間で集計され、データベース化されているのだから驚くのは無理ない。
「模試と言ってもマークシート式だったろ?コンピューターで採点してるんだから返却は早くても不思議ではないだろう?ほら、青山から取りに来い。」
「はっ、はいっ!」
生徒が次々に自身の模試の成績を受け取りに行く。どの生徒も受け取りに行くときは憂鬱な顔をしながら先生の元へ向かい、自身の席に戻りながら結果を見てその様子に顔がこわばる。涼介は瑠美が席に戻るのを見ると、瑠美と目があって「やっぱそんなもんか~」と苦笑いしながら自身も思うような結果でなかったことを涼介に伝える。そして教室の端の列、涼介の居る列の先頭が席を立って結果を受け取りに行ったので、前の席の人が立つのを見て涼介も、そして和也も先生の居る教卓へ向かう。
「で、次は、矢野か。」
涼介の名前を見て、本人が目の前にいるのを認識すると、先生は涼介のネクタイを掴んで自身の口の近くに涼介の耳を近づけさせ、小声で話しかける。
「お前、話があるから昼休み進路指導室に来い。」
「は、はぁ……?」
涼介が先生にネクタイを掴まれ引き寄せられているのを、普通だったらその様子を「どうしたのだろうか」と思いながら眺めるのだが、クラスの生徒は自身の模試の結果を見ているため、涼介の様子など見ていない。加えて涼介は最後の方の番号であるため、この様子を見ていたのは、後ろの和也、そして教卓の前に席がある二人の生徒である。そのうちの一人は高橋、いや直樹であった。
九条先生は涼介を少し睨みつけながら指示を伝える。涼介は身に覚えがないため少し不安に思いはするが、自分が道場の弟弟子である事を伝える機会ができたためまぁいいかと流す。
涼介が成績を受け取り、後ろを向いて自分の席へ戻り始める。すると後ろでは和也が先生に「もっと勉強しろ」と怒られている声が聞こえてきた。二人が席に着くと、和也が後ろから話しかけてくる。
「なぁ涼介、さっきアヤメちゃんに何て言われたんだ?」
「昼休みに進路指導室に来いと言われた。俺も模試の結果が悪いから呼び出されたのかもしれんな。」
「そう……なのか……?」
模試の結果で呼び出されたのだとしたら「勉強しろ」と注意を受けた和也も呼び出されているはずである。当然、その違和感に和也は気づくが「俺よりも酷かったんだな」と安易に思考を放棄する。
全員に結果を配り終えたため、九条先生が再び全体向けに話し始める。
「その紙には校内の順位と各教科の苦手分野の解析が書かれている。それをもとに自分の苦手分野を克服しておけ。以上」
その他に伝達事項はなかったのだろうか、先生は一限の授業の準備のために教室を出る。一限までの空き時間になったことを生徒たちは悟り、周りに「どうだった?」と模試の結果を各々話し始める。流れに沿って瑠美が涼介に結果を聞いてくる。
「ねぇねぇ、涼介君はどうだった?」
「出来栄え的にさほど酷くはないだろうと思っていたが、みんなと同じ感じだよ。」
クラスのみんなが眉をひそめている。その様子を瑠美に見るよう目で訴え、涼介も振るわない結果だということを察した瑠美は「なるほどね」と遠慮がちに言う。
「で、アンタはどうなのよ?」
瑠美がアンタと雑に呼ぶ生徒は、言うまでもなく和也のことである。
「はっ、はっはっ。想像を絶する結果に思わず笑いが出ちまうぜ……」
そう言うと和也は開き直ったのか、自身の結果を涼介と瑠美に見せる。その結果は五科目全て校内平均の半分以下。定期テストで言えば欠点レベルである。あまりの悲惨さに瑠美も声のトーンが下がってコメントする。
「アンタ、本当によくこの高校受かったね……」
「だから言ったろ!?補欠だって!」
「いくら補欠だからって、ここまではひどくならないんじゃないの……?合格には本当に運が働いたのね。」
「それはマジで言えてる……」
和也の萎えた声に涼介が苦笑いしていると、対角線の反対側から視線を感じる。その主は青山だった。みんな玉砕されている様子を困った顔で伝えると、青山も同じ顔をして応える。どうやら青山も自身の納得いく結果ではなかったらしい。
そして数分後、別の先生が教室に入ってきて授業が始まる。正式な授業の始まりだからだろうか、それとも模試の結果を戒めにすると決めたからなのか。クラスメイトは集中して授業に取り組んでいる。さすがは文武両道の名門進学校。勉学に熱心である。しかし初めての高校の勉強に緊張しているせいか、授業を重ねるごとに生徒の集中力は少しずつ切れていき、昼休みになると模試の時ほどではないがみんな疲れていた。
***
昼休みになると、午前中に働いた脳のおかげでお腹がすいているため昼食をとらなければならない。いつも通り和也、瑠美、そして青山が集まって昼食をとろうとする。だが、涼介は朝に九条先生に呼び出しされているのを覚えていたため「すまないが、先に食べててくれ。」と三人に言って教室を出ていく。
進路指導室前に着き、扉を開けて「失礼します」と言って中へ入り、九条先生の机の元へ向かう。先生は膝を交差して組んで、扇子を片手で持ち、反対の手にペチペチと扇子を当てながら待っていた。朝に涼介に話しかけた時と同じく、少し怒ったような表情をしていた。道場出身者であることを思い出し、変な態度をとって怒られてしまわないように涼介は斜に構えて先生の目の前に立つ。
「来たか。そこに座れ。」
先生は扇子で目の前にある椅子を指しながら涼介に命令する。
「はい。失礼します。」
「では本題に入る。単刀直入に聞くが、お前、何を狙っている?」
「いきなりですね。俺にはそう言われる身に覚えは無いので、先生がそうお考えになった理由を聞いていいですか?」
「ならば教えてやる。お前、今回の模試の結果は何だ?」
「何だ、とは……?どの教科も、普通の高校生がとるような点数だと思われますが?」
あくまでもしらばっくれる涼介の態度に先生はイライラし始める。
「では私が直接言ってやろう。」
そう先生が言うと、一枚の紙を涼介に見せる。
「これは今回のお前の模試結果のコピーだ。各教科80点の合計400点。総合点数だけで見ればまぁまぁの結果なのだが、問題は各教科揃って80点だ。お前の間違えたところを見ると、どれも各大問の初めの問題ばかり落としている。簡単な、いわゆる基礎問題だ。そのくせしてお前はそれ以外の問題、応用の部分を全て正解している。わざと点数を下げたな?」
「いえ、そんなつもりは無かったのですが……。それに、応用問題が解けていたのは偶然ですよ。時間に間に合わず、適当にマークを塗り潰しただけですから。」
「そうか、まだ言い逃れするか。じゃあコイツはどうだろうな。」
先生は新たに一枚の紙を見せる。
「この間あった体力測定のお前の結果だ。見てみろ、お前の記録は全て全国平均と同じ、小数点以下の値まできっちり揃えてある。なぜだ?」
ただのクラス担任である先生がまさかここまで自分のことを調べていたことを涼介は想像もしておらず、意表を突かれ、一瞬の間ができる。
「それは、運動が苦手だったためデータを平均値に偽ったんですよ。不正には謝罪します。」
涼介は軽く頭を下げるが、九条先生の追及は止まらない。
「いいや違うな。この記録表を記入するのは測定時のペアの相方だ。データの改ざんをできるだけ阻止するためにそうしてある。加えて記入には油性のボールペンを使う。仮にお前のペアが書いた記録をお前が修正してデータを偽装したとしても、修正の後は残る。だがこれにはそんな形跡は残されていない。間違いなくお前の記録だ。」
言葉と共に先生の顔は鋭くなった。言い逃れのできない事実に涼介は目を閉じて「ふっ」軽く息を吐いて話し始める。
「先生は『大賢は愚なるが如し』という諺をご存じですか?」
「あぁ。知恵をひけらかさない賢者は愚かに見えてしまうという意味だな?」
「はい。ですが俺は愚者にもなるつもりはありません。世の中は、妙に目立たず黙っていた方が身のためなんですよ。」
「だとしても体力測定はともかく、模試は違うだろう?お前が公開しない限り、他人にお前の成績は知られないはずだ?」
「しかし盗まれないという保証が無い限りはこうすべきでしょう。」
「なぜ頑なに才能を隠そうとする?」
「先生は体験したことがありますか?自分の愚かさ、逆に他者より圧倒的に秀でた才能によって、人を傷つけたことが?」
今度は涼介が質問する。その目は、さっきまでの九条先生の目とは比べ物にならない程恐ろしく、酷く暗い、鋭い目になっていた。その目に先生は屈しはしないが、涼介が想像を絶する経験をしているのだと悟る。
「いいや、私にはないが。お前にはあると?」
「さぁ、どうでしょうね。まぁとにかく、生徒に隠し事の一つや二つくらいあってもいいじゃないですか。」
涼介の表情は元に戻っている。愛想よく、少し笑顔で話しているが、それが作り笑いであることに九条先生は気づいている。
「そうか。まぁ今日はここまでにしといてやる。行っていいぞ。」
「はい。そう言えば先生は、霧島道場の出身者だったんですね。」
その質問に、逆に九条先生が少し狼狽する。
「なっ、なんでお前がそれを知っている?」
「実は俺も今この道場に通っているんですよ。この間の休日で、霧島先生から九条先生と、保健室の寺島先生が道場出身であることを伺いました。」
「なるほどな。勉学だけでなく体も鍛えていると?……ん?ならお前は私の弟弟子になるわけか?」
「はい。逆に先生は、俺の姉弟子になりますね。この事実を知って一応、入学の時とは別にもう一度挨拶をしておこうと思いまして。よろしくお願いします。」
「私がお前に体術を教える機会は無さそうだが、今回の件のように学校生活のことならどの生徒よりも目を見張って指導してやろう?可愛い弟弟子、だからな?」
「おっ、お手柔らかにお願いします……」
こうして九条先生からの用事は済み、涼介も道場関連の挨拶を済ませることができたため、涼介は「失礼しました」と言って進路指導室を後にする。少し話し込んで昼食に遅れてしまったため、和也たちに早く合流すべく涼介は少し駆け足で教室へ戻る。
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