共働き夫婦 子育てと仕事の両立は難しい
「井上さん、拓真くんのお迎えに行かなくていいの?」
「えっ」
気がつけば時間は午後4時半
保育園にいる息子を迎えに行かなければならない時間だ
でも、まだ仕事が残っている。
「残りは私たちがやるから。迎えに行ってあげて」
「ありがとう」
優しい同僚たちに感謝しながら私は急いでコートを着こんだ。
エレベーターに乗り込んだ時、男性社員の目がこちらに向けられていることに気付いた。
もう帰るのか、と思われているのだろう。
もしかしてみんなも態度に出さないだけで同じようなことを思ってるんじゃないのか。
そう考えると途端に申し訳ない気持ちになる。
私はその視線から逃げるように会社を後にした
「京子、ちょっと疲れていないかい?」
画面の中の旦那が心配そうに言った。
「ぜんっぜん。元気いっぱいよ」
私は力こぶを作ってみせた。
けれど旦那の心配気な顔のままだった。
「君は嘘をつく時、声がちょっと高くなるんだよ。知ってた?」
「えっ、そうなの?」
「やっぱり嘘ついてた」
「ぐぬぬ……」
旦那の方が1枚上手だったらしい。
実際のところ旦那の言う通りだ。
ちょっと疲れている。
「……あなたに心配かけたくないの」
「君は僕に毎日ちゃんとご飯食べてるのって聞くじゃないか」
「当たり前でしょ」
「君が僕を心配するように、僕は君のことを心配するんだよ。元気に見えたとしても」
私達は半年前まで、私と旦那、そして息子の拓真の3人で暮らしていた。
まだ拓真は小さいので共働きだった私達は大変だった。
保育園の送り迎えに拓真のご飯。
拓真が熱が出れば会社を休んで看病。
幸いなことにうちの旦那はよく拓真の面倒を見てくれた。
また、一人暮らしをしていたお陰か旦那は家事も一通りできた。
夕食には私が作らないような料理が並ぶのだ。
しかも美味しい。
ネットでは世の男達のことを謗る文章に溢れているけど。
我ながらいい旦那を見つけたと思う。
「まあ、あなたが居なくなってちょっと大変よ。でも、無理してるわけじゃない」
「……何もできなくてごめんね」
「バカ、それ以上言うと怒るわよ」
しかし旦那が転勤しなければいけなくなり事情が変わった。
旦那はその転勤を断ろうとしたみたいだけど、やはりというべきか無理だった。
そこから私達はいろいろなことを話し合った。
環境が変わることで拓真に負担がかかるかもしれない。
親子3人で引っ越すということは私が会社を辞めなければいけない。
しかしそれでは経済的に苦しくなる。
そういった不安や現実に向き合った結果。
私と拓真が残り旦那が1人で転勤するということになった。
現在、私は会社に勤めながら旦那と分担していたことを周りの人間に助けられながらも1人でやっている。
「拓真の姿が見えないようだけど。もう寝ちゃった?」
「うん、保育園でたくさん遊んで疲れちゃったみたい。ほら、こっち大雪でしょ」
「ニュースで見たよ。足滑らせないように気をつけないと」
「そうね、拓真によく言っておかなくちゃ」
「僕は君に言ったつもりなのだけど」
「うるさい」
3日に1度くらいこうして旦那と近況を話している。
画面越しだが旦那の顔を見ると早く帰ってきてと思ってしまう。
居なくなって改めて気付いた。
旦那は頼りになる男だったのだ。
パソコンの横に置いてあった缶ビールを飲む。
目線上げて布団の中で心地よさそに眠る息子を見た。
旦那が戻ってくるまで2年半。
よし、明日も頑張ろう。
「今日の午前中は大雪になると思われます」
「子供にとってはいい日じゃないですか?外に出れば遊びがつきませんよ」
「最近の子供って休みの日に外で遊ばずスマホで動画見たりするらしいですよ」
「時代が変わったねえ」
テレビでキャスターが呑気にそんなことを話していた。
今日は土曜日。
会社は休みだけど私に休みない。
溜まった家事を片付けなければならないのだ。
拓真の朝ごはんを作りながら今日の予定を頭の中で組み立てる。
トイレ掃除、シーツの洗濯、買い物、あとバスタブの掃除。
他にもたくさんある。
「おはよう」
拓真がリビングに入ってきた。
薄らと開いている目を見るにまだ眠たいらしい。
「てつだえることある?」
最近、拓真はこんなことを言うようになった。
「じゃあ、箸とコップ出してくれる?あと冷蔵庫の中の牛乳」
「うん」
拓真は頷く。
箸とコップを3つずつ取り出して机に並べる。
私は少し笑ってしまう。
「お父さんの分はいいのよ」
ハッとした顔をした拓真は箸とコップを1つずつ棚に収めた。
拓真は旦那によく懐いていた。
多分今すぐにでも会いたいはずだ。
「がんばる」
私は呟いた。
人間やれば出来るものらしい。
現在午後1時。
たくさんやることがあったけど、ほとんど終わってしまった。
拓真がたべ終わり、食器を洗えば夕食を作るまでやることは無い。
昼寝でもしようかと思ったけど、拓真のことが気になった。
休みの日だと言うのにずっと家にいて退屈じゃないだろうか。
それに仕事続きで相手をしてやれていない。
「拓真、ご飯食べ終わったら公園に行こう」
「ほんとっ!!!やったーーー!!!!」
「だからピーマンもちゃんと食べなさい」
「うぅ……」
外に出るとまだ雪は降っていた。
昼前ほど激しくはなく、視界が悪い程度。
歩道にも雪が積もっており所々凍っている場所があった。
だから滑ると危ないからと拓真と手を繋いでいた。
子供の体温は高いらしいが手袋ごしでは分からない。
ただ、いつになくウキウキしているのは見て取れた。
つられて私も楽しい気分になる。
働きながら子供を育てるというのは大変だ。
この半年で改めてそう思った。
同僚が働いている中、1人早く帰るのは気が引ける。
実際その事をよく思っていない人がいるのは何となく感じている。
それでも働きたいと思ったし周囲の助けもあって何とか出来ている。
辛いと思わないわけじゃなかった。
だけど拓真を見ていると私が頑張らなくてはと思うのだ。
守ってあげなきゃと思うのだ。
そうこうしているうちに公園が見えてきた。
すると
「おかあさん、まってて」
「ちょっと、いきなり走ったら危ないわよ!」
拓真が手を離して駆け出した。
急なことに私が驚いている間に拓真の姿が見えなくなった。
私は走り出した。
公園に入ると雪で真っ白になった景色が広がる。
「たくまーーー!!!」
「なーーーにーーー!!!」
大きな声で名前を呼ぶと拓真の声がした。
声が聞こえた方向を見ると公園のトイレがあった。
急いで向かうとトイレの後ろから拓真が出てきた。
「トイレに行きたかったの?」
拓真は返事の代わりに手に持っていたものを見せてきた。
それは細長くて透明なもの。
「……つらら?」
「つよそうでしょ。おとうさんいないから、ボクがおかあさんをこれでまもってあげる」
そう言って拓真はつららをブンブンと振り回した。
「危ないから捨ててきなさい」
「えーーー」
頬を膨らませる拓真を抱き寄せる。
拓真が驚いているのが分かっけど。
強く、強く抱き締めた。
そうすると蛇口を閉めるように目から出る涙が
少なくなった。
「だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫」
あなた、ごめんなさい。
気が付かないだけで、私は無理をしていたかもしれない。
でも今度は本当に大丈夫。
頼りになるのがもう1人いたから。
どうもありがとうございました