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プロローグ

『――ああ糞、あの意地汚い蛞蝓野郎が!』

 南方語の悪罵が、立派な調度品の並ぶ部屋の中に響き渡る。ネージ国に滞在している時は、例え周りに同郷人しかいなくとも、北方語を使うように心がけている瑞香だったが、今日はその余裕もあまり無かった。

『地下の相場をこっちが知らないとでも思ってやがるのか!? 足元見やがって嫌味爺!』

 上着を使用人に投げつけるように渡しながら叫び続ける瑞香が、洞窟街を仕切る長の一人、“蛞蝓”のリマスとの商談を半日かけて漸く取り付け、丁々発止とやり合ったのがほんの一刻前のこと。命の保証がされない場所である地下の奥まで下りて、漸く交渉のテーブルにつけたかと思えば、型落ちの人形ひとつ購入するのにも、のらくらと値が釣り上げられる。どうにか適正価格というところまで持っていったのは瑞香の手腕だが、商いとしては敗北に等しい。

『あああ腹立つ……! いつか絶対あいつの尾をひっ掴んで塩漬けの佃煮にしてやる……!』

 母国から持ってきた長椅子に寝転び、座布団をばんばん叩きながら呪詛を吐き続ける瑞香だったが、やがてぐたりと力を抜いて突っ伏した。どれだけ騒いでも、悪友のような小気味いい混ぜ返しがひとつも来なかったからである。

 ここは貴族街に構えた瑞香の本拠地である、藍商会の三階。特別な使用人しか上がることを許されない、瑞香の個人的な私室だ。ビザールが遊びに来ていたら、流石にあの方の佃煮は吾輩といえど煮ても焼いても食えないね! くらいは言ってくれただろうに、残念ながらこの場には既に瑞香と――常に彼に影のごとく付き従う、小目しかいない。

『――瑞香様』

 そして、小目が自ら主に声をかける時は、碌なことがないということも、瑞香はすっかり理解している。寝転んだまま胡乱な目で側付を睨みつけるが、目の前の男は全く反応を見せない。こういう時、彼は瑞香の意志を全く聞かなくなる。彼の本来の持ち主が、命じた時だけは。

『瑞光様より、書簡が届いております』

「……やっぱり碌でも無かったわね」

 わざと北方語で答えたが、やはり小目の反応は無い。手に掲げた紙束を瑞香が受け取るまで、微動だにしないだろう。深く深く息を吐き出して、のろのろと起き上がる。

 奪うように紙束を引ったくり、乱暴に床に届くまで広げる。ご丁寧に直筆であろう文面を眉間に皺を寄せたまま読み――もう一度深く溜息を吐いた。

『……年貢の納め時か? 嘗めんなよ、逃げ切ってやらぁ』

 苦い笑いを口端で噛み潰し、囁くように零れた言葉が届いたのは、小目だけだった。

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