序、人生投棄者の言い分
序、人生投棄者の言い分
長閑な田舎町で、殺人事件が起きた。
被害者は、女流売れっ子ラノベ作家の座夜鬼栖魔魅。事件現場は、自宅玄関。凶器は、研ぎ澄まされた出刃包丁。死因は、腹部を一突きにされての失血死。
容疑者は、駄馬葉亜津子。職業は、自称文筆家。近隣住民の通報により、被害者宅の戸口に立ち尽くしていた所を逮捕。
鼠谷健一郎は、その案件を担当する事となった。そして、先に席に着いている年増の女を見据えながら、向かいの席へ着席した。その直後、「駄馬葉さん、被害者とは、どんな関係なんだ?」と、机越しに、やんわりとした口調で問うた。間柄を知りたいからだ。
次の瞬間、「あいつが、私の作品を盗作ったのよ!」と、駄馬葉が、憮然とした表情で、憎々しげに、返答した。
「パクる?」と、鼠谷は、眉をひそめた。言葉の意味が、さっぱりだからだ。
「模倣って言えば、良いかしら?」と、駄馬葉が、上から目線で、言った。
「座夜鬼さんが、無断で作品を利用したと?」と、鼠谷が、冴えない表情で、質問した。しっくり来ないからだ。
「ええ。恐らく、座夜鬼の審査していた雷撃大賞から盗作ったのよ!」と、駄馬葉が、語気を荒らげた。
「因みに、成績は?」と、鼠谷は、尋ねた。実力を知りたいからだ。
「そうねぇ。今まで、一次を通過した事なんて、一度も無いわ」と、駄馬葉が、得意満面に、告げた。
その途端、「はぁ~。それでは、模倣されたなんて、いえませんね」と、鼠谷は、呆れ顔で、溜め息を吐いた。そして、「座夜鬼さんが、目にするならば、最終選考の作品くらいでしょうね。多分、表情が、偶然にも被ったんじゃないのでしょうかねぇ」と、見解を述べた。人気作家が、一次から下読みをするとは、考えにくいからだ。
「そ、そんな筈は…」と、駄馬葉が、目を白黒させた。
「逆に、パクったのは、あなたですよ」と、鼠谷は、示唆した。模倣よりも、やってはいけない事をしていたからだ。
「な、何を!」と、駄馬葉が、眉間に皺を寄せた。
「座夜鬼さんの命をね!」と、鼠谷は、指摘した。命を奪ったという事実を認識させなければならないからだ。
「奪ったのは、私だったのね…」と、駄馬葉が、観念するように、両目を見開いて、項垂れた。そして、「うわ~ん!」と、机の面へ泣き伏せた。
「理由はどうあれ、他人の命を奪っては駄目ですよ。作家を名乗るのなら、作品で勝負するべきでしたがね」と、鼠谷は、頭を振った。犯罪は、人生投棄者の愚行だからだ。そして、「気の済むまで、泣くが良いさ」と、落ち着くまで、待つのだった。