表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ですてにー・ばれんたいん

作者: 白木サトミ

 下校時刻で賑わう校門前。

 顔の半分を、いつものようにマフラーで隠して。

 わたしは、ここで、彼が来るのを待つ。

「先輩、今日って何の日か知ってます~?」

「……」

「あの、せんぱ~い? なんで目を逸らすんデスか?」

 露骨なシカトをものともせず、わたしの視線を追尾してくるウザったい笑み。

 後輩A。名前も知らない、ただの後輩。

 数えきれないほど、たくさん居る後輩。その中の、ただの一人。

 たまたま一番最初に知り合っただけの、後輩。

 だから、後輩〝A〟。

 たくさんの後輩が去っていったというのに、この子だけは、いつまでもわたしの傍を離れようとしない。

 わたしのことを、からかってばかりの、嫌な子。

 かわいらしい二つ結び。キラキラ輝く大きな瞳。華奢な肩幅。

 わたしが欲しいものを、全て持ってる子。

 名前なんて聞いてあげないし、知りたくもない。

「今日はね、バレンタインデーなんデスよ~」

「……」

 知ってる。

 だから私は、ここにいる。

「そんなわけで、先輩にチョコを用意し…………たかったんデスけどね~!」

 たはー! と叫びながら、後輩Aはあざとく自分の頭を叩いてみせた。

「まあ、やっぱり無理でした! やる気はあったのになぁ。んー、悔しいなぁ!」

 そんな風には、ぜんぜん見えない。

「その代わりってわけじゃないんデスけどね。今日こそ……というか、今年こそはずっと、先輩と一緒にいてあげよっかな~って」

「いらない」

 もし、彼にそんなところを見られたら。余計な勘違いをされたら。

 もし、彼に嫌われてしまったら。

 わたしは、絶対にこの子を許さない。

「……彼が来る前に、消えて」

「え~? どうせ来ないじゃないっすかぁ」

 軽い調子でふざけたことを口にした豚へ、ありったけの殺意をぶつける。

 呪い殺してやれるなら、殺してやりたい。

 本気でそう思った。

 そんなわたしの殺意が、辺り一帯に伝播したのかもしれない。

 わたしと後輩に目もくれずに歩いていた生徒たちが、一斉に身を震わせ、その場を飛び退いた。

 ざわつく周囲を無視して、後輩は笑う。

「あはー☆ やっとこっち見てくれた☆」

 怯えるどころか嬉しそうに、くすくすと笑い続ける。

「先輩、かわいーなぁ! 好きだなぁ! 一途だし~。かわいーし。マジメ過ぎて、バカみたいにおっきなチョコ作ってくるし。彼が絶対来ないこと、わかってるし。なのに、毎年毎年、絶対ここに居るし」

 捲し立てるように、わたしを馬鹿にした後、

「そんなんだから、構いたくなっちゃうんデスよ。もう」

 不意に切なげな薄笑みを浮かべ、そう言った。

「ボクね、一つ夢があるんデスよ~」

 いまだにざわついていている生徒たち。その背後にある、駅までの一本道。

 後輩Aは、その果てを指さした。

「いつか、ここを先輩と一緒に歩きたいな~って。――それがボクの夢」

 再びわたしに向き直った後輩Aの表情は、いつもの屈託ない笑みに戻っていた。

「…………なんで?」

「え?」

「なんで、わたしに付き纏うの」

「好きだからデスね」

「ふざけないで、真面目に答えて」

「真面目デスよ~。ボクって、自分に似たものを嫌わずに好きになっちゃうタイプなんで」

 くるりと踵を返して、後輩Aは茜色の空を見上げた。

「とっても似てます。ボクと、先輩。だから大好きだし、構わずにはいられないんデス」

 後輩Aは歩き出す。先ほど自身が指さしていた道とは真逆の、暗く細い路地へ向かって。

「来年こそは、一緒にいきましょうね!」

「……いかない」

 わたしは、ここに居続ける。

 彼が来てくれるまで。

 鞄の中に仕舞いっぱなしになっているチョコを、彼に渡すまで。

 ここを離れるわけには、いかないのだ。

 ――たとえ、彼が来なくとも。


 この身が、いつかわたしという形を失ってしまっても。

 のぞむべくもない、恋だとしても。

 恋は、一方通行だから。

 はじめから、覚悟していたから。

 実らないかも、と。

 らせんのように、ぐるぐると続く葛藤も、不安も。

 なかったことには、出来ない。したくない。

 いつまでも、わたしは待ち続ける。

 

 ――ここで待つことをやめたら。

 ここを離れてしまえば。

 きっと、わたしはわたしでなくなってしまうから。

 彼のために、わたしはわたしになった。

 そのことを受け入れてもらえるかは、わからないけれど……見て欲しい。

 彼のための、わたしを。

 その結果を得られるまで、きっとわたしはわたしのままだし、ここを離れることが出来ないだろう。

「それじゃ、先輩! また来年デス!」

 こちらを振り向いて、大きく手を振る後輩A。

 それを見計らっていたかのように、夕暮れ時の影が、すっとその濃度を増した。

 後輩Aの姿が、暗闇に溶ける。

 そうして、わたしはまたひとりぼっち。

 それでも、待ち続ける。

 彼が現れるまで。

 この恋が、一つの形を得る……その日まで。

 あるいは――きっと、そんな日は来ないけれど。


 後輩Aの手が、わたしの手を強引に引いてくれる、その日まで。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ