第8話 拳法使いは結界を破る
土色の小鬼が、奇声を上げて跳びかかってきた。
手には棍棒を握り、力任せに振り下ろしてくる。
「隙だらけだ」
棍棒に片手を添えて殴打を受け流す。
私はもう一方の手で小鬼の顔面を掴むと、軽く力を込めた。
その瞬間、小鬼の後頭部が破裂する。
痙攣する死体を捨てた私は、辺りを見回す。
周囲には、無数の小鬼の死体が散乱していた。
いずれも私達が屠ったものである。
近くに立つリアは、剣に付いた血を振り払った。
「思ったより数が多かったが、貴殿がいれば一瞬だったな」
彼女は満足そうに剣を鞘に収める。
少しも息が切れていない。
やはり騎士長となるだけあって、日々の鍛練は怠っていないようだ。
現在、私達は結界を目指して森の中を移動していた。
一見すると何の変哲もない場所を、リアの案内で進んでいく。
私にはよく分からないが、各所に魔術による印があるそうで、知らない者は迷うように仕組まれているそうだ。
騎士長のリアは正しい道を知らされていたため、おかげで滞りなく進むことができていた。
森の中には様々な脅威がある。
具体的には、魔物と呼ばれる生物との遭遇だ。
周囲に散乱する小鬼達もその一種だった。
ゴブリンと呼ばれる種族で、彼らは草むらや樹木の上から奇襲してくる。
気配が掴めていたので、特に問題は無かったが、心得の無い素人なら為す術も無く殺されていただろう。
力が弱いものの、意外と知恵を駆使してくる。
侮れない魔物だとリアも評していた。
その後も私達は、不定期に魔物と戦いながら進んでいく。
森に入ってから丸四日が経とうとしていた頃、ついに森の果てに到着する。
そこは樹木が枯れており、微かな異臭が漂っていた。
空気が淀んでいる。
生物も不自然なほどにいなかった。
前方には同じく枯れた山々が並んでいた。
そこに挟まれるようにして渓谷が形成されている。
渓谷までの道は、薄い半透明の壁で阻まれていた。
見上げるとずっと壁が続いている。
おそらくは天井まで覆っているのだろう。
どうやらこの一帯が腐毒の渓谷のようだった。
道中、リアから話を聞いていたが、元々は自然豊かな場所だったらしい。
それが魔王がいるせいで、このような不毛の土地になったそうだ。
周囲の草木が枯れているのも、魔王の影響だという。
結界で閉じ込めた状態でも害があるのだから、相当な力だろう。
魔王に近付くほどに毒素が強力になるそうだ。
しかし拳法使いである私は、間合いを詰めねば倒せない。
短期決戦が至上だった。
毒が回り切る前に、一気に打ち倒そうと思う。
「さて……」
私は結界に手を伸ばす。
指先が触れたその瞬間、電流のようなものが走った。
僅かな痛みだ。
指先が少し焦げ付いている。
これが結界で間違いないようだ。
内部にいる魔王を閉じ込めているそうだが、肝心の魔王はここからでは窺えない。
結界はかなり広域までを囲っている。
目視できる範囲にはいないのだろう。
漠然とそれらしき気配が蠢いているものの、正確な場所は分からない。
結界を壊せば、判明するものと思われた。
私は軽く拳を握ると、さっそくリアに指示をする。
「少し離れていろ」
「ウェイロン殿? まさかいきなり壊すつもりなのか?」
「そうだ」
何も待つことはない。
魔王の存在は、近隣の環境破壊に直結している。
今すぐにでも討滅すべきだろう。
私は結界の前で身構えると、腰を落として拳を引いた。
精神を集中させて、ゆっくりと呼吸を整えていく。
絶好の瞬間、殺気を全開にした。
地面を粉砕しながら、全身の力を伝導し、拳の一点に集中させる。
そして、突きという形で打ち放つ。
拳が結界に衝突し、電流が迸った。
構わず押し込んでいくと、間もなく結界は砕け散った。
突きの破壊力に耐え切れなかったのだ。
破損した結界には、ちょうど人間一人が通り抜けられるほどの大きさの穴ができていた。
後ろにいたリアが唖然としていている。
「そんな馬鹿な……」
私は彼女の反応を気にせず、結界の穴からその先へ行った。
途中、振り向いてリアに忠告する。
「行くぞ。魔王からの奇襲に気を付けろ」
「りょ、了解したっ」
慌てたように敬礼をしたリアが付いてくる。
こうして私達は、魔王の棲む領域に突入したのであった。