第7話 拳法使いは次なる目的地を定める
仮眠を済ませた私達は早朝に出発する。
街道に沿って草原を進み、昼頃から街道を逸れて移動を始めた。
当初は街に寄るつもりだったが、急遽予定を変更したのである。
私達は、このまま魔王の住処へ行くことになった。
リアからの情報提供があり、居場所を知ることができたのだ。
その魔王は、腐毒の渓谷という地域に生息しているらしい。
十数年前、王国が力を尽くして封印し、それ以来結界に閉じ込めているそうだ。
しかし近年、その封印も弱りかけており、王国上層部を悩ませているという。
そのような存在がいるとは思わなかった。
世界を滅ぼす魔王だが、個体によって様々な事情があるようだ。
何にしろ、余計な手間が省けたのは嬉しい。
私とリアは共に追われる身である。
情報収集のために街に入ると、余計な問題が発生する恐れがあった。
このまま魔王のもとへ向かえるのなら、それが一番なのだ。
異世界に来てまだ一日程度しか経っていない。
そう考えると幸先は良いと思われた。
「しかし、貴殿の拳は本当に素晴らしい! 元の世界では、どれほどの鍛練をしていたのだろうか?」
移動中にリアは私を称賛する。
最初の対決を振り返っているようだ。
私は彼女の疑問に回答する。
「鍛練というより、実戦経験の量だ。ひたすら戦い、殺し続けてきた」
かつて強者を求めて各地を旅したことがある。
達人の噂を聞けば、すぐさま駆け付けて戦いを挑み、そこで勝利してまた別の達人を探す。
一時期はその繰り返しであった。
当時の私は、特に強者を渇望していた。
結局、満足できるような相手は見つからなかったが、幾多もの殺し合いは修行にはなった。
話を聞いたリアは、暗い面持ちで呟く。
「貴殿はその年齢で修羅の道を歩んでいるのだな……」
「実年齢は九十の老人だ。神の祝福で若返っているだけだ」
勘違いされていることに気付いた私は、あっさりと打ち明ける。
するとリアは驚嘆して急に足を止めた。
彼女は遠慮がちに確認をしてくる。
「なんと……! では、老師と呼んだ方がいいのだろうか」
「好きに呼ぶといい」
私達は、そのように他愛もない会話をしながら移動を続ける。
リアは親しみやすい性格だった。
私が口下手なので頻繁には話さないが、特に気まずい空気になることもなかった。
会話は退屈凌ぎになる上、この世界について知る機会にもなる。
ついでに魔術についても色々と教わった。
その日の夜、前方に森が見えてきた。
リアは森を指し示しながら説明をする。
「ここを越えた先に、件の渓谷がある。結界のせいで出入りできないが、私には魔術の心得がある。到着したら二日間だけ待ってほしい。ほんの一瞬ならば、我々が通るだけの隙間を作れるはずだ」
「必要ない。私が破壊する」
リアの提案を聞いた私は即答した。
魔王を殺せば、きっと結界も不要になる。
壊したところで迷惑はかからないだろう。
リアの策も悪くはないが、時間がかかる。
結界に隙間を作るには、それだけの準備期間がいるのだろう。
それならば、拳で穴を開ける方が遥かに早い。
私の反論を聞いたリアは、申し訳なさそうに首を振った。
「気を悪くしないでほしいのだが、貴殿の力でもさすがに難しいと思う。魔王を封じるだけの強度を誇る結界だ。物理的に壊せるものではない」
「試してみなければ分からない」
「そこまで言うのなら止めはしないが……」
リアはまだ納得ができていない様子だった。
彼女の心情も理解できる。
しかし、私がこの拳で壊せなかったものなど過去にない。
たとえ世界が変わろうと同じである。
加えて私がこれから戦うのは、他ならぬ魔王だ。
結界の一つや二つ、破壊できなくては対抗できないだろう。