第55話 拳法使いは異世界を往く
最終話です。
前話を未読の方はご注意ください。
「勇者アアァァァッ!」
絶叫に近い怒声を上げて、魔族が跳びかかってくる。
屈強な巨躯には、多数の腕が生えていた。
目視できる範囲で二十本で、死角に隠れていたり、透明になっているものを含めれば三十四本だ。
棍棒や短剣、ハルバード、鎌、槍など多種多様である。
それぞれの手が武器を握っており、ほとんど同時に振り下ろされる。
魔族を観察をする私は身体を前に傾けた。
迫る武器に合わせて、両腕を霞むような速度で動かす。
三十四の武器が粉砕した。
それらを握る手が血飛沫を噴き、腕が折れて千切れ飛ぶ。
「な、何ィッ!?」
魔族は困惑し、続けて腕の痛みに苦悶する。
遅れて全身各所から血が噴出した。
胴体の中央部に、拳の形をした陥没ができている。
ついに魔族は、口から泡を洩らしながら崩れ落ちた。
痙攣の末に息絶える。
血だまりが地面に広がっていく。
私はその姿を冷徹に眺める。
左右の拳から白煙が昇っているが、何もおかしな術は使っていない。
瞬間的に加速し、三十四の打撃で武器を破壊した後にさらなる一打で止めを刺したのだ。
気功術と魔力による身体強化がなければ不可能な芸当である。
だいぶ使いこなせるようになってきたものの、まだ完璧には程遠い。
さらなる研鑽が必要だった。
「ウェイロン殿ー!」
呼びかける声に振り返る。
そこにはリアとアンリが立っていた。
逃亡した魔族を任せていたのだが、無事に片付いたらしい。
二人で協力したことを鑑みても見事な手際である。
(素晴らしい成長ぶりだな)
荒野の魔王を倒してから三カ月が経過した。
私は二人と共に各地を旅し、行く先々で魔族や悪党を始末している。
魔王を倒した後、私は荒野に隣接する小国へ赴いた。
そこで二人と再会した。
彼女達は魔族との戦いを生き残り、敵陣営を壊滅と敗走まで追い込んだのである。
執事レノルドにも逃亡されてしまった。
彼は唐突に半狂乱に陥ったかと思うと、酷く狼狽えながらどこかへ去ったという。
おそらくは、魔王の死を感知したのだろう。
あれからレノルドとは遭遇していない。
しかし、どこかで報復を企んでいるのではないだろうか。
暗躍の予感を覚えた。
その際は嬉々として挑むつもりだった。
勝負を投げ出す形になったので、私も不満だったのだ。
あの場で共闘した堕落僧シンラは、いつの間にかいなくなったらしい。
戦闘が終わる頃には、姿が見えなかったそうだ。
満身創痍でありながら、どさくさに紛れて逃げたものと思われる。
野垂れ死にそうな状態からよくやるものだ。
シンラもきっとどこかで生きているに違いない。
時折、破城槌を振り回す魔人の噂が聞くことがある。
複数国で高額の賞金首となった彼は、元気にやっているようだ。
なかなかの曲者で、面白い。
レノルドと同様、仕留め損ねた相手でもあった。
再戦が非常に楽しみだ。
潜伏していた魔族を倒した私達は帰還する。
ここから最寄りの街へ向かうのだ。
二週間前から拠点にしているが、近隣の魔族も殲滅できたので、そろそろ移動するつもりである。
(魔族は無視できない存在だ)
荒野の魔王の死は、魔族陣営のみならず各国に多大なる影響を与えた。
世界情勢も大きく変動したそうだが、私には関係ない。
そういった方面にはもう関わりたくなかったのだ。
様々な組織や勢力から勧誘を受けたが、残らず断っている。
唯一、帝国の皇帝との協力関係は維持していた。
アンリを借り受けている形で、対価として帝国内に潜伏する魔族を抹殺している。
情報は皇帝から提供されて、ついでに犯罪組織を壊滅させていた。
それが皇帝の政治基盤を固める結果となっていた。
上手く利用されている節があるも、別に構わない。
暗躍する魔族の殺害は、元から実行するつもりだった。
それに相手を利用しているのは私も同じだ。
皇帝は様々な情報に加えて、金銭面の補助もしてくれる。
旅をするにあたって、私達が不自由しないように配慮していた。
あまり機会はないが、アンリとは別に皇帝の諜報員を使うこともできる。
皇帝は過度な利益は求めない。
一度も顔を合わせたことがないが、それなりに上手くやれていた。
今後も利用し合える関係でいたいものだ。
荒野の魔王以降、新たな魔王とは遭遇していない。
各国を巡って居場所を突き止めて、順に倒していく予定だ。
今の私達ならば、相当に強い魔王でも仕留められるだろう。
荒野の魔王と言えば、彼女に関する補足情報を手に入れた。
なんでも彼女は重い病を患って、さらには内に秘めた炎に蝕まれていたらしい。
普段は暴走しないことに専念していたという。
魔王の身を案じた配下の魔族達は、だから数に任せた無謀な突撃を仕掛けてきた。
結果としては意味がなかったが、魔王を守護しようとしていたのだ。
腐毒の魔王はただの獣だった。
一方で荒野の魔王は、気高き精神を備えた君主だった。
苦しみの中で私と対峙し、魔族の代表として力を尽くしてきた。
印象が大きく異なる両者だが、どちらも確かに魔王である。
神の説明によると、世界の不具合で生じた存在らしい。
詳しい生態については聞いていない。
荒野の魔王も、いずれは腐毒の魔王のように理性を失って怪物になったのかもしれない。
(そうなった状態こそが、世界を滅びに導くのか?)
私の疑問に答える者はいない。
魔王に関する情報は少なく、確たる証拠もなかった。
これはただの憶測に過ぎない。
しかし、本質的にはどうでもいいことだった。
その正誤に関係なく、私は使命を果たさねばならない。
神から与えられた仕事だ。
若さという祝福を受けている以上、最後までやり切らねばならない。
(……依頼と対価が枷と鎖になっているな)
それに気付いた私は自嘲する。
もっとも、人間とは元来そういうものだろう。
誰でも何かに縛られている。
私の場合、それが少し大それているだけだ。
(いつか、枷と鎖を千切る日が来るかもしれない)
私は唐突に考える。
今のところは神を裏切るつもりはない。
ただ、荒野の魔王との出会いは私の心境と認識に変化をもたらした。
それはまだ小さく、日々を過ごす中で枯れて消えるかもしれない。
或いは華やかに芽吹く未来もあるのだろうか。
まだ分からない。
本音から言えば、どうでもよかった。
深刻に考えるべきなのだろうが、これは第二の人生だ。
強者と死合いができれば、私は満足であった。
善でも悪でも立場を移ろえる。
今は善に寄っているが、気まぐれに転換してもいい。
それも人生だろう。
(神との死合い、か……)
世界を管理する者となると、さぞ楽しい戦いになるのではないか。
思考が危険な方向へ傾いたその時、肩を叩かれた。
我に返った私を、リアとアンリが見ている。
不思議そうな眼差しだった。
いつの間にか足を止めていたらしい。
「大丈夫、ですか?」
「ああ、問題ない」
考察はこれくらいでいい。
難しい悩みは昔から苦手だった。
本能に生きる性質なのだ。
その状況に直面した時に、また改めて考えればいいだろう。
(我ながら随分と楽観的になったものだ)
自らの変化に気付いて苦笑する。
老衰により命を落とした私は、こうして若き肉体で蘇った。
念願の強者と殺し合えている。
頼もしい弟子もできた。
それだけで心は満ち足りている。
だが、今後も素晴らしい相手が待っているはずだ。
想像するだけで胸が高鳴った。
いつか死ぬその時まで、異世界を謳歌しようと思う。
これにて完結です。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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