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第53話 拳法使いは魔王に迫る

 飛来する魔術の矢は、一般的な矢とは比較にならない速さで迫る。

 私の胴体を狙って飛び込んできたそれを、手刀で受け流した。

 鏃が耳を掠めて微かな痛みが走る。

 皮膚が切れたようだが、気にするほどではない。


 次に私は、矢を受け流した手を見る。

 小指の根元が浅く切れて、血が流れ出していた。

 すぐに治癒されて傷は塞がるも、決して無視できない結果である。


(完璧に受け流せたというのに負傷したか)


 常軌を逸した威力だった。

 さすが魔王と評すべきだろうか。

 これまでの経験から考えるに、総合的な破壊力は対物ライフルを超えているに違いない。

 それを牽制に近い感覚で放ってきたのだ。

 驚異的と言わざるを得なかった。


 顔を上げた時、魔王が次の矢を射つところだった。

 矢は三本に分裂して私へと飛んでくる。

 微妙に軌道がずれているのは、同時に三カ所を攻撃するためだろう。

 確実に命中させることを重視したやり方であった。


 私は真横へ跳躍して、射線から逃れる。

 あの矢は不味い。

 今まで見てきた魔術の中でも、圧倒的な破壊力を誇っていた。

 射程や速度も申し分ない。

 何度も食らうべきではないだろう。


 直進する三本の矢だったが、突如として軌道を変更した。

 無理な角度で曲がって私を追尾してくる。

 まるで生きているかのような急旋回だ。


(――そう来たか)


 私は両手を前に運んで一本目の矢を叩く。

 それを二本目に当てて、まとめて地面に落とした。

 三本目はもう一方の手で振り払う。

 触れる際、指先に魔力を込めて矢を粉砕した。

 迸る光と共に衝撃が走るも、傷は増えていない。

 魔力で保護すれば被害を軽減できるようだ。


 私は息を吐いて気を整える。

 全身の力を循環させて、最適な形へと移行していく。


 遠方に立つ魔王は、同じ姿勢で矢を放った。

 今度は八本に分裂すると、それぞれが変幻自在の軌道を描きながら私に殺到する。


(……忙しないな)


 胸中で呟きながら疾走を始める。

 向かう先はもちろん魔王のもとだ。


 遠距離戦はあまりにも不利である。

 このままだと防戦一方に陥り、やがて射殺される。

 距離を詰めなければならない。


 見る限り魔王の武器は弓のみだ。

 魔術は使えるようだが、それも遠距離攻撃に用いている。

 それに加えて、先ほどから私を近付けさせないように立ち回っていた。


(近接戦闘が不得手なのではないか?)


 閃いた推測に確証はない。

 たとえ魔王が近接戦闘を得意としていても、どのみち接近する必要があった。

 拳法の届く間合いならば、互角以上の戦いに持ち込める。


 大地を駆ける私に八本の矢が襲来する。

 それぞれの速度が異なり、角度が調整されていた。

 意図的に回避や防御を難しくさせている。


 魔王の弓術に感心しつつ、私は迷わず直進していった。

 大地を蹴って際限なく加速し、追尾する矢を両手で打ち落とす。

 どうしても躱せない分は、軽傷に留められるように当たった。

 手足や脇腹に掠めた傷が増えて、僅かに血が滲む。


 もっとも、気にするほどではない。

 体内に蓄えた大量の魔力が高速再生を促していた。

 身体強化の副産物である。

 致命傷でない限り、無視できる状態だった。


 高速の矢を捌くうちに、七本目が顔面に飛んでくる。

 首を傾けると、頬と耳が抉られた。

 熱い痛みに呻く間も無く、八本目の矢が迫る。

 私は掌底で弾きながら加速した。


 魔王との距離はかなり縮まっている。

 まだその姿は小さいものの、確実な成果だった。

 この調子が続くのなら一気に接近できる。


 それを察しているであろう魔王に焦りは見られない。

 今度は弓を斜めに構えると、彼女は魔術の矢を連射し始めた。


 上空へ放たれた矢が数十本に分裂した。

 分裂した矢がさらに分裂を繰り返す。

 必殺の一撃は、雨のような密度で降り注いできた。


 私は構わず疾走し続ける。

 足を止めた瞬間、反撃の機会は永遠に失われるからだ。

 矢の雨は私の肉体など容易に引き裂くだろう。

 この勢いで走り切らねばならない。


 私は全身に魔力を巡らせて、体表を覆い尽くすように放出した。

 その形状を維持しつつ、落下してくる矢の雨に合わせて両腕を振るう。

 数千とも数万ともつかない矢を打ち砕きながら突き進んでいく。


 放出する魔力が矢を受け止めた。

 ほんの僅かに速度が緩和したところで防御する。

 これだけの密度だと回避は不可能に近い。

 小細工は通用しないため、正攻法で突破するしかなかった。


 もちろん無傷とはいかない。

 矢の雨は死角で軌道を曲げる。

 さらには地面に刺さったものが、唐突に反射して飛んでくる。

 無駄な矢はただの一本として存在せず、すべてが私を殺すために放たれていた。


 矢の雨の向こうに魔王が見える。

 彼女は最初の位置から動かず、ひたすら弓を操っていた。

 矢の雨を追加で飛ばしつつ、たまに弓を下ろして直線軌道で私を狙ってくる。


 追尾も分裂もしないその一射は、段違いに高威力であった。

 全力で防御しなければ余波で死にかねない。

 私は両腕を傷付けながらも後方へと受け流す。


 その間も頭上から容赦なく矢が降ってきた。

 私は長年の経験と直感に従って回避と防御を織り交ぜる。

 全身各所を穿たれながらもやり過ごして、ひたすら前進し続けた。

 鋭い痛みすらも一歩を進める活力に変換する。


 鮮血で染まる視界。

 気付けば私は、獣のように咆哮を轟かせていた。

 地を這うように駆けて、己の力を存分まで誇示する。


 それから一体どれだけの時間が経ったのか。

 魔王は、もう目の前にいた。

 あと十歩の距離だ。


 しかし、その十歩がどうしようもなく遠い。

 この距離にもなると、魔王は矢の雨を止めていた。

 弓を直接こちらに向けて、超絶的な技巧で連射してくる。


 機関銃を凌駕する速度は、底無しの魔力による力技によるものだろう。

 ただし、矢の狙いは無慈悲なまでに正確だ。

 究極に達した武技が、私の命を絶やそうと尽力している。


 魔王の鬼気を前に感じたのは、至上の喜びであった。

 渇望した強者の力が、全力で立ち向かってくる。

 私の武術を尽くしても尚、死が掠めていく。

 そのような瞬間を幾度も体感していた。


 感動のあまり涙腺が緩みそうになるも、意志の力で抑制する。

 涙は視界を悪くするので不要だ。

 私は気持ちの昂りを原動力に加えて、残る距離を駆け抜けていく。


(――残り五歩)


 私は目視で換算する。

 同時に、相手を間合いに捉えたことを確信した。


 魔王はその場から一歩も動いていなかった。

 弓師としての矜持か。

 或いは私に対する礼儀かもしれない。

 とにかく彼女は、最初の地点から動いていなかった。


 魔王は変わらず弓を構えている。

 至近距離から射撃を行おうとしていた。


 その前に私は、下から弓を蹴り上げる。

 狙いのずれた矢は上空へと飛んでいった。

 視界から瞬時に消え去るも、活性する魔力の反応は不可解な挙動を描く。

 高速で宙返りした矢は、背後から私を射抜こうとしていた。


 私は矢を見ずに躱すと、脇腹を掠めたそれを掴む。

 そして振り抜くように魔王の顔へと突き込んだ。


 魔王は咄嗟に仰け反って避けようとする。

 私は追い縋るようにして踏み込み、決して間合いから逃がさない。


 伸ばした腕を介して、ついに鏃が鉄仮面に触れた。

 表面に突き立って亀裂を放射する。

 衝撃に耐え切れず、軋む鉄仮面が真っ二つに割れた。


 ――そこに覗いたのは、火傷痕のある美女の顔だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 近接特化の主人公とは相性最悪の魔王ですね しかしなぜ動かない? ゆっくり下がりながら撃つだけで勝てそうに思えたけど? そもそも主人公は地球人で殺し屋家業、その中で熱い戦いを求めていながら失…
[良い点] 魔王が弓使いというのは、あまり例が無いのではないかと思います。 私が知る限り、類似例に思い至らない。 [気になる点] 前話(今話の死闘に入る直前)の魔王の意味深な発言が気になります。 …
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