第50話 拳法使いは魔王幹部を出し抜く
左右から魔族が雪崩れ込んでくる。
振りかざされる数多の武器が魔力を帯びていた。
私の肉体を容易に切り裂く力を有しているだろう。
無論、それは当たればの話だった。
力任せに突撃してくる者達に負けるほど、柔な鍛え方はしていない。
私は両拳を魔族に打ち当てて、そこから気功術で衝撃を拡散して伝える。
練り込まれた力が魔族を破裂させた。
打撃の破壊力は膨れ上がりながら他の魔族へ伝染し、一瞬にして数百キロの肉塊へと変える。
被害を潜り抜けてきた魔族は手刀で解体し、或いは蹴りで粉砕した。
どちらにしても、彼らの攻撃が届くことはない。
その時、背後に殺気を感じた。
私は振り向きざまに裏拳を繰り出す。
受け止めたのは一本のステッキだった。
構えるのはレノルドだ。
赤い瞳が絶対零度の視線を向けてくる。
レノルドは燕尾服を揺らしながら高速移動し、流れるように蹴りを放ってきた。
それを頭上に受け流しつつ、私は視線を巡らせて周囲の状況を確認する。
思わぬ乱入から戦闘が始まって暫し。
そこかしこに魔族の死体が散乱していた。
いずれも私達が屠ったものである。
「キアッハアアァァッ!」
凄まじい声を上げるシンラが魔族を殴り殺していた。
彼は片腕を振り回して無双し、倒れた魔族の頭部を踏み割る。
狂喜の笑みを浮かべるシンラは、依然として満身創痍だ。
回復手段を持たないのだろう。
片目まで潰れているにも関わらず、しかしその動きは加速し続けていた。
私と戦っていた時よりも数割増しで速い。
極限状態が底力を引き出しているようだった。
出血と返り血で赤黒く染まった堕落僧は、鬼神の如き暴れぶりを見せている。
殺到する魔族は、憐れな獲物と化していた。
少し離れた所では、リアとアンリが見事な連携を披露している。
彼女達は迫る魔族を順調に打ち倒していた。
全身鎧を纏うリアが豪快な突進から剣の一閃を放つ。
魔力を伴う斬撃が突破口をこじ開けた。
そこに進み出たアンリが、両袖から出した鎖を魔族の只中に進ませる。
彼女の振り抜く動作に合わせて、鎖で魔族が切断されていった。
鎖は仄かに白い光を帯びている。
何らかの魔術で、魔族に対する特殊効果を付与しているようだ。
そこにリアが再び突進を敢行して、魔族を打ち払いながら前進する。
死角からの攻撃も完璧に回避できていた。
まるで数十の目を持っているかのような立ち回りだ。
奥の手である先読みの魔眼を発動しているのだろう。
常に最適解を選ぶことで、数の不利を覆しているのだ。
消耗が少し気になるものの、当分は私が加勢せずとも大丈夫だろう。
思わぬ形で鍛練の成果が役立ったようだ。
(他人のことを気にしている場合ではないな……)
私は視線を戻す。
現在、正面に陣取るレノルドは、ステッキによる刺突を繰り返していた。
目にも留まらぬスピードだ。
さらに魔術を使っているらしく、一撃ごとに雷撃を打ち込んでくる。
私は打撃の連打で対抗していた。
雷撃は拳で相殺する。
接触面が少し痺れるも、支障の出ない範囲だった。
私とレノルドによる高速の打ち合いは、徐々に加速していく。
互いにその場を動かず、ひたすら攻撃に終始した。
当初は余裕の表情だったレノルドであったが、だんだんと顔を曇らせる。
「……ッ」
私の反撃がレノルドの頬を掠めた。
ステッキで弾くのが一瞬でも遅ければ、顔面を抉っていただろう。
レノルドは明らかに苛立っていた。
彼は牙を見せて舌打ちすると、口を大きく開く。
そこから半透明の短剣が飛び出してきた。
私は短剣を掴んで投げ返す。
レノルドはステッキでそれを払い飛ばすと、すくい上げるように顎を狙ってくる。
「甘い」
私は片手を割り込ませて、ステッキの先端を掴む。
指先に微量の魔力を流すことで、流し込まれた雷撃を押し留める。
続けて掴んだステッキを引き寄せながら、レノルドの顔面を肘撃を打った。
「ガ、グァ……!?」
レノルドが大きく仰け反った。
片眼鏡が破損して落下する。
本来なら即死する程度の威力だったが、彼はまだ生きていた。
潰れた顔面を晒すレノルドは、牙を剥き出しにして掴みかかってくる。
私はそこに蹴りを浴びせた。
レノルドが魔族を薙ぎ倒しながら吹き飛ぶ。
途中で背中から羽を出して回転すると、羽を動かすことで空中へ逃げた。
私の蹴りで胴体に穴が開いている。
そこから血を流しながら、レノルドは忌々しそうに顔を歪める。
「ただの、人間如きに増援を呼ぶのは癪だが、仕方あるまい……」
レノルドは横に手をかざす。
空間に裂け目ができて、その向こうに荒野が見えた。
あそこから追加の魔族を出すつもりなのだろう。
私はレノルドの行動に満足する。
(狙い通りにいったな)
追い詰めることで、レノルドは必ず増援を呼ぼうとする。
シンラの言った通りだった。
そして増援は、必ず空間の裂け目から転移してくる。
魔族の待機場所とは、すなわち彼らの本拠地である荒野だ。
つまり裂け目に飛び込めば、一気に魔王のもとへ移動できる。
これこそが私の狙いであった。
レノルドを追い詰めて、近道を出現させる。
それを奪って魔王に奇襲を仕掛けるつもりだったのだ。
シンラはよろめいた際にこれを私に推奨した。
彼がどういった目的でアドバイスしてきたのは定かではない。
もしかすると、決闘を台無しにした魔王軍への意趣返しのつもりなのかもしれない。
何はともあれ最大の好機には違いなかった。
(――今だ)
裂け目が大きくなったのを見計らって、私は跳躍した。
驚愕したレノルドがステッキを振るってくるも、それを躱しながら彼を蹴飛ばす。
両手に魔力を通すと、閉じようとする裂け目に指をかけて強引に留めた。
裂け目は凄まじい力で動く。
私の膂力では完全には抗えず、今にも塞がりそうだった。
これではリアやアンリを呼ぶ余裕はない。
(彼女達なら、きっと生き残れるはずだ)
そう結論付けた私は、裂け目から向こう側へと転がり込んだ。