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第49話 拳法使いは水を差される

 異形の集団は様々な種族で構成されていた。

 揃って邪悪な気配を纏っている。

 こちらを眺める彼らは嗜虐的な色を隠そうとしない。


(魔王軍か)


 私はすぐに確信する。


 これだけの人数で悪意と殺気も充満している。

 姿を見せるまで察知できなかったのは、おそらく魔術の仕業だろう。

 隠密系統の術なら、もっと早い段階で看破できたはずなので、転移魔術による接近に違いない。


 リアから聞いたことがある。

 転移魔術とは、指定した座標に一瞬で移動する能力だ。

 高等魔術に分類されるそれで、これだけの数を運んだものと思われる。

 向こうには、かなりの使い手がいるようだ。


 考察を進めていると、魔王軍の最前列に異変が起こった。

 空間が歪んで裂け目ができる。

 裂け目の先に、荒野のような風景が見えた。

 そこから一人の老人が現れる。


 老人は痩せ身の長身で、燕尾服に身を包んでいた。

 白髪を後ろに撫で付けており、片眼鏡を着けている。

 糸目とあるかないかの微笑が物静かな印象を与える。

 皺の多い手には、古めかしいステッキが握られていた。


 全体的に穏やかな佇まいであった。

 紳士然とした老人だが、研ぎ澄まされた殺気を発している。

 この場を埋め尽くさんばかりの魔力を内包していた。

 配下の魔族達は、老人が転移させたのだろう。


 老人は私を見て口を開く。


「異界の勇者ですね」


「そうだ」


 私が肯定すると、老人は優雅に一礼した。


「わたくしは、レノルド・ウィン・シヴィレイア。魔王陛下の執事を勤めております。残り短い人生ですが、ぜひお見知りおきを」


 燕尾服の男――レノルドは、魔王軍の中でも幹部に相当するらしい。

 役職を聞かずとも、対峙しただけで分かった。

 彼は圧倒的な闘気を帯びている。

 それは槍使いアブロをも凌駕するだろう。


 私は前に進み出て、レノルドに確認をする。


「私達の抹殺に来たのか」


「あの堕落僧と勇者が衝突したと聞けば、駆け付けるしかありません。勝敗はどうであれ、互いに消耗するのは確実ですから」


 レノルドは慇懃な口調で答えた。

 方法は定かではないが、私とシンラの交戦を知って到来したそうだ。

 どちらも魔王軍にとっては無視できない存在である。

 両者を屠る絶好の機会と見て、このタイミングで登場したらしい。


 まったく合理的であった。

 状況を上手く利用されてしまった。

 魔王軍は、漁夫の利を取りにきたのだ。


「今後の侵略を考えると、今のうちに不確定要素を消し去りたいのですよ。我々はすぐに戻らねばなりません。大人しく死になさい」


「断る。我々にも魔王討伐という使命がある」


 私がそう返すと、レノルドの笑みが凍り付く。

 配下の魔族達に怯えが走る。


 間もなくレノルドの糸目が、ゆっくりと開かれた。

 血のように赤い瞳と、口から牙が覗いた。

 背中に黒い影のような羽を幻視する。

 豹変したレノルドの姿に、私は吸血鬼を彷彿とした。


 舌打ちしたレノルドは、乱暴に髪を掻く。

 彼は抑え込んでいた殺意を暴風のように発散していた。


「――人間風情が生意気を。あろうことか、陛下を倒すなどと戯れ言を口にするとは。許せぬ。絶対に許せぬぞ。ここで貴様らは殺す」


「ハ、ハハッ、やって、みろ……よ……」


 背後で掠れた笑い声がした。

 私は思わず振り返る。

 血みどろのシンラが起き上がるところだった。


(この状態でまだ立てるのか……)


 私は驚嘆する。

 確かにまだ止めは刺していなかったが、起き上がれるような傷ではなかった。


 背筋を伸ばしたシンラは、失った腕の断面を掴んで握り潰す。

 そうすることで傷口を強引に塞いだ。

 彼は顔を撫でて血を拭い取り、折れた歯を吐き捨てて話しかけてくる。


「よう、ちょいと、共闘しよう、ぜ……あのクソ爺を殺すまで、だが……」


 シンラの提案は意外なものだった。

 どう動くか読めない男だが、まさか共闘を申し出るとは。

 こちらを騙しているような様子はない。


 皮肉った笑みを浮かべるシンラは、無事な片目に煮えたぎった激情を湛えていた。

 堕落僧は、戦いを邪魔されて怒り狂っている。

 今にも飛びかかりそうな剣幕で、魔王軍を睨み付けていた。


 その時、シンラがよろめく。

 彼は口から血を垂らしながら私にぶつかる。

 その拍子に、小声の早口であることを伝えてきた。


 一瞬、視線が合わさる。

 シンラは意地の悪い顔をしていた。


 私は反応を示さずに視線を前に戻す。

 胸中では呆れに近い感情を抱いていた。


(まったく、どこまでも油断ならない男だ)


 シンラはしたたかな性格をしている。

 敵対するとこの上なく厄介だ。

 今は状況が状況なので、共闘するのが正しいだろう。

 一方、視界の端ではリアとアンリが立ち上がっていた。


「ウェイロン殿、小官達もまだ戦える」


「任せて、ください」


 二人も戦う気らしい。

 シンラとの戦いで負傷したものの、連携すれば十分な立ち回りが可能なはずだ。

 日頃から鍛練を重ねている二人である。

 息を合わせるのは簡単だった。


 レノルドは元の糸目と微笑に戻っていた。

 しかしよく見ると、頬が痙攣している。

 憤怒を耐えているのだ。


 彼は片眼鏡の位置を直すと、私達に向けて宣告する。


「……いいでしょう。まとめて殺して差し上げます」


 レノルドがステッキで地面を小突く。

 硬いその音を合図に、後続の魔王軍が襲いかかってきた。

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