第48話 拳法使いは堕落僧を超える
シンラが吹っ飛んで地面に衝突する。
瓦礫を蹴散らしながら転がり、かなりの距離を進んだところで止まった。
血を撒き散らすシンラは起き上がってこない。
遠目にそれを眺める私は息を吐く。
(なんとか成功したな……)
絶大な効果を発揮した身体強化だが、鍛練中は失敗することもあった。
土壇場で機能してくれて良かった。
急激に上がった打撃の威力に、さすがのシンラも反応できなかったようだ。
身体強化はまだ瞬間的にしか発動できない。
魔力を外部からの供給に頼る私は、そもそも常時使用に向かないだろう。
強化の具合によっては、自らの動きを阻害しかねない危険性もある。
精密動作を要する拳法とは噛み合わない。
過信してはいけない力だが、それも私次第であった。
感覚を馴染ませれば、効率よく使えるはずだ。
シンラほどの男の腕を一撃で千切り飛ばすほどの効力を持つ。
対魔王を想定した秘策の一つとして、自在に操れるようにしておきたい。
魔力を体内に戻した私は、シンラの状態をよく観察する。
彼の顔面の右半分は陥没して、片目が潰れていた。
千切れた片腕の断面は、出血が緩やかになっている。
もう流すだけの血が残っていないのだ。
シンラは静かに呼吸をしていた。
時折、吐血するもまだ生きている。
驚異的な生命力であった。
先ほどの一撃で殺せたと思ったのだが、なんとか踏み留まったようだ。
私が歩み寄ると、シンラは薄く目を開いた。
血に染まった瞳がこちらを向く。
「……、……っ」
裂けた唇が、何か言う。
肝心の内容は聞き取れなかった。
しかし、口角が僅かに上がっている。
シンラは、笑っていた。
半死半生の身でこれから殺されるというのに、穏やかな表情だった。
(――見事だ)
私は手刀を掲げる。
堕落僧は癖の強い男だ。
英雄と呼ぶに値する隔絶した力を持ちながらも、無法者として振る舞っている。
決して善性のある人間とは言えない。
ただし、戦いに対する根源的な感情について共感できるものがあった。
シンラは私と同類なのだ。
全力で殺し合う機会を求めていた。
飢えや渇きを抱えて生きてきた。
そのような彼が、なぜ魔王に挑まないのか。
偏屈な性格をしているので、本人なりのこだわりがあったのだろう。
国王の命令さえも素直に従わない男だ。
万が一にも魔王を倒した場合、英雄視されるのが嫌だったのかもしれない。
何はともあれ、堕落僧シンラは素晴らしい死合いをさせてくれた。
彼の強烈な強さは私の記憶に刻み込まれた。
決して忘れることはないだろう。
胸中に感謝の念を抱きながら、私は手刀を下ろそうとする。
その時、関所跡から火球が飛来した。
私は手刀で切り裂いて防ぐ。
(無粋な……)
手を下ろして、火球の飛んできた先を見やる。
瓦礫を踏み越えて現れたのは、数百もの異形の集団だった。