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第47話 拳法使いは魔力を操る

 視界が激しく回転。

 私は地面をぶつかりながら、関所の壁に激突した。


「ウェイロン殿ッ!」


 リアの悲鳴が聞こえた。

 続けて金属同士の衝突音が鳴り響く。

 おそらくリアとアンリがシンラと戦い始めたのだろう。


(まったく、情けない)


 私は自嘲する。

 身体は瓦礫に埋もれて、何も見えない状態となっていた。

 脇腹に激痛が走る。

 肋骨が何本か折れたらしい。

 少し呼吸がしづらいが、慣れれば問題ないだろう。


 私は両腕で瓦礫を退けて起き上がる。

 シンラに襲いかかったリアとアンリが、片手間に一蹴されるところだった。

 やはり二人かがりでも敵わない相手だったらしい。


 堕落僧シンラは逸脱した強者であった。

 国内最強の評判は伊達ではない。

 勇者など召喚せずとも、王国の戦力はシンラ一人で十分だろう。


 ただし彼は、国王の命令に嫌々従っている節があった。

 国内で罪に問われないことを交換条件に刺客となったと話し、忠誠心はないとも断言している。


 このことから、堕落僧は制御下にない最終兵器だと思われた。

 どうしても力を借りたい時、何らかの条件を提示して働かせているに違いない。

 一連の言動や戦い方から察していたが、相当な曲者のようだ。


 私へと前に進む。

 血を吐き捨てて、破城槌で打たれた箇所に触れた。

 それなりに重傷であるものの、動きに支障はなさそうだ。


 吹き飛ばされる寸前、肩を掴むシンラの手を振り払えたのが良かった。

 破城槌の打撃に対して、全身を使った受け流しを使えたのだ。

 おかげで被害を最小限に留めることができた。

 完全ではなかったので負傷したものの、それは向こうも同じである。


 シンラは平然としているが、私の一撃で体内を掻き乱されている。

 姿勢が傾いたままになっているのは、負傷箇所を庇っている証拠だ。

 受けた傷を考えると、私より遥かに重傷だろう。

 一見すると大したことがないようだが、並外れた精神力で耐えているだけであった。


(あの状態では、長くは戦えない)


 体内が破れているので、姿勢も制限されている。

 腐毒の魔王のように再生能力があるわけでもなさそうだった。

 無理をして戦い続ければ、命を落とすことになる。

 本人もそれは理解しているはずだ。


 故にシンラは短期決戦に持ち込もうとする。

 私の一撃でも揺るがないほどの強さを持つため、特に反撃に注意しなければならない。

 今の私でも、破城槌を何度も食らえば危険だった。


 シンラは深呼吸をしていた。

 青黒い痣のできた鳩尾を撫でている。


 リアとアンリは少し離れたところに倒れていた。

 二人とも負傷して気を失っている。

 ただし、死んではいない。

 抵抗できずに吹き飛ばされことが、逆に命を救ったようだ。

 本来ならシンラの追撃で殺されているところが、それ以上は手出ししない。

 さすがの彼も、私が近くにいる場面で隙を晒したくないらしかった。


 シンラは気楽そうな佇まいだが、意識は常に私を捉えている。

 瓦礫に埋まった時からそうだった。

 最大限の警戒を払っている。


 深呼吸を止めたシンラは、朗らかに手を上げた。


「よう。さすがに一発じゃ殺れねぇか」


「同じ台詞を返したい気分だ」


「いやいや。こっちは痩せ我慢さ。痛くて泣き喚きたいくらいだぜ、まったく」


 シンラは苦笑気味に肩をすくめる。

 今のは若干の本音も含んでいるようだった。

 皮肉混じりの笑みは、心なしか疲れている。


(これ以上の無駄話は不要だ。二人を治療せねば)


 直立した私は右腕を後ろに回す。

 左手は顔の前で伸ばし、甲をシンラに向けた。

 その姿勢で止まると、静かに告げる。


「全力でかかってこい。私はそれを凌駕しよう」


「……ヒャハッ!」


 返ってきたのは、獣じみた歓声だった。

 狂喜の笑みを湛えたシンラが突進してくる。

 防御を考えず、私を叩き殺すことに専念していた。

 一気に距離を詰めて、破城槌を突き出してくる。

 空気を抉るような一撃だった。


(少し、試してみるか)


 私は前に出した手に魔力を込めた。

 迫る破城槌に添えて、軌道を脇へと逸らす。


 破城槌は私が触れた箇所から腐蝕していった。

 表面を発端に変色して朽ちてゆく。

 腐蝕の波は、瞬く間に持ち手へと進んだ。


「ハ、ハハァッ!」


 シンラは破城槌を引き戻さずに手放した。

 同時に殴りかかってくる。

 得意武器を失ったにも関わらず、動揺は見られなかった。


 しかし、素手同士となれば私に分がある。

 格闘戦において負ける気はしなかった。


 シンラの拳に手の甲を当てて受け流す。

 その後も目に留まらぬ速さで連打が繰り出された。

 意表を突くように足技も挟まれる。


 私はそれらのすべてを的確に凌いでいった。

 その中で反撃を打ってシンラを傷付ける。

 膝を蹴り砕き、鎖骨を手刀で割り、喉を切り裂いた。


 シンラは一度も躱さない。

 血だらけの満身創痍になるが、その分だけ攻撃が加速した。

 受けた傷を倍返しするかの如く、猛攻を繰り返す。


「――ゴアアアァァッ!」


 シンラが咆哮を轟かせて私の首に手を伸ばす。

 その手を掴んで止めた。

 力任せに押し込まれるも、私は決して放さない。

 後ろ向きに地面を滑りながらも、シンラの目を見る。


 もはや素顔が分からないほどに血で染まった堕落僧は、もう一方の拳を振りかぶった。

 そして、叩き潰すように振るってくる。


 私は半身になってブレーキをかけた。

 さらに事前にリアから受けていた魔力を全身に浸透させる。

 瞬間的な身体強化が施されたのを確かめてから、下から打ち上げるように掌底を打つ。


 殴打を弾かれて、シンラの腕が頭上まで浮き上がった。

 そこからさらに構造的にあり得ない角度まで回る。

 筋肉が断裂し、骨の砕ける音が鳴った。


 シンラの屈強な腕は、一回転した末に千切れ飛んだ。

 宙を舞い、音を立てて地面に落ちる。


「……あ?」


 シンラは呆然と片腕を眺める。

 断面から血が噴出し、割れた骨が覗いている。

 それでも間の抜けた顔をしていた。


 掴んだままの手を捻ると、シンラは前のめりとなった。

 あまりに隙だらけな挙動だが、今度こそ演技ではなかった。


 私とシンラの視線が交わる。

 血走った両目には、歓喜と憎悪と恐怖と驚嘆と憧憬が絡み合っていた。

 そこに私は、全力の拳を叩き込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここで魔力による身体強化を入れたかぁ それまで素(気?)の身体能力だったのが凄まじいですが。
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