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第46話 拳法使いは堕落僧と戦う

「………」


 私は無言で拳を握る。


 シンラは破城槌で肩を叩いていた。

 気軽な動きだが、どれほどの膂力があれば可能なのか。


「ウェイロン殿……」


「ここは私がやる。離れていてくれ」


 私は指示を出してリアとアンリを下がらせる。

 この男は危険すぎる。

 共闘した場合、彼女達を守り切れない可能性が高かった。

 鍛練を理由に戦わせるべきではない相手だろう。


(……いや、違う)


 私は自らの心の内を覗く。

 所詮それらは建前で、本心は別にある。


 私は、この男との死合いを望んでいるのだ。

 三人がかりではなく、一人で戦いたい。

 強烈な衝動が身を焦がす。

 早い話が、独り占めをしたいのであった。


 対峙しただけで分かる。

 堕落僧と呼ばれるこの男は、達人の域に達した強者だ。

 言動から油断しているように見えるが、それすらも罠に違いない。

 生来の癖を、相手を誘い込むために利用しているようだった。

 おそらくシンラは、魔族とも渡り合える実力を有している。


 構えを取った私はシンラに告げる。


「来い」


「ははっ、いいじゃねぇか。さすがは異界の勇者だ、なァッ!」


 シンラは言い終える前に跳びかかってきた。

 豪快ながらも俊敏だ。

 破城槌を横殴りに振るってくる。


(絶妙な打ち込みだ)


 その一撃は、単純に見えて避けづらい角度だった。

 意図的に調節したのだろう。

 加えてシンラの怪力ならば、下手な防御など意味を為さない。

 やはり狡猾な男である。


 選択を迫られた私は、肘撃による武器破壊を狙う。

 回避も防御も不利になる以上、それが最適であった。

 そこから追撃にも繋げられる。


 ところが破城槌は、紙一重で軌道を変えた。

 すり抜けるように肘を躱すと、私の頭部を捉える角度に動く。

 シンラの蕩けるような笑み。

 この不意打ちが本命だったらしい。


 すぐさま私は前方へ跳んだ。

 破城槌を眼下に収めながら躱すと、縦回転からシンラの顔面へと踵落としを繰り出す。


「おっとぉ!」


 シンラは嬉しそうに仰け反って回避した。

 さらに私の足首を掴み、瓦礫の山を目がけて投げ飛ばす。


 私は回転して姿勢を制御しつつ、瓦礫に衝突する寸前に蹴りを打った。

 反動で建材を蹴り砕きながら勢いを相殺し、余裕を持ってその場に着地する。

 振り向くと、シンラが突進してくるところだった。


(忙しないな)


 どうやら畳みかけて仕留めるつもりのようだ

 そこに技巧はないように思えるも、端々の挙動でこちらの虚を突こうとしている。

 決して油断ならない男であった。


 私は足元の瓦礫に目を落とすと、それらを連続で蹴り飛ばしていく。

 シンラは破城槌を盾にして接近してくる。

 瓦礫の大半が防がれるも、一部は肩や脚に命中した。

 しかし、シンラの動きは欠片も鈍らない。

 僅かに血が滲んだだけである。

 皮膚が浅く切れたようだが、その下の筋肉は傷付いていない。


 蹴り飛ばした瓦礫は、砲撃に匹敵する威力のはずだった。

 それにも関わらず、シンラは突進を止めない。

 魔術を使った気配はないので、生来の頑強さで耐えたのだろう。

 破城槌の陰から、ぎらついた修羅の顔が覗く。


「……ッ」


 刹那、全身の震えを知覚する。

 恐怖ではない。

 沸き上がるのは歓喜だった。

 向けられる圧倒的な殺意が心地よい。

 私は脳内から回避を放棄すると、その場で身構える。


 間もなくシンラが、破城槌の間合いに私を収めた。

 それと同時に猛速の打撃を放つ。


 大上段からの振り下ろしに対し、私は真正面から蹴り上げで対抗した。

 一瞬の拮抗を経て、辛うじて押し返すことに成功する。


「ハ、ハハ……ッ!」


 シンラの目が見開かれた。

 絶対の一撃を凌がれた驚きと、この上ない喜びが走る。


 その硬直を逃さず、私は短いステップで距離を詰めた。

 がら空きとなった胴体に正拳を打つ。

 拳が鳩尾の芯を捉えた。

 捻り込むように突き込んで、そのまま一気に振り抜く。


 響き渡る破裂音。

 拡散された衝撃が地面に亀裂を放射し、足元が陥没する。

 渾身の一撃が入ったことを確信した。


 拳を受けたシンラは、身体を少し折って吐血した――それだけだった。

 口から血を垂らしながら、堕落僧は狂喜に浸った眼差しを発散する。

 赤くなった歯を見せるシンラは、穏やかに言う。


「いいぞ。こんなに痛ぇのは初めてだ……」


 私は反射的に飛び退こうとするも、肩を掴まれた。

 太い指が食い込んで、骨が悲鳴を上げる。

 私を拘束するシンラは、片腕で破城槌を掲げていた。


(この男は不死身なのか?)


 私は至近距離から掌底を打ち、一寸の狂いもなく正拳を打った箇所に重ねた。

 肋骨を粉砕する感触が伝わるが、肩を掴む手は微塵も揺るがない。

 次の瞬間、薙ぎ払うような一撃が私の脇腹に直撃した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘描写が秀逸です! ここ数話では最も緊迫感が有ります。 [気になる点] 今回ばかりはウェイロン殿も軽傷じゃ済まなさそう。 [一言] 今話もありがとうございます!
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