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第43話 拳法使いは幸福を覚える

「行くぞォッ!」


 全身鎧を纏うリアが突進を敢行する。

 些かの躊躇いもないその勢いは、驚異的であった。

 怒り狂う猛獣にも匹敵する力強さだろう。


 進行方向には身構えるアンリがいた。

 彼女は両手に短剣に持つ。

 袖の揺れに合わせて、金属の擦れる音がした。

 鎖を隠し持っているのだろう。


 そこにリアが跳びかかる。

 大上段から振り下ろしが繰り出された。


 アンリは寸前で飛び退いて躱す。

 防御が不可能だと知っているのだ。

 彼女の膂力では、魔術強化を扱うリアには敵わない。


 振り下ろされた剣が眼前を通過した瞬間、アンリは動きを反転させた。

 短剣を交差させて仕掛ける。

 回避から一転、攻撃後の隙を狙ったのであった。


「むんっ!」


 唸るリアは、振り下ろしの動きから上体を捻る。

 剣を持ったまま、彼女は肘撃へと移った。

 隙を突かれると予測して、さらなる動きへ発展させたのである。


「あっ……」


 これにはアンリも驚く。

 交差させた短剣で、鎧に包まれた肘撃を食い止めた。


 激しい衝突音に合わせて、アンリの身体が吹き飛ぶ。

 いや、正確にはわざと宙に浮いた。

 ああすることで叩き込まれた衝撃を逃がしたのだ。


 地面を滑りながら着地したアンリは、割れた短剣を捨てる。

 指先が僅かに震えるのは、衝突による痺れだろうか。

 彼女は両腕を交互に振るう。

 左右の袖から鎖が飛び出して、リアへと襲いかかった。


「甘い!」


 リアは鎖を剣で弾きながら疾走した。

 変幻自在に襲いかかるそれらを、圧倒的な突進力でねじ伏せる。

 彼女は瞬く間に距離を詰めて、一息にアンリを引き倒した。

 その細い首に刃を添える。


 鎖を手放したアンリは、静かに両手を上げた。

 降参のポーズだ。

 それを見たリアは立ち上がると、剣を鞘に戻して歓喜する。


「よし、これで二十二勝二十一敗だ! 小官が勝ち越したぞっ!」


「次は、必ず勝ち、ます」


 アンリは脱力して述べる。

 涼しい顔だが、心なしか悔しそうだった。


 落ち着いたところで、私は二人に声をかける。

 焚き火を囲んで、今の戦いの反省会を始めた。

 丸太に座って食事をしつつ、私達はそれぞれの意見を共有する。

 この流れが最近の日課となっていた。


 リアとアンリは、模擬試合を通した鍛練を習慣としている。

 互いに技を披露し、自らの改善点や課題を洗い出している。


 一番の成果は、リアの方向性が定まったことだろうか。

 彼女は魔術の全身鎧を活かした突進を繰り返し、そこに剣術と拳法を織り交ぜて使用する。

 相手の戦法を崩すような立ち回りを得意としていた。


 力任せのように聞こえるが、実際な非常に高度なやり口である。

 相手の動きを観察して予測し、それを上回る対応を取らねばならないからだ。

 駆け引きの中で果敢に攻め立てて、いざという時は強烈な一撃を見舞う。

 まさに武術の髄とも言える戦法と言えよう。


 私の模倣から始まり、アンリとの対決を経て独自の戦法を確立させたのだ。

 非常に良い傾向であった。

 技にはさらに磨きがかかっている。

 現在のリアは、出会った当初の何倍も強いだろう。


 アンリも急速に成長を遂げている。

 彼女の持ち味は、常人を遥かに超える速度だろう。

 暗器による多種多様な攻撃と手数の多さが強みである。


 ナイフの投擲や、鎖の振り回しがあるため、間合いが自在だった。

 近接戦闘も上々で、伝授した拳法をさっそく取り込んでいる。

 やや足りない膂力を、さらなる技術でカバーしていた。


 暗殺者の技能を活かした隠密攻撃も無視できない。

 戦闘中に気配を殺して、死角から急所を狙ってくる。

 私も似たような芸当は可能だが、彼女のそれは実戦によって限りなく洗練されていた。

 真正面から殺戮する私とはまるで違う。

 正統派とも言える暗殺者であった。


 二人は対照的な能力を持ち、だからこそ刺激になる。

 毎日のように模擬試合を実施しており、実力はほぼ互角だった。

 勝率にも大差はない。


 短所を潰すというより、長所をより伸ばす方針にしている。

 二人の場合はそれでいい。

 弱点ばかりを気にしていては、器用貧乏になる恐れがあった。

 彼女達の才能を潰しかねない。

 師という役割を請け負った以上、真剣に導いていくつもりである。


 二人の鍛練を手伝う傍ら、私も魔力操作について学んでいた。

 せっかく強大な魔力を蓄えられるのだ。

 気の訓練にもなるため、本格的に修練することにしたのである。


 二人から貰った魔力で毎日のように練習している。

 相手に打ち込むだけの操作でも、細かな工夫でいくらでも様変わりする。

 その辺りは武術と同じだった。


 私もこの世界の法則の順応しつつある。

 魔力という特殊なエネルギーも使いこなせるようになった。

 枯れかけた心が、若返った肉体に近付いているのか。

 新しいことも前向きに取り入れることができている。

 若者の奮闘を間近で見て、精神が奮起しているのかもしれない。


 目的地である荒野もかなり近くなってきた。

 そこには魔王を筆頭に数多くの強者が待っている。

 勇者である私は、彼らと思う存分に死合うことができるだろう。


(なんと素晴らしいことか)


 私はこの上ない幸福を噛み締める。

 あれだけ求めていた日々は、異世界にあった。

 武を極めし強者とも殺し合っている。

 私に憧れる弟子もできた。

 神には何度感謝しても足りないだろう。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前の時点で王国の騎士団長の実力をもってたのに今はその何倍も強くなってるリアと互角の強さを持つアンリがすごいと思った
[良い点] ウェイロン殿が幸せそうで何よりです。 (皮肉でもなんでもなく、心底) [一言] 次回も楽しみにしています!
[一言] よかったねぇ
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