第41話 拳法使いは提案を受ける
顔を晒す女は、手を前に突き出した。
落下した頭巾を一瞥してから、彼女は発言する。
「待って。実力はもう、分かりました」
戦気は既に感じられない。
攻撃するつもりはないようだった。
気配も心なしか軟化している。
剣を構えていたリアは険しい面持ちを崩さない。
一方的に中断を告げる女に納得できないのだろう。
リアは全身を鎧に包みながら、抗議の声を上げる。
「戯れ言を。いきなり攻撃しておきながら、そのようなことを――」
「分かった」
私は被せるようにして言う。
すぐさま驚愕したのはリアだ。
彼女は目を見開いて私を凝視する。
「ウェイロン殿!?」
私はリアの反応を流す。
黒衣の女に視線を固定したまま、質問を投げかけた。
「こちらを試すと言ったな。誰の差し金だ」
「帝国、です」
黒衣の女が素直に回答する。
少しぎこちない口調なのは癖だろうか。
自信がなさげな態度だ。
戦闘中のそれとはまるきり違う。
人付き合いが苦手なのかもしれない。
ひとまず戦いはここで終わりらしい。
やや残念だが、訊いておかねばならないことがある。
私はそれを黒衣の女に確かめた。
「目的も明かせるか」
「はい」
黒衣の女は首肯すると、ぎこちない口調で語り始める。
彼女は帝国の諜報員であり、皇帝の命令でここに来たのだという。
リアの補足によると、猟犬と呼ばれる凄腕の暗殺部隊らしい。
そういった存在がいたのを思い出したそうだ。
肩書きは諜報員とのことだが、暗殺任務も多いのだろう。
黒衣の女は、国内に潜伏する魔族の調査をしていた。
その過程で彼女は、私達が暴れているという話を掴んだ。
素性及び目的を調べ上げたのちに、帝国の頂点に君臨する皇帝に報告した。
そして、私達の手助けを命じられたそうだ。
ちなみに手助けとは、荒野の魔王の討伐までを指すらしい。
知らぬ間に、私達は帝国内での活動を容認されていたのであった。
表立っては力添えできないので、こうして影の人間を派遣して恩を売っておきたいのだろう。
(皇帝は、魔王殺しである私に関心を抱いたのだ)
できることなら仲良くしたいと考えたに違いない。
きっと王国での殺戮を知っている。
だから何かを命じることはなく、あくまでも対等な協力関係を結ぼうとしている。
二の舞にならないように気を付けた結果、黒衣の女を接触させたのである。
なかなかに利口な判断だった。
おかげで皇帝に対する印象も悪くない。
「つまりお前は、荒野まで味方となる。その認識で間違いはないか」
「はい。それで大丈夫、です」
黒衣の女は頷く。
事情を話し終えた彼女からは、やはり感情が窺えない。
危険な任務を言い渡されている身だが、不満などは感じられなかった。
暗殺者として、心を律する訓練をしているのだろう。
話がまとまりつつあった頃、リアが私の片腕を掴んで後ろに引いてきた。
彼女は囁き声で忠告してくる。
「ウェイロン殿、あの女を信じるのか? 怪しすぎるぞ」
「目が真実だけを語っていた。問題ないだろう」
いくら感情を隠せるとしても、嘘を言ったか否かは判別できる。
黒衣の女は、素直に実情を話していた。
あえて話していない部分もあるだろうが、少なくとも虚実を織り交ぜるようなことはしていない。
最低限、信頼に値するだけのことを伝達している。
それに帝国からの助力は無視できないものだ。
現在の私達には後ろ盾がない。
王国からは指名手配されている始末である。
各地の魔王を殺し回るという使命の都合上、今後も様々な国を渡り歩くことになる。
必須というわけでもないものの、国との繋がりを持っても損はないだろう。
そういったことを説明したが、リアは尚も食い下がる。
「しかし……」
「いざとなれば、始末すればいい。彼女の力量は把握できた。私なら殺せる」
私は後押しの言葉を付け加える。
これも紛うことなき本音だ。
帝国は私を利用しようとしている。
もし不利益になると判断すれば、容赦なく抹殺しようとするだろう。
だが、それはこちらも同じである。
一国を傾けるだけの覚悟と力が、私にはあった。
たとえば腐毒の魔力だ。
これを帝国の中心地にて放出すれば、皇帝を含めた幾万もの民を殺害できる。
拳を振るうまでもない。
卑劣極まりないが、必要となれば実行する所存であった。
世界を救う勇者として私は召喚された。
ただし、その本質は未だに暗殺者のそれである。
手段を選ぶつもりはない。
身震いしたリアは、緊張した様子で呟く。
「さすがウェイロン殿……冷酷だな」
「伊達に何十年も暗殺業をやっていない」
私はそう返して話し合いを打ち切った。
再び黒衣の女に向き直って告げる。
「我々としては、そちらの助力を受けたいと思う」
「分かり、ました」
黒衣の女は、無表情に応じる。
彼女はその場で跪くと、頭を傾げながら名乗った。
「己はアンリと、いいます……よろしく、お願いします」