第4話 拳法使いは聖剣の騎士と対決する
城内を進む私は、兵士を返り討ちにしていく。
騒ぎを聞き付けた彼らは、私を捕縛しようとする。
しかし特筆するほどの強者がいないため、難なく始末していった。
逃げる者は追わない。
あくまでも立ち向かってきた者のみを攻撃した。
戦闘回数は最小限に留めておく。
若い肉体に舞い上がった私は、多数の命を奪った。
無用な殺生は避けるべきだろう。
私は悪鬼の類ではない。
長い人生で、精神面も多少は成長している。
滾る闘争心を抑制し、衝動を堪えられるようにしなくては。
幸いにも立ち向かってくる兵士も減っていた。
こちらに仕掛けず、遠巻きに睨んでくる者が多い。
無残に殺される同僚を見て、命が惜しくなかったのだろう。
邪魔されなくなった私は、堂々と城内を闊歩する。
たまに道を尋ねながら、それなりの時間をかけて城を出た。
そのまま城下町へと流れていく。
一般の人々が往来する通りは、非常に活気があった。
様々な店が並んでおり、良い匂いを漂わせている。
ただの観光なら、じっくりと見て回りたいくらいだった。
私は通りを進んでいく。
特に引き止められることもない。
城での騒動はここまで伝わっていないらしい。
だが、じきに噂になるだろう。
顔が周知されないうちに移動したい。
私はこのまま城下町を抜けて、別の都市を目指そうと思っていた。
この土地に用はない。
情報収集ができればよかったが、城での一件を考えると、決して落ち着ける土地ではなかった。
とりあえず、別の街で魔王に関する情報を集めたい。
そこから行き先を定めて抹殺するのだ。
魔王は各地で暗躍しているらしい。
大々的に活動している個体もいると聞く。
相手は世界を滅ぼすほどの存在だ。
どこにいても悪目立ちするに違いない。
捜索には苦労しないはずだろう。
何の手がかりも得られなければ、城に戻るという手もある。
またもや兵士達と衝突することになるが、きっと有用な情報が手に入る。
今後の方針について考えていると、前方に門が見えてきた。
解放されたその向こうには、草原を抜ける街道が続いている。
あそこが城下町の出入り口だろう。
門に近付いていく私は、その少し手前で足を止める。
人混みの中、長身の女がこちらを見ているからだ。
明るい金髪は、後ろで括られていた。
緑色の双眸が私を捉えている。
人々の往来を気にせず、こちらだけを注視していた。
そして女の腰には、鞘に収められた剣がある。
(追っ手か)
私は瞬時に理解する。
ほぼ同時に、女はよく通る声で質問をしてきた。
「異界の勇者だな?」
「そうだ」
私は素直に認める。
隠し立てはできそうにない。
誤魔化したところで、すぐに看破されるだろう。
女はにわかに殺気を放つ。
周囲の者達は、驚いた様子で彼女のそばを避ける。
やがて往来が完全に停止した。
人々の通行を堰き止めた女は、剣の柄に触れながら宣言する。
「ここを通すわけにはいかない」
「私は国王の命令を断った。大人しく従うと思うのか」
「…………」
女は視線を鋭くした。
大した殺気である。
しかし、それで怯える私ではない。
言葉を荒げず、事務的に要望を伝える。
「先を急ぐ。そこをどいてくれないか」
「どこへ行くつもりだ?」
「魔王討伐だ」
私が答えると、女は眉を寄せた。
彼女は不審げに確認をする。
「それは断ったのではなかったのか?」
「国への所属を拒んだだけだ。元より魔王は殺すつもりだった」
「……嘘は言っていないようだな。貴様の話を信じよう」
怪しんでいた女は頷く。
私の説明に納得できたようだ。
しかし、警戒心は未だ解かれていない。
片手はいつでも剣を抜けるように固定されていた。
女は厳しい口調で私に告げる。
「魔王討伐に発つ勇者を阻むわけにはいかない……が、こちらにも騎士としての矜持がある。国を乱す犯罪者を見過ごすことはできない」
「そうか」
驚きは皆無だった。
このような展開になると思っていた。
女の戦気を感じた段階から、それを予感したのである。
言葉や理性で飾っても、本質的な部分は嘘をつけないものだ。
女は剣を抜く。
白銀の刃には、表面に複雑な彫刻が施されていた。
ただの意匠ではない。
おそらくは、何らかの効果があるのだろう。
剣を構えた女は、私を見据えながら述べる。
「我が名はリア・ハインベルト。王国騎士団の騎士長であり、剣神ヴィロアの系譜を継ぐ聖剣使いだ」
女騎士リアは朗々と語ると、視線を私に向けて沈黙する。
何かを待っているようだった。
私は思案するも、それが分からない。
どう反応するか迷っていると、リアはため息を洩らした。
彼女は改めて私に要求する。
「貴様も名乗れ。よほどの使い手と見える。誇るべき流派があるのだろう」
「――っ」
それを聞いた私は衝撃を受ける。
驚きのあまり、思わず後ずさりそうになってしまった。
私は胸中に喜びを覚える。
(こういう気分になるのか)
殺し合い前の名乗り合いなど、初めての経験だった。
前々から少なくない憧れがあったが、結局は目にすることなく元の世界を去ってしまった。
ここ数十年、私は薄汚い暗殺ばかりをこなしてきた。
名乗ることなど皆無で、そもそも標的の大半が私を知っていた。
こういった状況は、なんだか新鮮な気持ちになれる。
「敵対関係とは言え、我々は互いに使命を背負ってここにいる。決闘とは違うが、最低限の礼節は損ないたくない。そう思わないか?」
リアは当たり前のように語る。
彼女は、騎士の名に恥じない高潔さを有していた。
私はそれに感動し、彼女を眺める。
リアは怪訝そうに視線を鋭くした。
「どうした?」
「いや……何でもない」
私は我に返る。
思わぬ出来事に意表を突かれたものの、状況を忘れてはならない。
左右の拳を固めた私は、細く長い息を吐き出す。
緩みかけた精神を締めると、リアに向けて返答した。
「リ・ウェイロン。名乗る流派はない。この身が振るうは、ただの殺人術だ」
かつて様々な流派を学んで習得した。
数十年の研鑽の末、それらは人体破壊に特化した技術へと変貌した。
特定の流派を名乗ることは、侮辱に値するだろう。
故に名乗るべきことはない。
ただし、今は後ろめたさも感じない。
他ならぬ神から依頼されて、悪の権化である魔王を倒すのだ。
殺人術が役に立つ瞬間である。
「リ・ウェイロン。その名、覚えたぞ」
リアは真摯な様子で頷く。
直後、彼女の周囲に半透明の何かが出現した。
それらは彼女の全身を覆うと、鈍色の鎧となる。
端麗な顔も兜に隠された。
(あれも術の一種だろうか)
リアは僅かな時間で完全武装を整えた。
兜から覗く片目が赤く染まっている。
よく見ると、複雑奇異な紋様が刻み込まれているようだった。
「――行くぞ」
小さく呟いたリアが突進してくる。
彼女は人体の力では不可能な加速を見せた。
空気の流れから察するに、風で自らを押し出したようだ。
私は、接近するリアに腕を叩き付けようとした。
ところが彼女は、何かに勘付いた表情をする。
そして間合いに入る寸前、飛び退いてしまった。
私は空振りする前に腕を止める。
少し離れたリアは、剣を正眼に構えていた。
彼女は私の間合いの外を回り込むように走り出す。
(ほう、これは……)
リアが横合いから斬撃を放ってきた。
上体を反らして躱しつつ、宙返りの勢いで蹴りを繰り出す。
リアは一瞬前に転がって回避していた。
そこに拳を叩き込もうとするも、彼女は突風に乗ってまたもや距離を取る。
さらに剣から雷撃を撃ち放ってきた。
掌打で打ち消した私は、彼女の能力に気付く。
(間違いない。先読みされている)
あまりにも勘が良すぎる。
先ほどから私の動きを知っていなければできないような回避を連発していた。
こちらの間合いも完全に把握している。
初対面とは思えないほどの徹底ぶりであった。
おそらくは、紋様の浮かんだ片目の力だろう。
リアの身のこなしや重心移動に関して、左右に露骨な偏りがあった。
まるで隻眼のような立ち回りなのだ。
特殊な目に頼り切っている証拠である。
原因を暴けば、対処はそれほど難しくない。
先読みされるのなら、それを見越して行動するだけだ。
相手の眼を超える速度で仕掛ければいい。
いくら視えたとしても、身体は付いてこれない。
「ハァッ!」
リアが果敢に斬りかかってくる。
地面を蹴った私は最高速度で距離を食い潰すと、貫手を作って構えた。
(鎧があろうと、それごと破壊すればいい)
その時、リアの剣が発光する。
刃に刻まれた彫刻が青く輝いて、次の瞬間にはリアの姿が霞む。
急加速した彼女は、目にも留まらぬ速さで私の背後に回っていた。
(これが剣の能力か……!)
剣に仕込んだ術で高速移動したのだ。
リアはきっとこの時を待っていた。
今までの速度は見せかけで、こちらの虚を突くための罠だった。
私との実力差を理解したリアは、攻撃を成功させられる瞬間を狙っていたのだろう。
(――だが、甘い)
目の端でリアの動きを観察する。
彼女は刺突の構えに移ろうとしていた。
私は片脚の爪先を地面に刺し、突進を強引に中断した。
そこから振り向きざまに肘撃を放つ。
一撃を剣の腹に当てて、力強い刺突の軌道をずらした。
切っ先が私の耳を掠めるようにして通過する。
肘撃を受けた剣には、亀裂が走っていた。
亀裂が広がって剣が砕け散る様を見ながら、私は前傾になって反撃に移行する。
軸足を中心に半回転し、摺り足を踏み込みに使う。
無防備なリアを視界の中央に収めて、握り締めた拳を放つ。
唸りを上げる拳は、リアの眼前で止まっていた。
兜が真っ二つに割れて外れる。
拳による風圧が、彼女の髪を大きく乱した。
驚いた表情のリアは、拳を見つめながら私に問う。
「なぜ、止めた」
「その才能を惜しく思ったからだ」
女騎士リアは優れた才覚を秘めている。
全体的に未熟な面があるものの、彼女の剣はまだ途上にあった。
これからの経験次第では、大きな成長を遂げるのが約束されていた。
完成したリアの剣技を味わいたい。
私はそう思ってしまい、気付いた時には拳を止めていた。
仕事の標的なら、まず確実に抹殺していただろう。
しかし、此度の標的は魔王のみである。
ここでリアを見逃しても、何ら問題なかった。
強者を求めるあまり、こういったことをするのは悪癖に違いない。
だが、せっかく若い肉体を手に入れて前向きになれたのだ。
今までとは異なる生き方を模索してみたかった。
私は不満そうなリアを静かに諭す。
「文句は言ってくれるな。生死の与奪は、勝者の特権だろう」
「確かにそうだが……」
リアはまだ何か言いたげだが、表立って主張はしない。
敗北した身での反論は躊躇われるらしい。
既に戦意は消え去っているようで、破壊された剣を見下ろしている。
私は呆然とするリアの横を通り過ぎた。
その際、彼女に助言を与える。
「武器や能力に頼らず、己の技を磨け。さすれば、武の高みへと近付けるはずだ」
私が心に据えた考えであった。
自ら洗練した武を信じ、そして発揮する。
その繰り返しが、不動とも言える強さを築き上げるのだ。
リアが理解できていること切に願う。
私は怯える門番の前を素通りして、ついに街を出た。
街道に沿って草原の中を進む。
吹き抜ける風が涼やかだった。
移動する分には最適な気候だろう。
歩く私は、門前での出来事を振り返る。
さっそく才ある若者と出会えた。
夢にまで見た名乗り合いと、一対一での戦いもできた。
異世界に来てから、素晴らしいことばかりが起きている。
幸先は上々と言えよう。