第39話 拳法使いは予期せぬ邂逅を果たす
翌日、私達は多くの人々に見守られながら街を出発した。
住民のうち大部分が安堵したことだろう。
私達は毎日のように殺戮を敢行してきた。
その影響が大きすぎたからだ。
兵士達もそれを止めない。
巻き添えになることを恐れたのだろう。
彼らの中では、保身と懐の潤いだけが最優先だった。
悪事を働く者は、私達がいなくなることに胸を撫で下ろしているに違いない。
彼らからすれば、私達は厄介者そのものである。
いつ襲撃してくるか分からず、街の勢力図など無視して荒らし回るのだから当然だろう。
裏で災害のようだと揶揄されているのも知っている。
かと言って私は、彼らを屠るつもりはない。
この地に魔族はもういない。
目的を果たした以上、長居する意味はなかった。
新たな魔族がまた潜り込むもしれないが、いちいち付き合っていてはきりがない。
ひとまず大きな問題は取り除いた。
これ以上の労力を割く義理はないだろう。
私とリアは帝国内を移動する。
目指すは荒野である。
徒歩や馬車でひたすら進んでいった。
基本的に野宿で、たまに村や街に寄る。
移動中も鍛練は欠かさない。
魔物や盗賊を相手に戦いを繰り返した。
リアは剣の冴えが日々増していた。
さらに最近では、拳法も本格的に学び始めている。
基礎の基礎だが、彼女の希望で伝授することになったのだ。
リア曰く、剣を失った際も戦えるようにしたいらしい。
あらゆる場面を想定した強さを身に付けたいのだという。
その考えは素晴らしい。
一つの武器を極めるのも悪くないが、偏りすぎると柔軟性に欠けてしまう。
戦闘中に武器を破壊されることもある。
そういった時、途端に弱くなるのは問題だろう。
だから私も、最終的には素手で戦う形に落ち着いた。
武器持ちに比べれば間合いの短さが難点だが、それを補って余るあるほどの汎用性を秘めている。
したがって拳法を学ぶのは良い選択だ。
リアにはそれなりに素質がある。
元より私の動きから模倣し、剣術に組み込めるほどの才覚を有する。
初めて戦った時点で、その将来性に期待を抱いたが、想像以上の逸材であった。
己の力と、強者との死合いにしか興味がなかった私が、今ではリアの成長も楽しみの一つとしている。
我ながら良い変化だと思う。
いずれリアに魔王との戦いを任せてみたい。
然るべき成長を遂げた後ならば、きっと勝利を掴んでみせるだろう。
そんなある日、私達の進路を阻む者が現れた。
森沿いに続く寂れた街道に、黒衣の人物が立っている。
頭巾で顔は窺えない。
体型からして女だろう。
佇まいから、身軽さが察せられる。
特徴として、非常に気配が希薄だ。
意図的に気配を殺している。
その技量はただの盗賊ではない。
専門の訓練を受けた手練れであった。
(私達を狙う暗殺者か?)
心当たりは無数にある。
ただし、前方の人物から殺気は感じられない。
殺意もなしに攻撃してくるような者もいるが、それとは異なる気がした。
「…………」
隣のリアが、剣呑な雰囲気を発する。
剣の柄に手がかかっていた。
いつでも仕掛けられる体勢である。
私も闘気を全身に巡らせた。
どのような事態にも対応できるような心構えを作る。
前方の人物だけでなく、周囲の端々にまで注意を向けた。
張り詰めた静寂の中、黒衣の女が小さな声で問う。
「あなたはリ・ウェイロン……?」
「何者だ」
それには答えず私は聞き返した。
相手はこちらの素性を確信したらしく、視線の圧力が強まる。
左右の腕が僅かに揺れて、袖の内から金属の擦れる音がした。
黒衣の女が一歩踏み出す。
「――その実力、試します」
刹那、彼女の姿が霞む。
瞬く間に距離を詰めてきたその女は、引いた手に短剣を握っていた。