表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/55

第36話 拳法使いは魔術師に捕らわれる

 死んだはずのヴィーナがむくりと起き上がる。

 ふらつきながら立ち上がった拍子に、胴体の穴から千切れた臓腑が垂れた。

 彼女は咳き込んで吐血すると、手首から先のない腕で口元を拭う。


 ヴィーナが顔を僅かに持ち上げた。

 垂れた前髪の隙間から、濁った双眸が覗く。


「油断、しましたね」


「なぜ生きている」


「事前に仕込んでいた死霊魔術が発動しただけです。厳密には死んでいます」


 ヴィーナは掠れた声で言う。

 死霊魔術については、リアから軽い説明を受けたことがあった。

 曰く、死者の魂を操る術らしい。

 屍を自由に動かすこともできるそうだ。


 ヴィーナはその術で自らを蘇生したのだろう。

 今の彼女は、所謂ゾンビのような状態であった。


 私やリアが復活を予期できなかったのも納得である。

 心臓を貫かれたヴィーナは確実に死んだのだ。

 能力を活かして奇襲した彼女が、一枚上手だった。


 ヴィーナは両腕の断面から血を滴らせる。

 それらを一瞥してから息を吐いた。


「術の効力は長続きせず、この身はすぐに朽ち果てるでしょう。しかし、役目は全うします」


 極寒の殺気が放射される。

 虚勢ではない。

 ヴィーナは己の死を覚悟し、その上で私達を始末しようとしていた。

 絶対的な意志が感じられる。

 話し合いなど通らないと目が主張していた。


 佇むヴィーナが静止する。

 その肉体が徐々に変形を始めた。

 遅々とした速度ながらも膨らんでいく。


 彼女の体内にて、魔力が渦巻きながら増大していた。

 開かれた傷口が蒸気を噴き出す。


 リアは汗を滲ませた顔でたじろいだ。


「ウェイロン殿、あの魔力の脈動は……」


「自爆だな」


 私は断定する。

 魔術に疎くても分かった。

 触手で私達を捕えたヴィーナは、確実に爆殺する魂胆らしい。

 この距離で炸裂すれば、即死しても不思議ではなかった。


 人型から崩れたヴィーナは、全身各所を軋ませながら膨らみ続ける。

 その目は、憎悪を以て私達を射抜いていた。


「魔王様の野望を妨げるのなら、何者であれ抹殺します」


「くそ、卑怯だぞ!」


 リアは悔しげに吼える。

 ヴィーナは意にも介さない。

 彼女は冷ややかに唇を動かした。


「卑怯で結構。目的のためなら手段は選びません。隣のご老人は理解されているようですが」


「…………」


 向けられた視線を受けて、私は黙り込む。

 ヴィーナは私の実年齢を察しているようだ。

 若返ったことについては吹聴していない。

 魔術師である彼女の観察眼は、私が老人であることを看破したのだ。


 もっとも、この場においてはどうでもいいことだった。

 おそらくは意趣返しのつもりだったのだろう。

 それ以上の反応を見せず、私はヴィーナに告げる。


「その忠誠心は見事だが、我々は先に進む。道連れになるわけにはいかない」


「そうですか」


 ヴィーナはそっけない返事をした。

 彼女は風船のように膨張しており、傷口が光を漏らしている。

 ローブが裂けて、張り詰めた皮膚が露出していた。

 こちらまで届くほどの熱気を放出している。


「あなた達を拘束する術は、物理攻撃が効きません……生半可な魔術も通用しませんよ」


 後半の言葉は、リアに対するものだった。

 必死に剣を抜こうとしていたリアは、険しい顔で歯噛みする。

 剣は仄かに発光していた。

 魔術を纏わせた剣で、触手を切り裂くつもりだったのだろう。


 しかし、リアの術では出力が足りない。

 鞘から引き抜けたとしても、触手は斬れないはずだ。

 本人もそれを悟ったのか、観念して柄から手を放す。


「すまない、ウェイロン殿。小官が確実に仕留めていれば……」


「気にするな。私も察知できなかった」


 リアだけの責任ではない。

 私もヴィーナの死を確信し、その上で拘束されたのだ。

 触手の絡まる両腕に力を込めながら私は呟く。


「ここは私がなんとかしよう」


 私は体内に沈殿する魔力を意識する。

 それは腐毒の魔王から奪った力であった。

 入念に封じていたそれを、ほんの僅かに解放する。

 慎重に体内を巡らせて、全身を覆い尽くしていった。


 皮膚に違和感を覚えた。

 見れば僅かに腐蝕が進んでいる。

 魔力の影響を受けているようだが、気にせず意識を集中させた。


 頃合いを見て魔力の流入を切る。

 私の全身は、腐毒の魔力が浸透していた。

 あの渓谷で殺し合った魔王の残滓が感じられる。


(これならば……)


 私は触手の抵抗感を知覚すると、振り切るようにして身を回転させる。

 刹那、四肢に纏わり付いた半透明の触手が千切れ飛んだ。

 追加の半回転でリアの拘束も切り裂く。


 触手は私に触れた端から腐敗していった。

 煙を上げて崩れていく。


 拘束を解いた私は、それらを掻い潜るように疾走する。

 瞬く間に爆発寸前のヴィーナへと接近していく。


「なっ……」


 驚愕するヴィーナは手足を動かそうとする。

 しかし上手くいかない。

 自爆の準備が整いすぎて、魔術行使に支障を来たしているようだった。


 なけなしの触手が襲いかかってくるも、いずれも弾き飛ばす。

 接触できるのなら何ら脅威ではない。

 目を閉じていても拘束されることはないだろう。


 私は瞬時にヴィーナを間合いに収めた。

 血走った彼女の目を見て、はっきりと告げる。


「その執念、感服する」


「――――ッ!」


 ヴィーナが何か叫ぼうとした。

 その前に私は、膨らんだ胴体に突きを見舞った。

 破裂寸前の魔力を吸収しながら、貫き通すように打撃を打ち込む。


 拳から伝わる破壊の感触。

 自爆を試みた魔術師ヴィーナは、背後の壁を破って屋外へ吹き飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] お!? 新たな魔力ゲットか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ