表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/55

第33話 拳法使いは槍使いから託される

 私は眉を寄せて、アブロの顔を見つめる。

 彼は血をこぼしながらも、澄ました顔をしていた。

 皮肉らしき色も見え隠れする。


 私はアブロに説明を求めた。


「どういうことだ」


「あんたを召喚した王国は、帝国とすこぶる仲が悪い。しかし、表立って戦争は行っていない。なぜか知っているか?」


「この街が間にあるためか」


 息を吐いたアブロが頷く。


「建前上は帝国所属だが、実際は独立都市だ。犯罪者が犯罪者を取り締まって、犯罪者が犯罪者から搾取する。これほどの楽園も、珍しい……」


 その意見には私も共感する。

 この街は、あまりにも無秩序だった。

 暮らす人々がそれを望み、意図的に形成しているのだろう。

 魔族という不安定な要素が紛れたところで、その根底は欠片も揺らいでいない。


 しかしこの街があるおかげで、王国と帝国は冷戦で済んでいるのだった。

 国境付近にあるこの街は、二国を等しく牽制している。

 結果として危うい均衡を保っていた。


「魔族は、この冷戦を崩すつもりなのか」


「ああ。街を崩壊させれば、必ず戦争に発展する。両国は自ずと消耗し、魔王軍が進攻する隙が生まれる」


 アブロは途切れ途切れに語る。


 現在、帝国は荒野の魔王と直接敵対していない。

 領土が接していないため、隣接する国々に軍事的な支援するだけに留めていた。

 魔王が討たれた時に備えて、今のうちに恩を売り付けているとのことだ。


 打算に基づいた支援だが、魔王軍を困らせる程度の影響があった。

 魔王軍としては、まずは帝国に攻撃して、後方支援ができないようにしたいらしい。

 その後で各国の支配へと動くつもりだという。


 なんとも地道な策であった。

 荒野の魔王は、慎重な性格のようだ。

 本人が発案したのではないかもしれないが、何にしろ魔王軍の動きは冷静である。


「事情を知った上で、あんたはどうする? もう個人が解決できる領域じゃねぇぜ。戦争は始まって、荒野からの侵略も過激化するんだ」


「簡単な話だ。この街の魔族を殲滅して、荒野の魔王を殺す」


 私が即答すると、アブロは目を丸くした。


「毒豚とは比較にならないぜ。それでもやるのか」


「無論だ。使命を放棄するつもりはない。それに、楽しそうだ」


 私は微笑しながら本音を洩らす。

 死を意識するような戦いこそ、私が渇望するものであった。

 そこで相手を乗り越えられるのなら、さらに楽しい。

 自らの力をぶつける強者が欲しかった。


「ははは、あんた最高だよ……その心意気なら、本当にやっちまうかもな」


 アブロは疲れたように笑うと、片手を懐に差し込む。

 痛みに顔を顰めつつ、彼は一枚の紙片を取り出してみせた。

 それを私に押し付けてくる。


「この街にいる魔族の情報だ。しっかり探し出せよ?」


 アブロの強い意思を込めて言う。

 私は無言で頷いた。


 すると、アブロは糸が切れたように倒れる。

 片肘を立てて起き上がろうとして、失敗した。

 彼は悔しそうに苦笑する。


「俺、も……そろそろ限界、だな」


 アブロの出血はほとんど止まっていた。

 傷が塞がったのではない。

 もう流れ出る血が残っていないのだ。


 それに気付いた私はアブロに告げる。


「いい死合いだった。感謝する」


「……そっくりそのまま、返すぜ」


 アブロは呻くように呟いた。

 穏やかな笑みを湛えて、彼は息を引き取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いい奴だったな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ