第33話 拳法使いは槍使いから託される
私は眉を寄せて、アブロの顔を見つめる。
彼は血をこぼしながらも、澄ました顔をしていた。
皮肉らしき色も見え隠れする。
私はアブロに説明を求めた。
「どういうことだ」
「あんたを召喚した王国は、帝国とすこぶる仲が悪い。しかし、表立って戦争は行っていない。なぜか知っているか?」
「この街が間にあるためか」
息を吐いたアブロが頷く。
「建前上は帝国所属だが、実際は独立都市だ。犯罪者が犯罪者を取り締まって、犯罪者が犯罪者から搾取する。これほどの楽園も、珍しい……」
その意見には私も共感する。
この街は、あまりにも無秩序だった。
暮らす人々がそれを望み、意図的に形成しているのだろう。
魔族という不安定な要素が紛れたところで、その根底は欠片も揺らいでいない。
しかしこの街があるおかげで、王国と帝国は冷戦で済んでいるのだった。
国境付近にあるこの街は、二国を等しく牽制している。
結果として危うい均衡を保っていた。
「魔族は、この冷戦を崩すつもりなのか」
「ああ。街を崩壊させれば、必ず戦争に発展する。両国は自ずと消耗し、魔王軍が進攻する隙が生まれる」
アブロは途切れ途切れに語る。
現在、帝国は荒野の魔王と直接敵対していない。
領土が接していないため、隣接する国々に軍事的な支援するだけに留めていた。
魔王が討たれた時に備えて、今のうちに恩を売り付けているとのことだ。
打算に基づいた支援だが、魔王軍を困らせる程度の影響があった。
魔王軍としては、まずは帝国に攻撃して、後方支援ができないようにしたいらしい。
その後で各国の支配へと動くつもりだという。
なんとも地道な策であった。
荒野の魔王は、慎重な性格のようだ。
本人が発案したのではないかもしれないが、何にしろ魔王軍の動きは冷静である。
「事情を知った上で、あんたはどうする? もう個人が解決できる領域じゃねぇぜ。戦争は始まって、荒野からの侵略も過激化するんだ」
「簡単な話だ。この街の魔族を殲滅して、荒野の魔王を殺す」
私が即答すると、アブロは目を丸くした。
「毒豚とは比較にならないぜ。それでもやるのか」
「無論だ。使命を放棄するつもりはない。それに、楽しそうだ」
私は微笑しながら本音を洩らす。
死を意識するような戦いこそ、私が渇望するものであった。
そこで相手を乗り越えられるのなら、さらに楽しい。
自らの力をぶつける強者が欲しかった。
「ははは、あんた最高だよ……その心意気なら、本当にやっちまうかもな」
アブロは疲れたように笑うと、片手を懐に差し込む。
痛みに顔を顰めつつ、彼は一枚の紙片を取り出してみせた。
それを私に押し付けてくる。
「この街にいる魔族の情報だ。しっかり探し出せよ?」
アブロの強い意思を込めて言う。
私は無言で頷いた。
すると、アブロは糸が切れたように倒れる。
片肘を立てて起き上がろうとして、失敗した。
彼は悔しそうに苦笑する。
「俺、も……そろそろ限界、だな」
アブロの出血はほとんど止まっていた。
傷が塞がったのではない。
もう流れ出る血が残っていないのだ。
それに気付いた私はアブロに告げる。
「いい死合いだった。感謝する」
「……そっくりそのまま、返すぜ」
アブロは呻くように呟いた。
穏やかな笑みを湛えて、彼は息を引き取った。