第31話 拳法使いは加速する
拳と槍が衝突する。
私は打撃を押し込もうとして、中断した。
宙返りに合わせてアブロが蹴りを放ってきたからだ。
サマーソルトキックと呼ばれる技であった。
蹴りが私の鼻先を掠める。
ひりつくような痛みが走った。
浅く切れたらしいが、どうでもいい。
私は宙返り中のアブロに拳の連打を繰り出す。
アブロは華麗な槍捌きで防御していった。
凄まじい動体視力だった。
その最中も緩やかに宙返りしている。
アブロは地面から離れている状態であった。
本来なら防御できず、吹き飛ばせるはずだった。
まるで位置が固定されているかのような挙動である。
(何らかの魔術を使っているのか?)
考えている間に、アブロは防御から反撃してきた。
彼は連続して突きを繰り出す。
目にも留まらぬような速さで、一撃ごとに急所を狙ってくる。
私はそれらを逸らしながら反撃した。
宙返りをしたアブロが着地するまでに、私達は数百の攻防を繰り広げる。
全身に無数の掠り傷が増えるも、それはアブロも同じだった。
彼の額には、いつの間にか角が生えていた。
肌は黒く変色している。
人間のように見えた姿は擬態らしい。
過熱する殺し合いの中で、本来の姿が露呈したようだった。
もっとも、そのようなことに興味はない。
長き人生で最も強い武人と戦っている最中なのだ。
種族の差などさしたる問題ではなかった。
互いに距離を取らず、ひたすら相手を殺すために攻撃し続ける。
私は歓喜していた。
一瞬の油断が死に直結する。
そのやり取りを高速で展開している。
血が沸き立つような戦いであった。
(もう少し、加速してもよさそうだな)
思考する間に、アブロが跳ね上げるように槍を振るう。
顎を抉る軌道だった。
私は首を傾けて躱す。
いや、正確には躱せていない。
穂先が皮膚と肉と骨を削っていた。
しかし致命傷ではない。
私は強引に踏み込んでいく。
超接近戦だ。
槍からすれば不都合な間合いであった。
アブロが小さく舌打ちする。
私は振り抜くように肘撃を叩き込む。
アブロは紙一重で回避した。
しかし、大きく体勢がゆらぐ。
苦し紛れの刺突も、片手で掴んで止めた。
私は手元に引きながら掌打を放つ。
逃れようとするアブロに対し、さらに踏み込んで打った。
その一撃は、アブロの胴体を捉えた。
めり込んで肋骨を粉砕する。
衝撃が内臓に響いた瞬間、アブロが目を見開いて吐血した。
私は打ち込んだ拳を開き、アブロの衣服を掴んで間合いを維持する。
一方の手で握っていた槍を放すと、手刀を作って振り下ろす。
渾身の手刀が、アブロの首元に触れた。
そのまま胴体を斜めに引き裂いた。