第30話 拳法使いは魔族と死合う
アブロは慣れた調子で槍を回転させる。
それを止めた彼は、次に両手を開閉して苦笑する。
「やってくれるじゃねぇか。腕が痺れちまったぜ」
その口調から怒りは感じられない。
アブロは純粋に戦いを楽しんでいるようだ。
常勝無敗という異名から分かる通り、一方的に殴り飛ばされる経験は珍しいのだろう。
彼の歓喜は、こちらにまでしっかりと伝わってきた。
槍使いアブロは、私に大きな期待を抱いている。
その熱意が私にも喜びを与えた。
これこそが強者との戦いなのだ。
感動で気分が昂ってくる。
私は強烈な衝動を鋼の意志で抑え込んだ。
理性的にならなければ。
この機会を無為に消費するのは、あまりにも勿体ない。
互いに力を尽くすような時間にしたかった。
私はふらつきそうになりながらも、努めて冷静になる。
槍を弄ぶアブロは、思い出したように尋ねてきた。
「あんた、何者だ」
「リ・ウェイロン。異世界から召喚された勇者だ」
私がそう答えると、アブロは少し驚いた顔をする。
そして笑みを深めた。
「……なるほどなぁ。あんたが噂の勇者か」
言葉の端々に意味深な響きが含まれていた。
アブロは面白そうに語る。
「話は聞いてるぜ。王都で兵士を殺しまくったってな。狂った野郎とは思っていたが、こいつは想像以上だ」
「…………」
私は沈黙。
アブロの嫌味は否定できない。
召喚された当初、私は多数の兵士を殺戮した。
不当な扱いを受けたのが原因だが、それでも過剰な報復だったろう。
あの時、私は血に酔い痴れていたのだ。
己より弱き者達の命を刈って楽しんでいた。
それは紛れもなく事実である。
しかし、自己嫌悪に陥るようなことはない。
薄汚い本性は自覚しており、今に始まったことではなかった。
老いによって治まっていたものの、私は元から殺戮を好む性質だった。
リアのように崇高な精神は、微塵も持ち合わせていない。
暗殺者という経歴を除いても、殺人鬼の本質が残るだけである。
「連れの嬢ちゃんは、放っておいていいのか」
「問題ない。彼女ならば勝てる」
「ははっ、そいつは大した信頼だな」
アブロは指を左右に振りながら舌を鳴らした。
彼は声を落として言う。
「ヴィーナを甘く見ない方がいい。手段を選ばない魔術師ほど厄介な存在はいないもんだ」
「そうか」
私は相槌を打ちつつ、前に進み出て両拳を鳴らした。
殺気を放出し、意識をアブロへと集中させる。
「――ならばお前を倒して、援護しに行くとしよう」
「ははは、言ってくれるじゃねぇか。上等だ、やってやるよ」
アブロは怯まず槍を動かす。
腰を落とした彼は、地を這うように突進してきた。