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第29話 拳法使いは期待を膨らませる

 私の言葉にアブロは歓喜した。

 槍で肩を叩きながら、彼は笑みを深める。


「奇遇だな。俺も戦いが好きなんだ。あんたみたいな男とは気が合う」


 アブロは槍を構えた。

 穂先付近に指を添えて、しっかりと腰を落とす。

 そこから前傾姿勢になった。

 赤い瞳が、猛獣の如き視線を向けてくる。


「全力で殺し合おうぜ」


 アブロが殺気を全開にする。

 荒れ狂う覇気が室内を震わせていた。

 組織の頭が椅子から転げ落ちて、床を這いずるようにして逃げる。


 そちらには目もくれず、アブロは私を注視している。

 こちらの一挙一動を観察しているようだった。

 いつでも突撃してきそうな気配がある。


 その視線を堂々と受けつつ、私はリアに告げる。


「魔術師は任せた」


「そ、それはどういう――」


 リアは困惑するも、私は気にせず疾走する。

 目指すはもちろんアブロであった。

 あの槍使いを拳の間合いに捉えねばならない。


「ハハァッ!」


 大笑いするアブロは、砲弾のように突進してきた。

 掲げた槍を振り下ろしてくる。

 なんとも豪快な攻撃であった。


 私は意識を加速させる。

 槍の穂先から逃れつつ、振り下ろしを躱した。

 空を切った槍は、床を粉々に叩き割る。


 私は掌底を打つために手を引いて、止まる。

 眼前のアブロが蹴りを放とうとしていた。

 寸前で上体を反らすと、掠めるようにして蹴りが通過する。


「チィ……ッ」


 舌打ちしたアブロは、床に突き立てた槍を軸に回転した。

 半身の姿勢から、遠心力を乗せた蹴りを繰り出す。


 しかし、私はこれも回避した。

 アブロの爪先が、浮いた前髪の何本かを千切る。

 額に風を受けるも、微塵も臆さずに動く。


(大胆ながらも攻めにくい。よく考えている)


 隙だらけかと思いきや、アブロは巧妙な罠を張ってくる。

 殺し合いに慣れている証拠だ。

 相手の視線や呼吸を意識している。

 どうすれば騙せるのかを理解しているのだ。

 何も考えていない戦闘狂に見えて、とんだ策士である。


「こいつはどうだッ!」


 アブロは流れるような動きで着地すると、槍を引き抜きながら一閃させる。

 きわどい軌道に対し、私は手の甲で槍を弾く。

 そこから反撃に拳を打ち込んだ。

 紙一重で反応したアブロは槍を引いて防御する。


「ぐっ……!?」


 アブロは耐える。

 突きを受けた槍が軋む。

 それでも彼は、強引に受け流そうとしていた。


 私は拳を引かずに、全身の力を上乗せする。

 前に出した脚が、床を粉砕しながら陥没した。


「う、ごおあああああぁ……ッ」


 アブロは踏ん張ろうとする。

 しかし、体勢が後ろへと僅かに傾いていた。


 私はその瞬間を逃さない。

 刹那、打ち上げるように腕を振り切る。


 アブロの足は床を離れて、彼は宙を回転しながら飛んだ。

 そのまま天井を破って屋外へと消える。


 私は走り出すと、天井の穴から後を追う。

 その際、ヴィーナがこちらを向いた。


「…………」


 互いの視線が交錯するも、特に何かしてくることはなかった。

 私からも攻撃は仕掛けない。

 今はアブロの追跡が重要であった。


 ヴィーナの相手は、リアに任せればいいだろう。

 私の見立てでは、彼女なら一騎打ちでも勝てるはずだ。

 大きな困難だろうが、きっと突破できる。

 鍛練の一環として乗り換えてほしい。


 屋根の上に着地した私は地上を見下ろす。


 敷地内の芝生にアブロが倒れていた。

 彼はゆっくりと起き上がると、獰猛な眼差しを私に投げる。


 その様子を見るに、アブロは五体満足だった。

 最低でも両腕を砕くつもりだったが、あれは折れていない。

 吹き飛ばされながらも、衝撃を逃がしたらしい。


 私は自らの鼓動を聞きながら微笑する。


「――いいぞ。悪くない」


 私はアブロに期待を寄せる。

 本気の一撃ではなかったものの、ほとんど無傷とは予想外だ。

 身体能力はもちろん、卓越した技量を持っている。

 この男ならば、存分に死合うことができそうだ。

 狂おしい熱気を帯びながら、私は屋根の上から飛び降りた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 周りの人ー!すぐに逃げてー!!拳法使いがくるぞー!!
[一言] 楽しそう
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