第23話 拳法使いは交渉を試みる
門の前へ赴くと、見張りの者達が鋭い眼差しを向けてきた。
見張りの二人は軽装で、金属の胸当てを装着している。
手には槍を持ち、腰に探険を吊るしていた。
身軽さを優先しているのか、最低限の装備に留めているようだ。
無言で観察していると、見張りの一人が話しかけてくる。
「何の用だ」
「責任者と話がしたい」
私の要求を聞いた見張り達は、顔を見合わせる。
間も無く一人が首を振った。
「駄目だ。許可なく部外者を入れるわけにはいかない」
「そうか」
私は頷くと、不意を突いて前進した。
反応される前に間合いを詰めて、見張りの一人を蹴り飛ばす。
見張りは施錠された門に衝突すると、泡を噴きながら気絶した。
蹴りを受けた胸当てが、真っ二つに折れ曲がっている。
私は手放された槍を掴み、それを軽く回転させた。
拳法に比べれば嗜む程度に過ぎないものの、槍術も習得している。
槍を立てて地面を突くと、触れた一点が小さく陥没した。
私はもう一人の見張りを見る。
「き、貴様……ッ!」
見張りは槍を構えて私に向ける。
少し進み出れば、突き刺せるような距離だった。
その目は本気である。
状況次第では、躊躇いなく攻撃してくるだろう。
即座に仕掛けて来ないのは、警戒しているからだ。
相方の倒され方を目の当たりにして、迂闊に踏み込めないのであった。
恐れを克服するのは難しい。
そういった反応も至極当然だった。
一方、私は臆せず発言する。
「悪いが議論の暇はない。ここを通らせてもらう」
言い終えた私は殺気を放出する。
肩を跳ねさせた見張りは、反射的に刺突を放ってきた。
迫る穂先の軌道を見極めると、私は持っていた槍を横にずらす。
胴体を狙う突きを脇へと流しつつ、相手の槍を掴んで手元に引く。
そして、前のめりになった見張りの顔面に肘撃を浴びせた。
「んゲァ……ッ!?」
見張りは鼻血を噴きながら昏倒した。
倒れた拍子に、その口から折れた歯がこぼれ出る。
もう起き上がることはないだろう。
私は二本の槍を構えると、閉ざされた正門に向けて叩き込む。
正門は粉砕されて、木端を散らしながら大穴が開いた。
半壊した槍を捨てた私は、穴を跨いで越える。
後ろから付いてくるリアは、困惑気味に声をかけてくる。
「ウェイロン殿? 穏便に進めるはずだったのでは……」
「失敗した。交渉が決裂した以上、これしかない」
私は素直に認める。
生憎と話し合いで解決できる雰囲気ではなかった。
何より時間の無駄だ。
正面から突破するのが効率的だろう。
元の世界での暗殺は、いつもこのような調子だった。
暗殺と言えば、誰にも見つからないように実行する印象だが、私はそういった手法が苦手である。
その気になれば隠密行動もできるものの、力任せに捻じ伏せて標的を抹殺する戦法を好んでいた。
依頼主達も、私が派手に殺戮することを承知で仕事を寄越してきた。
おかげで一部の界隈からは殺人鬼と揶揄されていたが、あながち間違いではないだろう。
敷地内に踏み込んだところで、リアが思い出したように訪ねてくる。
「今更だが、顔は隠さなくていいのだろうか」
「必要ない。むしろ名を知らしめたほうがいい」
今回の目的は情報収集だ。
それに加えて、件の魔族に揺さぶりをかけたかった。
白昼堂々と暴れることで、私達の存在を周知できる。
魔族を探す二人組がいるという噂は、本人や関係者の耳に届くはずだ。
もし私達の行動を知って逃げるのなら、その程度の相手だということである。
ただの小心者であり、脅威としては大したことがない。
私が対処するまでもないだろう。
ただ、この街に潜伏しているであろう魔族は、おそらくこちらを抹殺したいはずだ。
確たる根拠はないが、長年の暗殺で培った勘が囁くのである。
魔族は好き勝手に暴れる者をきっと許さない。
自分達の暗躍に支障を来たすからだ。
慎重に動く者ほど、計画のずれや不確定要素を危惧する。
こうして存在を誇示すれば、向こうから接触があるに違いなかった。
私はそれを心待ちにしている。
地道な捜索は面倒だった。
相手が仕掛けてくる状況に持ち込むのが手っ取り早い。
考え事をしていると、前方が騒然としていた。
辺りを巡回していた者達が、こちらに殺到し始めている。
豪邸から飛び出してきた者も含めると、総勢二十人ほどだ。
「……ふむ」
私は両手の指を鳴らす。
漲る衝動を抑制し、努めて理性を維持した。
意識的に呼吸を遅めて精神を宥める。
隣のリアは魔術を行使し、全身鎧を纏った。
手には何の変哲もない片手剣を握る。
これも修行の一環として戦うつもりだろう。
私はリアに指示をする。
「右側を頼む。私は左側を処理しよう」
「了解した!」
リアは威勢良く頷いた。
彼女なら問題ないだろう。
そう判断した私は、荒ぶる衝動を解放して駆け出した。