第18話 拳法使いは善を選ぶ
武装した十数人の男達は、怒声を上げていた。
彼らは手に持った剣や斧を振るい、或いは杖から魔術を乱射する。
そうして人々を牽制しながら走り出す。
(強盗か)
その光景を眺める私は嘆息する。
このような場面にいきなり出くわすとは思わなかった。
治安の悪さは本物らしい。
ただ、気になるのは周囲の反応だ。
人々は迷惑そうにしており、怯えているのは少数である。
誰もが無関係を決め込んでいた。
逃げもしなければ、止めとようともしない。
これが街の常識であった。
穏便に生き抜くための秘訣であり、実際に誰もが心得ている。
今の私達は、あまり目立つべきではない。
彼らに倣って、見て見ぬふりをするのが賢明だろう。
顔も知らない誰かが不利益を被り、悪徳を働いた者達が得をする。
どこの世界でも通ずる鉄板の法則だ。
何もおかしいことではない。
(しかし、本当に見過ごしていいのか?)
ふと抱いた疑問について、私は深く考える。
私はこうして異世界にいる。
有り体に言えば、正しいことをするためだ。
元の世界では、汚れ仕事ばかりであった。
だからこそ此度は、善行を積むのも良いのではないだろうか。
私ができることなど限られているが、心がけを変えるだけでも違ってくる。
鍛え上げた武術を正義のために使いたい。
そう思った時、既に私はリアに指示を送っていた。
「離れてくれ」
「承知した! 貴殿の姿、しかと見させてもらうぞ」
彼女は嬉しそうに承諾すると、素早く距離を取った。
あの様子を見るに、私の活躍を見たがっている。
強盗達と戦うことになると確信しているようだ。
事実、その予想は間違っていないだろう。
私とて話し合いで解決するつもりはない。
それは向こうも同じと思われる。
強盗達はこちらへやってくる。
通りを走り抜けて、街から出るつもりなのだろう。
追いかける手間が省けてちょうどよかった。
人々が道を開ける中、私は堂々と彼らの前に立ちはだかる。
そして、反応される前に、正面から殺気を放射した。
強盗達は驚きながら動きを止める。
すぐに腰を抜かす者や、泡を噴いて気絶する者が続出した。
それだけで無事な人間が半分ほどになる。
威嚇としては十分な成果だろう。
リアは目立たない位置に待機していた。
もし逃げる者がいたとしても、彼女に任せることができる。
無論、私一人で仕留める心づもりでいた。
このような者達が相手なら、他者の助力も必要ない。
「おい、テメェ……何の真似だ」
強盗の一人が凄みながら踏み出す。
かなり加減したとは言え、彼は私の殺気にもあまり怯んでいなかった。
それなりの胆力の持ち主である。
屈強な肉体で、手には金属製の斧を携えている。
形状からして戦闘用だろう。
刃には染み込んだ血痕が残っていた。
(ここは街中だ。余計な被害は出さない)
私は男の言葉に応じず、ただ構えを取った。
下手な発言は挑発にしかならない。
どうせ戦うのなら、早く済ませるべきだろう。
「この野郎……ッ!」
激昂をした男は、斧を掲げて襲いかかってくる。
大した突進力だが、故に単調な動きであった。
怒りで判断力が失われているようだ。
私、後ろの脚を、滑らせるように前へ移す。
そこから半身になって間合いを定めた。
じっと堪えて、男が適切な距離まで踏み込んでくるのを待つ。
(――来た)
眼前で閃く斧。
叩き込まれる斬撃を、手のひらを添えて受け流した。
予想外の結果に、男は前のめりになってよろめく。
男は、あまりにも隙だらけな姿を晒していた。
私は小さく息を吐く。
両脚から腰、そこから上半身へと力を伝導する。
そして、男の胴体に向けて拳を打ち込んだ。