第16話 拳法使いは国境を越える
人目につく街や村、関所を避けるようにして移動を続ける。
途中からは山間部をひたすら進むことになった。
たまに遭遇する魔物と戦いつつ、リアとの稽古も欠かさない。
弟子入りを認めた以上、師としての義務を果たさねばならない。
私の専門は拳法だが、剣術についても指南はできる。
気功術の鍛練も魔力操作に向いているため、その辺りを教えるのもいいだろう。
地道な修行が効いているのか、リアは早くも成長していた。
反応速度が上がり、攻防の隙が減った。
さらに連続で戦える時間も長くなって、少々のことでは体力切れを起こさなくなった。
元より優れた騎士である彼女は、その才能を存分に発揮している。
七日ほどの野宿の末、私達は山を抜けた。
遥か遠くに巨大な街が見える。
外壁に囲われているので詳細は不明だが、相当な規模だろう。
リアは前方を指差しながら説明する。
「ようやく王国領土を抜けたぞ。ここから先は帝国だ」
いつの間にか国境を越えていたらしい。
こうして眺める分には変化がよく分からないが、リアが言うのだから間違っていないだろう。
あの街も帝国領内の都市ということだ。
「大陸最大の強国だが、現在は内乱で秩序を失っている。我々が通過するには格好の状況だろう」
「なぜ内乱が起きているのだ」
「小官も詳しくは知らないが、圧政による搾取が原因だと聞いている。徴兵も多く、民の不満を買いすぎたのだろう」
腕組みをするリアは、険しい顔付きで述べる。
彼女は圧政を好まないのだろう。
今までの言動からして、正義感が強い節がある。
帝国の指針を許せないに違いない。
私との戦いを経て、早々と弟子入りしてきたことを考えると、王国にも少なからず不信感を抱いているのかもしれない。
私との一件が、おそらく最後の後押しになったのだ。
「ウェイロン殿のいた世界でも、似たようなことは起きていたのか?」
「……数え切れないほどあったな。本当に、嘆かわしいが」
私は苦い表情で呟く。
仕事柄、様々な国の裏事情を耳にすることがあった。
世界中で吐き気を催すような行為が平然と横行している。
圧政どころの騒ぎではない。
そういった悪を嫌いながらも、私は腐敗した社会の一部と化していた。
錆び付いた歯車となり、接した他の歯車を壊しながら回転し続けた。
そうしてついには外れて落ちて、別の基盤に組み込まれることになった。
なんとも数奇な運命である。
心境は複雑だが、培った暴力を正義に活かせるのなら、これほど望ましいことはない。
昏い思考を中断した私は、気になっていたことをリアに質問する。
「帝国領土に魔王はいないのか?」
「小官の知る範囲では、聞いたことがないな」
ならば長居する必要はない。
帝国領土を通過して、このまま荒野へ向かえばいいだろう。
そう考えていると、リアが得意げに言う。
「帝国ならば我々も指名手配されていない。堂々と街を出入りできるはずだ」
「それはいい。買い物をしよう」
追っ手の心配をしなくていいのなら、買い出しをしておきたい。
しっかりと休息も取っておきたかった。
私が提案すると、リアは目を輝かせて歓喜する。
不思議に思った私は疑問を呈した。
「やけに元気だな」
「当然だろう。ようやく文明的な料理にあり付けるのだ! 気分だって! 盛り上がるっ!」
リアは拳を突き上げて答える。
よほど嬉しいようだ。
確かに道中の食事は、あまり良いものではなかった。
私とリアは料理が上手くない。
下手ではないものの、簡単な調理しかできないのだ。
味は単調で、不味くはないが飽きる。
別に私はこのまま何週間でも野宿できるが、可能ならば美味い食事を楽しみたい。
若返ったことで、食に対して貪欲になったのを自覚していた。
「ウェイロン殿! 昼食はあの街で探そう。内乱中とは言え、美味い食事もあるはずだっ」
「そうだな。それがいい」
街へ駆けるリアを見て、私はそれを追いかける。