第13話 拳法使いは魔王の力を手に入れる
私はその場を立ち去ろうとして、ふと魔王の死骸を見やる。
死骸は未だ蒸発を続けていた。
放っておいても、いずれ完全に消滅するだろう。
念のために見届けるべきか迷うも、それよりも気になることがあった。
私はおもむろに魔王の死骸に近付く。
白煙に紛れて、見えない力が霧散していた。
これは魔力である。
リアから魔術を受けたので、はっきりと感じられるようになっていた。
「…………」
少し思案したのちに、私はその場で深く呼吸をする。
そうして噴き上がる魔力を体内に取り入れた。
膨れ上がる力の奔流を、精神を集中させて抑制する。
取り込む量を増やしつつも、暴走しないように調整した。
するとリアが、慌てたように駆け寄ってきた。
彼女は私の肩を掴み、死骸の前から引き剥がそうとする。
「ウェイロン殿、何をしている!?」
「魔王の魔力を取り込んでいるだけだ」
「なっ……!?」
リアは驚愕し、すぐさま必死の形相で中断を訴える。
「危険だ! すぐにやめた方がいい」
「今後、必要になるかもしれない。可能なら蓄えておくべきだろう」
彼女の意見は理解できる。
これは腐毒を散らす魔王の力だ。
実際に取り込んでみると分かるが、かなり危ない代物である。
制御できなくなれば、肉体を内側から溶かされそうだった。
下手をすると、私自身が第二の魔王になる恐れもある。
しかし、この強大な魔力は便利だ。
世界各地に点在する他の魔王は、おそらく特殊能力を有している。
殺し合うことになった際、今回のように厄介な状況に陥ることは多いだろう。
私の武術はきっと通用するだろうが、この魔力があれば打開策が増える。
戦闘を有利に運ぶことができるはずだ。
もちろん魔力に依存しすぎるのは問題であるが、手段の一つとして保持するのは悪くない。
私は異世界に遊びで来たのではない。
魔王殺しは神からの依頼だ。
自らの武術を試したい気持ちもあるが、依頼の成功率を上げる方が重要であった。
腐っても私は暗殺者だった男だ。
数十年の実績を築き上げたその道の頂点である。
その素質を見込まれたのだから、期待には応えねばならない。
「ウェイロン殿がそう言うのなら、小官も無理に止めはしないが……」
「すまないな」
私は引き下がってくれたリアに返答する。
そして、死骸に残る魔力をすべて取り込んだ。
一瞬、爆発しそうな気配に煽られるも、気合で抑止した。
これまでの鍛練に比べれば造作もない。
動きを止めた私を見て、リアは慎重に尋ねる。
「本当に、問題はないのだな? 異常があれば、すぐに吐き出した方がいい」
「特に何もない。このまま保持できそうだ」
私は体内に意識を向ける。
魔力は腹の一カ所に集まっていた。
武術の鍛練――特に気功術の経験が役に立った。
それと感覚が似ているのだ。
蓄えた魔力は、好きな時に使えそうだった。
ただし、これは使い切りの力である。
死骸から取り込んだだけなので、消耗していくのみだ。
体内で生み出すことはできず、基本的には温存する方向で行くしかない。
他の魔王と戦うような際、切り札になるだろう。
頬を紅潮させるリアは、興奮した様子で私に賛辞を送る。
「さすがウェイロン殿だなっ! 他者の魔力を操作するなど、よほどの修行を積まねばできない芸当だ!」
魔力については詳しくないが、こういった工夫は難しいようだ。
一般的な感覚で考えた場合、どうやら私は魔力操作が得意らしい。
この世界で戦うことを考えると、その長所を活かしてもいいかもしれない。
せっかく若返って異世界に来たのだ。
独自の概念を組み込んで、さらなる強さを目指すべきだろう。
思考をまとめた私は踵を返した。
その際、リアの肩を叩く。
「行くぞ。ここにはもう用はない」
「了解した! 王国も、結界の損壊や魔王の消滅に気付いているはずだ。早く立ち去るべきだろう」
リアの言う通りである。
此度の戦いは遅かれ早かれ知れ渡る。
目撃者はいないが、王国の上層部は私の仕業だと考えるに違いない。
そこからどう動くのか不明だが、彼らが私の妨害を企まないことを祈ろうと思う。