第12話 拳法使いは魔王を屠る
決心した私は、再生を終える寸前の魔王に突貫する。
地面に散乱する毒液を避けながら跳び、相手の一挙一動に注目した。
どのような動きだろうと見切らねばならない。
ほんの少しの油断で殺されかねないからだ。
魔王は咆哮に乗せて毒の弾丸を飛ばしてくる。
軌道を把握した私は、両手で受け流す。
僅かな痛みも許容範囲だった。
速度を落とさずに接近していく。
立ち上がった魔王が、体当たりを行おうとする。
それを前脚を踏み付けることで阻止した。
体勢を崩したところに張り手をぶつけて、魔王を岩壁に叩き付ける。
痙攣する魔王だが、身を起こそうとしていた。
そこに私は、絶え間なく拳を浴びせる。
途中、羽を掴んで毟り取り、唯一の機動力をも奪った。
再生の隙を与えないよう、徹底的に破壊の限りを尽くす。
当然、損傷に際して毒液が飛散した。
皮膚を溶かされながらも、私は気にせず攻撃を続ける。
少々の痛みなら動きに支障はない。
今こそが好機なのだ。
これ以上長引くと、私達が不利になるだけである。
弱った魔王をこのまま屠らねばならなかった。
やがて岩壁の一部が崩落する。
私の連撃の余波で限界が訪れたようだった。
それでも私は攻撃の手を緩めず、ひたすら魔王を破壊していく。
もはやただの肉塊に変貌した魔王は、未だに蠢いていた。
必死に生きようとしているのだ。
本能的に生に縋り付いている。
私の攻撃で致命傷の嵐に晒されながらも、打開策を求めているようだった。
そのような折、突如として肉塊の一部が弾けた。
血に塗れながらも飛び出してきたのは、一本の骨だ。
先端が槍のように尖っており、真っ直ぐに私の首元を狙ってくる。
私は、肉塊の中に眼球を幻視した。
(なるほどな)
骨の槍を掴んで止める。
あと一瞬でも遅ければ、首に刺さっていただろう。
そこから毒を流し込まれれば死んでいた。
これは魔王による決死の反撃だったのだ。
しかし、それは失敗した。
骨を掴んだまま、私はもう一方の拳を握り締める。
そこにリアから施されていた魔術を集中させていく。
次第に拳が光を帯びた。
対毒の効果は失われているが、魔力の残滓は破壊力に変換されている。
自らに施された魔術ならば、ある程度の操作ができる。
リアの対毒によって気付けた発見であった。
長年の鍛練は、異世界の術にも有効だったのだ。
魔王は体表で魔術を弾いて防ぐ。
だがしかし、肉塊同然の今の姿ならば、そのような特性も意味がない。
圧縮した魔力はそのまま通じるはずだ。
「これで終いだ」
私は腰を落として身構える。
拳を起点に膨れ上がる力を抑えながら、それを魔王の肉塊へと叩き込んだ。
命を抉るような感覚。
先ほどまでは無かったものだ。
刹那、青白い光が放出されて大爆発が起きる。
「――ッ」
突き飛ばされるような衝撃と共に、私は宙を舞った。
空中で姿勢を修正し、一回転を経て着地する。
身体を見下ろすも、目立った外傷はない。
衣服が少し焦げ付いているくらいだ。
唯一、突きを放った拳が青白い光を帯びていた。
しかしそれも白煙を昇らせながら薄れる。
リアから貰い受けた魔力を使い切ったようだ。
私は爆発地点を見やる。
半壊した岩壁には、魔王らしき残骸がへばり付いていた。
白煙を噴き上げながら蒸発している。
肉片が音を立てて跳ねていたが、上手く癒着できずに朽ちていく。
ついに再生能力が底を尽きたのだ。
魔力を込めた一撃が止めになったのだろう。
さすがに復活する気配は見られない。
ほどなくして、渓谷に撒き散らされた毒が消失し始めた。
私に付着していた分も消えて、淀み切った空気も洗浄される。
どうやら魔王の命と連動していたらしい。
少し離れた場所では、リアが感涙していた。
彼女は口元に手を当てて震えている。
一連の戦いの何らかが、心の琴線に触れたようだ。
武人としての成長に携われたのなら鼻が高い。
私は息を吐くと、毒で溶けた袖を破って捨てる。
気分はそれなりに清々しい。
適度な高揚感と達成感に満たされていた。
元の世界で暗殺業をやっていた頃では考えられない心持ちである。
――こうして私は、異世界の魔王を討伐したのであった。