出発前 主人公の心情
最近では、あまり見ない夢を見た。
そこでは誰もが平等に不幸だった。
誰一人幸せを感じる事もなく、ただただ途方に暮れていた。
ある人は、子供の破裂した脳を掻き集め必死に戻そうとしていた。
また、ある人は腕を失い大きな嗚咽を漏らしていた。
家が燃え、全てがどす黒い赤と黒、言い表すことのできない何かで覆われた世界が私の目の前にリアリティを持って現れた。
この夢は、10代後半の頃に良く見た夢だった。
私は、特段裕福でも貧しいわけでもない普通の家庭に生まれた。
唯一優れていたのは、状況判断能力と肉体能力だけで後はからっきしダメだった。
同級生とは喧嘩を毎日して、決して良い少年時代を送ったわけではなかった。
それでも、唯一の家族であった母は傷ついた私を見て心配してくれた。
思春期の私はそれが煩わしくて仕方が無かった。
その母から逃げる様に、ハイスクールを卒業後直ぐに軍隊に入隊した。
その年の、秋だったたった1人の肉親であった母と別れを告げたのは。
正確には、別れを告げたのは母の方からなのかそれとも私の方なのからかは、分からない。
しかし、母は遺書を残さず首を吊ってこの世から、私の前から突然居なくなってしまった。
母が発見されたのは、おおよそ2週間後の事で、秋とはいえ暖かく母だと解ったのは、唯一付けていた指輪だけで母ではない、肉と髪の塊に汚れた布が付いていた状態だった。
私は、これを何と捉えていいのか分からないままだ。
この時から、私の夢に救いのない風景がリアリティを帯びて現れる様になったのは。
この風景は、特に酷い点がある。
それは、私が見聞きしたモノが反映されている点だ。
カンボジアで、首を切ったヤツや虐殺される現地住民の姿その全てが、脳内にインプットされていてこの夢は更新されてゆく。
救いようのない、絶望がこだましていった。
生きるべき人間が殺され、陵辱され、尊厳を奪われていく姿をただ傍観する自分。
私は一体なんだろう、深く考えさせられる。
この悪夢から起きたときには、既に瑠璃色の空が窓から見えた。
これから、またこの夢が更新されると思うと億劫ではあるが、行かねばならない。
我々は、犯罪を止める正義の代行者であるのだから。