針を縫う天使
時の番人リークは魔王の城に攻め行った際に、自身の身体に呪いを付与をした後に因縁深い龍神族の攻防を何の抵抗もなく受け入れた。
だがそれは、単なるリークの罪滅ぼしに過ぎないし。何より龍神たちの攻防を呪いがあるとは言え、生身で受け止めるのはいささか無謀もいいところだ。後に同盟を結ぶ円卓で双方不服はあってもそれを口にはしなかった。
グレイとリークが産み出した黒竜問題もそうだが、魔王の城にリークたちが侵入した際に龍神たちはやり過ぎてしまったのだ。それにここで駄々をこねて円卓の会議を邪魔をするわけにはいかないし、これから和解を以て次の進行が疎かになりかねない。だから、何も言わずに龍神たちとリークたちは渋々ながらに手を取った・・・・・
そんな一連のやり取りを思い描いて、時の番人リークが傷口を塞ぐ糸を切り取って。チクリとした痛みがリークの顔を歪める。
隣にいた大天使イヴも珍しく心配そうに顔を覗かせていて━━━━━リークはドスの効いたため息をまるで己自身に吹きかけるように、大天使イヴに声をかけた。
「大丈夫じゃよ、ワシ自身で挑んだタイマンだ。ワシ自身の尻はワシ自身で拭うわい」
「そうは言ってやれないでしょ?傷口はまだ痛んでいますし、何より衛生面が疎かになってはダメです!こう・・・・しっかりと」
大天使イヴの行動に驚かなかったと言えば嘘になる。
正直なところ。分からないことだらけだ。自分の心に嘘を付いていても身体には表れてしまうし、汚い泥水がまるで━━━━美しい蝶のひかりを万遍に浴びたような。貴族としてではない、時の番人いいや、只のリークとしてリークは少し歩み出したのかもしれない。
その予兆を告げるかのように気が付けば大天使イヴは時の番人リークの傷口をさも糸編みでもするかのような手先で塞いでいた。
不思議にも痛みはなかった。
「はい、これでもう大丈夫ですね。もう無理のないように」
イヴのにこやかな対応にリークは実に不思議な感慨を思ってしまった。彼女は天使の中でも上位な存在な上に、人類最初のイヴその人だと言う衝撃の事実に加え。アダムこと悪魔中層幹部グランとは未だに儚い恋心を寄せ合ってあるという・・・・・・
そんな彼女が、神である大天使イヴが実に‘普通の女性’だなと思ってしまったのは━━━━━━
それを読んでのことか、大天使イヴがにこやかに返答する。
「残念ですが、私には愛すべき殿方がいらっしゃいますの。愛しい愛しい殿方が・・・・・」
「存じ上げております。ただ、大天使イヴ様のお貌付があどけなく見えた次第でして━━━━━とんだ御無礼をお許し下さい」
「いいえ、それはあながち間違ってはいないわ。私が人間・・・・・人類最初のイヴだった頃に思いを馳せすぎたのいけなかったのです。きっともしかしたら、また。会えるのではないか━━━━━と」
「きっと会えますよ、たとえ会えなかったとしても・・・・きっと」
「そうね、きっと・・・・・ね?」
「グラン!一体何処へ行こうと言うのじゃ!」
「炎将レイの様子を見に行く!エッグと会ってから、様子が変なんだ!」
「なんじゃと!?」
グランとミッツは飄々とした花畑の中を早足で駆け出していた。理由は明白、グランと共に修行へと赴いていた炎将レイが以前から様子が変だったのだ。
西部隊隊長ロック・サンダースと副隊長リンバラ。
加えて水将のスーがスノーライトの剣として炎将に奇襲をしかけ、互いに和解が成立しそうになった正にその時━━━━━━謎の天使エッグの手によって連れ去れた。そしてあろうことかエッグは炎将レイの身柄をグランに押し付けた。悪魔同士で陣形を固めて、修行するがよい・・・・と嘲笑って。
それからはグランも隠居場所を転々としながら修行に励み、炎将レイも元上司の意向に従っていた。が。
「レイの精神状態が明らかにおかしい・・・・!これはまるで━━━━━」
「暴走そのもの・・・・」
ミッツにも心当たりがあるのだろう。悪魔が暴走するということが以下に恐ろしいか。
「その天使とやらには礼を言っておかねばなるまい。その思惑、‘全て読んでいた’と・・・・・!!」
「いくぞ、月将ムク・・・・!」
「分かっておる」
ミッツとグランは颯爽と駆けだした。
「・・・・・ああ」
炎将レイは憂いていた。いや、正しく言うならば、暴れ足りない━━━━━が適任か。炎将レイはかつて、悪魔中層幹部グランや水将スーと言った破壊的衝動に魅せられている。
下手をすれば、取り返しの付かない展開も待っているだろう。
きっと、グランたちが炎将レイに拳を上げて説教をしてくれるだろう。
遠からず、その情報がミウたちにも入って。再びロックやリンバラが交渉をしに来るのだろう。厄介な変態を引き連れて・・・・・・分かってはいるさ。
大天使エッグの企みも悪魔中層幹部グランとの一時の修行も全て、暴走という勝負をぶつける為に━━━━━
「ッスゥー・・・・ハアアアアアァァァァァァァ!!!!」
炎将レイの全身から魔力という魔力が溢れ出す。肉体そのものが炎で出来ていると錯覚する程の紅色。だが、決して。野蛮に魔力を出すのなく、自在に炎を変形させて花畠を焼き払わぬよう最善の注意をして。まるで、火その物が生きているようである。
駆けつけたグランとミッツもその全貌を観て、ふと笑ってしまった。何だ、なにも心配ないじゃんとどこか安心したようなそんな面持ちで先に声をかけたのはグランの方だった。
「よう、ちょっと目を離した隙にこんなにも強くなってたとはな・・・・・そのくらいロック・サンダースを肩入れしたのか?」
「別にそんなんじゃ、ありません。俺が強くならないと皆が困ると思っただけです」
炎将レイが変換魔法によって煙草をふかしつつ、返答してグランは相変わらずと言った面持ちだった。逆にミッツは内心「お前はオカンか」とぷつり呟いていた。
だが、それで吹っ切れのだろう。炎将レイはもう言葉は要らないとばかりに身体に纏わり付いた炎を一点に集中する。
それに習ってミッツとグランも各々、剣を取り出し━━━━━━
どちらが先か、見えない光の衝突が夜空を色濃く照らし出した。
だが、これでやられる彼らではない。
光の咆哮はフェイクに過ぎず、互いに一瞬の隙を突いて先に仕掛けたのはミッツだった。
「変換魔法・・・・・!」
悪魔三将月将ムクによる幻を魅せる能力・・・・・辺り一面が美しい星月夜で彩られている。無闇に攻撃しては相手の思うツボ━━━━━━ミッツだけならまだしも、相手は二人。悪魔中層幹部グランとミッツという脅威の存在だと。だが今の炎将レイは一味違う。昨日までならきっと、ここで退場入りだった。でも今ならば・・・・・!!
「━━━━━フッ!?」
全身から炎を爆惨とさせて月将ムクの星月夜を一気に粉砕する。
すると美しい星月夜が鏡割れしたかの如く崩壊し、代わりに死角から渾身の一撃を狙うグランとミッツの姿が露わになって。
『五右衛門風呂・・・・!!』
凄まじい破壊力、先手必勝を仕掛けたグランとミッツだったが逆にそれを逆手に取られてしまうとは予測していなかっただろうし。仮にそうだとしても致命傷は免れない。
何より、変換魔法を必勝としたのが間違いだった。変換魔法に関してはミッツやグランよりも炎将レイの方がよく熟知していたのだから・・・・・・
「?」
「その一撃、確かに受け取ったわ。この合体技でね!」
「レイ、確かにお前は強い。誰よりも優しく誰よりも変換魔法に詳しい。だが、いささか若すぎた。一時の暴走で止められるほど我々は鈍くはない」
「ッ・・・・!?」
ミッツとグランが互いの能力を合体させた能力、グランが例の部屋の怨念を異空間として。ミッツの蟲喰時計によって炎将レイとグランの魔力という概念を止めて、今。跳ね返された━━━━━━言ってしまえば全ては手のひらだった。こうなることをあらかじめ、グランとミッツ・・・・・謎の天使も予測してたのだ。
炎将レイの成長と魔力の適度な分散を狙って・・・・・・
地べたに伏して炎将レイはぼろぼろになった身体が一歩も動けなくなってぴくぴく震えていることに思わず声を高らかに笑っていた。まさか、本当にこうなるとは。炎将レイ自身が一番分かっていたはずなのに身体が死ぬかもしれないと叫びを上げたなら笑うのも当然である。
グランとミッツもそれを察してか、戦闘態勢を解いて改めて炎将レイに手を差し伸べた。恐らくきっと、こうなることを見越して━━━━━━
「そろそろ、頃合いじゃない?」
「ああ、レイも最初から察してはいたのだろう?」
「・・・・後は好きにしな」
「そうさせて貰う。入れ━━━━━‘ロック・サンダース’」
「はいはい、言われなくもそうするよっと」
何故かそこにはかつて悪魔中層幹部グランとも一戦を交えたこともある西部隊隊長ロック・サンダースが姿を現した。
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